僕らの思い出は今でも青く輝いている

星月夜楓

第1話 高橋健太はクズで冴えない背景モブである

 2039年4月。東京都某区。桜が緑になってきた頃。


 俺は私立の高校二年生高橋健太。本当に、本当に何の特技もなく平凡な高校生だ。どこにでもいそうな名前だろ。こういう時、人は「とは言っても何らかはあるだろ」と突っ込むだろう。でも、本当にない。俺もそう思いたい。そう思って意図的にちょっと遅刻しかけようとして角でぶつからないか期待したりとか、何かハプニングに巻き込まれないかなとずっと考えながら一年間を過ごした。


 気付いたらもう二年生になっていた。結局、俺の高校生活は中学の頃と何にも変わらない。


 別にクラスカーストは中くらいだし極端に下な訳がない。最近の漫画はどうやらクラスカーストが下の方が主人公になっている。まあ、これは二次元の話だけどさ。上は上でモテまくりだ。だからこそ俺は何にもない。


 友人は普通にいくつかいる。カースト上位の連中とも上手くやってるし日常生活に支障はない。


 けど、刺激がない。たった一度の高校生活で何もないなんて良いのだろうか。


 部活には入っていない。中学時代はバスケをやっていたが別に実力もないし黄色い声は俺には向けられなかった。特段容姿も良いわけでもなく背も高いというわけではない。


 言うなれば背景モブ、あるいは良くて彼女をいつまでも持てない友人枠。問題はその主人公にすら出会っていないわけではある。


 別に彼女が欲しいわけじゃない。あくまでも欲しいのは刺激だ。俺が誰かの物語の一端になれるならそれはそれで良い。けど、背景モブだけは勘弁だ。


 スマホを点けるといつもの通り友人の八木颯人やぎはやとが挨拶してくれているのでそれをいつも通りに返す。


「……ん?」


 LINK(SNSのこと)には“お前噂聞いてるか?”とある。噂って何のことだろう。何か分からないので噂とは何のことか問い正す。


 すぐに既読がついて“知らねえとかマ? やばすぎだろw”と返ってくる。いや、そこは答えてくれよ。


 少し経ったらその答えが返ってきた。今日転入生が来るらしい。転入生、か。これは登校中に出会って何かイベントがあるかもしれないな、とほんの少しだけ淡い期待を寄せて登校した。


 が、一年間何もなかった俺にそんなイベントはなく、いつも通りに学校に着いた。


 いやいや、そもそも転入生が女子とは限らないしな。何を期待しているんだ俺は。仮に女子だとしても可愛いとは限らないだろ。現実ってのはそんなものだ。後転入生が俺のクラスに来ることが確定しているわけじゃねえし。


「おーす、健太。今日めっっっちゃ楽しみだな」


 さっきのLINKを送ってきた本人がやってきた。容姿はそこそこ良い。だから彼女もいる。勉強はそんなに出来ないけど情熱がある。


「そうか? 転入生が必ずしも可愛い子じゃねえだろ」


「ほほぉ、お前は可愛い子をお望みなんだな?」


 しまった、欲望だだ漏れだ。やられた。


「う、うっせ!」


「まあまあ。良い出会いがあると良いな!」


「この彼女持ちがぁ!」


 ハハハ、と笑われ教室に向かっていった。


 というか今の発言的にまじで女子なのか。


 それにしても噂ってどこから流れているんだろう。職員室で誰かが聞いたとか。職員室なら信憑性は高そうだけど噂ってのは常に尾鰭が付くものだからなあ。やっぱり期待しないでおこう。


 教室に入ると俺の存在に気付き挨拶をされる。


「高橋おはよ〜」


「おいすー! お前今日の事聞いてるよな!」


「おはよ。もち聞いてる」


「そろそろお前にも春が来るんだな」


「まだ決まってねえって!」


「マジウケる!」


 この辺が俺が陰キャじゃないところだ。俺の存在はしっかりと認知されている。ちなみにクラスで陰キャってのはまじで一人はいてそいつは今日も窓際の端で本、いやあれ漫画だな。それを読んでいる。何かいつもと様子が違うような気がしなくもないが、あんな奴どうでも良い。


 それはともかくとしてこのようにカースト上位と普通に話している。ただ俺とは違ってギャルは全員彼氏持ちだしイケメン共も殆ど彼女持ち。これこそが俺がいつまでも上位にいけない差。超えられない壁。


 席に座ると前に颯人がやってきて座ってきた。


「お前さぁ、いっそあんな感じで陰キャになってみる?」


「アホ言え。そりゃ確かに? 最近ちらっと見た漫画で陰キャ主人公もんが増えてるけどさ、無理無理。これ現実だから。身なりを整えて会話できる奴が一番なんだよ」


「ま、そうだよな。でも、お前が陰キャでも俺はこれまで通り話すと思うぞ」


「はいはいそりゃどうも」


 時々颯人の思考がよく分からない時がある。でも間違いなく言えるのはこいつは優しい。俺の親友だ。


「っと、そろそろホームルームだな。言ってなかったけど転入生ここのクラスだから。職員室で言ってたからまじだぜ」


「……ん? 噂ってお前が流してたのかよ!」


「最高だろ?」


「最高だなお前!」


 とりあえず一次情報なのが分かっていつになく興奮していた。


 俺の反応に満足した颯人はニヤニヤしながら自分の席に着いた。


 そしてホームルームが始まる。担任の真澄がいつもと違って少し緊張している素振りを見せる。


 真澄先生も良く見ると可愛いし生徒からも人気だ。でも流石に先生相手にそういう目で見ると俺の学校生活が終わってしまう。早く大人になりたいという気持ちといつまでも高校生でありたいという気持ちがせめぎ合う。


「おはようございます。今日はいつもと違って一つ報告があります」


クラスが騒つく。「きたきた」とにやけながら先生を見ている。


「静かに。……はい、その件ですが本日より両親の都合で転入されてきました如月さんです。如月さんどうぞ」


 先生が合図をして廊下にいた如月が入ってきた。


 クラスがより一層騒がしくなる。


 無理もない。彼女はクラス、いや学校一と言っても良いくらいの美少女だ。


 嘘だろ、と思っていた。だってあれだけ期待しないでおいたらまじでこんなのが来るとは思わないだろ。期待してると来なくて、期待しないと来るって世の中分からなさすぎる。


如月瞳美きさらぎひとみです。親の都合で転入しました。これからよろしくお願いします」


 性格も至って普通だ。初対面で何かやらかす奴とは違う。最高だ。


 彼女持ちも生唾を飲んでいやがる。おいおい浮気かよ。そりゃまあこの美少女を前にはそうなるのも無理もないか。そんなバカな男子を見て女子達が溜息をしているかと思いきや女子達も魅了されてしまっている。これはやばい。世界が変わる。


 そう思っていたのはここまでだった。


「……あ。あー! あの時の!」


 転入生が突然指を差して叫んでいる。何が起きた。その指先を見るとあの陰キャだった。


「あっ……」


 陰キャの声初めて聞いた。というかこいつの名前何だっけ。


「朝は良くも!」


「ご、ごめんなさい……」


 嘘、だろ。こいつがあのイベントを引き起こしたのか。絶対ラッキースケベ起こしただろ。


 勿論俺だけではない。クラス中が騒然となった。


「静かに!如月さん、席はあそこです」


 無情にも陰キャの隣が空いていたのでそこになってしまった。


 ああ、終わった。あいつが主人公なんだ。くそ、現実じゃねえのかここは。


 ここにきて背景モブの気持ちが良くわかる。


 いや待てよ。あの陰キャと連めば何らかのイベントがあるのではないのか。このまま背景モブで終わってはいられない。


 世界を変えたければまず自分を変えろという言葉がある。なら、俺はそれを実行する。


 スマホが震える。チラ見するとあいつから“事件が起きてしまった”とある。


 俺は“次の休み顔を出せ”と返しておいた。


 そのままろくに集中も出来ないまま一限が終わり、休憩に入った。


 案の定、彼女の周りには多数の女子が群がっている。どこから来たのか、趣味は何か、彼氏はいるのか、ありきたりな質問をひたすら繰り返している。男子は男子で周りからキョロキョロと彼女を見ていた。


 俺はというと颯人を呼び出していたので廊下にいる。


「見事に脳破壊されてんな」


「べ、別に好きなわけじゃねえし」


「まあまあ。それにしても陰キャ君だったかあ。こんなことが現実でも起きるなんてね。でも、これはチャンスだ。こう都合良く陰キャ君にばかり良いことが起きるわけじゃない。そのタイミングに合わせてお前が動けばいい」


「それは俺も考えていたよ」


「さっすが我が親友。良く分かってんな」


「けど、最終的にどこを目指しているのかという話になる。別に彼女が欲しいわけじゃない。如月じゃないといけないってわけでもない」


 つい我を忘れてしまっていたが冷静になるとちょっと自分のことくだらないなと思ってしまった。


「けど、縁にあることに越したことはない、だろ?」


 カーストトップの藤原龍司ふじわらりゅうじが話しかけてきた。こいつはまじでオールイケメンだ。性格良し、顔良し、身長良し。成績も良くてスポーツも出来る。それに親の能力もやばい。父親は財閥トップだし母親は超絶美人。天は二物を与えずってのはあれは嘘だ。神が与えた遺伝子レベルで最強の男。


 さっきカースト上位の男子の殆どは彼女持ちと言った。何故殆どなのか。それは彼にある。彼は唯一カースト上位で彼女持ちではない。別に取っ替え引っ替えしているわけではない。モテモテだしその気になればハーレムだって出来そうだ。けど、しない。


 誰も言わないがマザコン疑惑がある。そりゃあの金髪碧眼で超美人の母親を持てば大概の女子は有象無象だ。年齢不詳で今学生服着ても何の違和感もない。むしろ着てほしい。


 疑惑があるとはいえそれを吹き飛ばすほどのイケメン。イケメン無罪という言葉がある。イケメンにとってはマザコンとは単なる親孝行者という言葉に変換されるのだ。悔しいが認めるしかない。


「藤原は如月のことどう見えているんだ」


「うん、確かに可愛いね」


 否定しない。いやこいつはいつもそうだ。絶対否定から入らない。親の教育。品がある。


「まだ出会ったばかりだからこれから知りたいな。健太もそうだろ?」


「あ、ああ。俺も同じ気持ちだ」


「じゃあさ、放課後彼女を誘おうか」


「まじで⁉︎」


 イケメンやばい。何の躊躇もなく誘うとか言っている。これが圧倒的強者。


「健太、良い機会なんだから行けよ。俺は彼女と放課後デートだから」


 こいつはこいつで羨ましい。


「父は言っていたよ。誰にだってチャンスはある。それに気付いて動けるかは自分次第だって。だから俺はこれもチャンスだと思っている」


「えっと……藤原は彼女を狙ってたりする?」


「狙っちゃおうかな。なんて、言いたいけど俺はしないよ。陽翔に悪いし」


「ハルトって誰だ?」


「うん?君達が普段陰キャ君って呼んでる子だよ。東雲陽翔しののめはると


 流石イケメン。名前ちゃんと覚えている。もう主人公はこいつだけで良いんじゃないかな。


 こいつと並んでいると俺霞んで見えるぞ。


「おいおい、何か面白そうな話してんじゃん?」


 ギャルの夢咲明里ゆめさきあかりが話しかけてきた。金髪でインナーカラーがピンクに染めてる白ギャル。ぶっちゃけ可愛い。でも彼氏持ち。


「放課後如月さんを誘おうかと思って。きっとこの街のことをよく知らないと思うし、早く慣れて欲しいから」


「へぇ、なるほど。遂に藤原のお眼鏡に適ったわけだな」


 ちなみに夢咲は藤原に告って撃沈している一人だ。今の彼氏は結局のところ妥協でしかないのこと。彼氏くん可哀想。


「そうだったら良かったんだけどね」


 こちらを見ている。


「そうそう、夢咲、こいつに春を来させようと思ってな」


 颯人がバカなことを言い出した。恥ずかしいからやめろって。


「あんたが? ぷっ、マジウケる」


 その語尾に草を生やすような言い方をやめろ。


「まーでも陰キャ君よりかは全然ましだし頑張ってみたら? あたし的にあんたも美容院行ったらそこそこ整うと思ってるよ」


「まじか。ちょっと頑張ってみる」


 美容院とか行ったことないぞ。折角だし今度予約してみようかな。


 夢咲は俺の言葉を聞いて「精々頑張りなー」とクラスに戻っていった。


「そろそろ休憩時間も終わる頃だし俺達も戻ろうか」


 藤原の発言で一旦解散になった。


 二限目の数学を終えると流石に落ち着いてきた。


 するとすかさず藤原が彼女に話しかけている。


「如月さん。良かったら、放課後陽翔と明里、あと健太と一緒に学校と街の案内をしたいんだけどどうかな。あ、そうそう。連絡しやすいようにLINKも教えてもらえるかな」


 スラスラと言える藤原凄いな。勉強になる。陰キャが一番最初なのが引っかかるけど。


「えっと……じゃあよろしくお願いします」


 藤原の誘いに断れる女子はいないぜ!


 とは言っても顔は赤くなっていないし照れている感じもない。素直に受け止めただけみたいだ。


「ありがとう。ごめん、勝手に名前使っちゃったけど良かったかな」


 すかさず陰キャをフォローしている。これが最強のイケメンたる所以だ。


「あ、は、はい……大丈夫です」


 ぎこちない返事をしていた。まあ太陽に話しかけられたら陰キャはそうなっちゃうよな。絶対に断れないし。


「もちろん翔陽にも来てもらいたい。良い機会だ。皆と仲良くなろう」


 イケメンすぎて泣けてくる。はっ、しまった。世界がこいつ中心に思えてしまった。そうじゃない。俺は俺でちゃんと考えないと。


「は、はい……ごめんなさい」


 何故謝るのだろうか。折角誘ってもらっているのに。多分この辺なんだろうな。俺とあいつの決定的な差ってのは。普通はありがとう、だろ。


 やっぱり、東雲が如月と今後進展するとは思えない。思いたくない。けど人生何が起きるか分からない。他の誰かの事を考えて自分磨きを怠ったら終わりだ。


 藤原はにこっと笑って席に戻っていった。


 俺も話が終わったので机に突っ伏した。が、その後声が聞こえてくる。


「なんであんたなんかと……」


「……ごめんなさい」


 朝の件相当やばいみたいだな。何があったか聞きたいけど聞いたら彼女に追い打ちをしてしまう。


 となると、聞くべきは陰キャの方だ。


 ともかく、放課後、楽しみになってきた。遂に俺にイベントが発生したのだ。


 昼休み。ギャル達が如月を囲んで一緒に食べている。これでもう彼女はカースト上位だ。


「めっちゃ良い匂いするけどなんてシャンプー使ってんの?」


「それはねーー」


 女子ってのは羨ましい。当たり前のように髪の匂い嗅ぐかバカ。男同士でそれやったら気持ち悪いだけだぞ。


「あり! あたしも今度試してみよー」


「夢咲さんのはどんなシャンプーなの?」


 俺は颯人と食べようかなと思ったら既にいない。あいつ彼女のところに行きやがったな。


 仕方ない。今日は屋上で食べよう。


 持参した弁当を持って屋上へ行った。


 屋上開放している学校は珍しい。特に近年では屋上から飛び降り自殺が相次いでいる事から閉鎖されているのが殆どだ。当然、この学校も屋上には自殺防止用のフェンスが張られている。嫌な時代になったものだ。それでも、開放し続けているのは学園長が生徒は自由であるべきだと判断したからだ。融通が効く学園長で助かった。しかも年齢が若いときた。年齢非公開なのは引っかかるが恐らく30代だと思われる。


 屋上に出ると青空が広がる。やっぱり屋上は良いな。


 見渡すといくつかのグループやカップルが一緒に食べている。この学校の屋上はぼっちにはしんどい。


「おや、健太も来たのか」


 声がするので振り返ると藤原がいた。親の手作り弁当。いつ見ても美味そうだ。


「ああ、まああいつが今日いなくてな」


 実は藤原がいつも屋上で一人食べているのは知っている。一緒に食べたいという気持ちはあったのでここに来たということだ。


「今日はどっちなんだ?」


「ん? ああ、弁当か。今日は父だよ」


 弁当は交代制。世界のトップが作ってくれる弁当とか価値やばいって。


「良かったら食べる?」


 めっちゃ食べたい。


「良いね、交換しよう」


 欲望のままにいくつか交換した。


「放課後、うまく行きそうで良かったよ」


「だな。サンキュー藤原」


 彼がサムズアップをしてきたので俺もやる。するとコツンと当ててきた。


 やべー今俺もしかしてリア充一歩手前か? いかんいかん、調子に乗るとキョロ充になって何もないまま終わってしまう。


 とにかく期待してはいけない。がっつきすぎて今日の放課後だけでイベントが終わってしまうのは良くない。


「どういたしまして。皆が了承してくれたから出来た事だよ」


 最早気持ち悪い領域のイケメンだ。こいつ本当に裏がないのか。ないのだとしたら男の俺でも惚れてしまう。


「これ美味え……藤原の父さん料理うますぎかよプロか何か」


「父は幼い頃から何もかもが出来ていたらしい。料理もしていたみたいだ。母はむしろ最近になってから。学生時代はいつも父が作っていたらしい」


 凄すぎか。めっちゃ会ってみたいんだけどめっちゃ忙しい人だから無理なんだろうな。


 昼食を済ませ、クラスに戻ると陰キャがギャル達にいびられていた。如月はやってしまったという感じで困った表情をしている。もしかして朝の件をギャルに話したのか。


「お前最低だな」


「ごめんなさいごめんなさい……」


「は? なんでうちに謝んの」


「あたしさぁちゃんと説明してっていってんだけど分かってんの?」


 うわあご愁傷様だな。陰キャに優しいギャルなんて幻想だよ全く。


 でも聞いていると別にギャル達はバカみたいな責め方をしているわけではなさそうだ。状況の説明をしない、ちゃんと彼女に謝っていないことに怒っている。筋は通っている。一応、ホームルームの時点で小さく謝っていたが彼女には聞こえてなかったんだろうな。


 で、俺はどうする。このまま野次馬になるべきか否か。今このままならきっと背景モブになってしまう。けど、何を言えば良い。下手にどちらかの肩を持つと無意味な因縁を持たれてしまう。


 だからといって見過ごすわけにはいかない。


 考えるのは後だ。


「あのーー」


 遅かった。


「今どういう状況かな。誰か説明してもらえる?」


 間に割り込んだのは俺ではなくて藤原だった。


「こいつが瞳美のパンツを見たって言うからちゃんと謝れって言ってる状況」


「あ、あれは事故で……」


 ああ、やっぱりラッキースケベ案件だった。


「だからちゃんと説明しろって言ってんの! 分かってんの⁉︎」


「陽翔、説明は確かに必要だ。仮に事故だとしても見てしまったのは事実だよね」


「……そ、そうです」


「じゃあ説明の前に謝った方が良いよ。そこからで良いからさ」


 空気が完全に藤原の流れになっている。


「ご、ごめんなさい」


「如月さんどう? もう許せる?」


「聞こえないから許せない」


 多分これ聞こえないからじゃない。心を感じない。言えば良いと思っている。これじゃ伝わらない。


「だ、そうだけどどうする」


「ごめんなさい!」


 少し恐ろしさすら感じた。別に藤原は怒ってなどいない、あくまでも冷静に対処している。それが却って怖さを引き出している。


 ようやく陰キャは声が通った状態で謝った。流石に彼女はもう良いからと謝罪を受け取った。


「次。状況の説明をしてもらえるかな」


 陰キャは説明を始める。彼女が道に迷っていたみたいなので後ろから道を教えようとした。するとびっくりして彼女が振り返るときに足を引っ掛けて転んだ際に見えてしまった、ということだ。


「そうか。後ろから急に声を掛けるのは良くなかったね。次からは気をつけようか」


「は、はい……気をつけます」


 本当に彼は高校生なのか。大人みたいな話し方をする。


「これで皆も分かったね?」


「瞳美が許すなら別に良いけど……」


 ギャル達も藤原の前ではたじたじだ。


「親切心が時に仇になる。けど挽回の余地はあらから放課後ちょっと頑張ろうか」


 陰キャの背中を軽く叩き元気付けていた。


 事件は一件落着となった。改めて思う、あの時俺が出ていれば解決できたのか、と。きっと場を荒らして余計に拗れただけになっていたのかもしれない。


 少しでも俺がリア充になった気になっていたらこれだよ。これがカーストトップとの差。俺には何もないのだと自覚させられる。


 だが結果的に事件の様相を知れて良かった。それにしてもこいつは迷子に声を掛けるなんて本当に陰キャなのか。それとも陰キャなら声を掛けようか迷った末に結局声を掛けられずに終わるというのは俺の偏見なのか。


 これ以上陰キャの事にリソース割くのは無駄だ。


「騒がしかったけど何かあったか?」


 颯人が帰ってきた。彼に事情を話す。


「なるほど。やっぱさすがだな。これで朝の件は解決したようなもんだしな。けど、残念だったな。折角のチャンスだったのに」


「チャンスなのはそうかもしれないけど、でも俺じゃ無理だった」


「んな事ねえよ。人生ってのは飛び込んでからが勝負。お前は単純に場馴れしてないだけ」


 幼馴染を彼女に進化させた奴の言うことは違うな。


 結局、俺が怖気付いてしまったのがダメだった。次こそはアピールしないと。


 とりあえず今日の放課後の事が終わったら美容院に予約しよう。イメチェンして流れを変えてみよう。


 その後は特に何もなく放課後を迎えた。


「あの、はじめまして。今日はよろしくお願いします」


 そういえば如月と一度も会話してなかった。


「あ、えっとはじめまして。高橋です。よろしく」


 自己紹介をしていると五人が揃った。


「よし、皆揃ったところで行こうか。まずは学校の案内から」


「ルート的には化学実験室行って保健室行って中庭通って体育館ってところかな」


「そうだね。そのルートで行こうか」


 おおう、勝手に話が進んでいるぞ。会話マスター共に付いていけねえ。これじゃ俺の立場は本当に何なんだ。


 と、隣の陰キャを見ていると同様な感じだった。クソ、俺はこいつとは違うんだよ。


「決まった事だし早く行こうぜ」


 とりあえず当たり障りのない発言をしておこう。


 学校案内が始まり、五人で動き出した。


「ここが化学実験室でーー」


「そういえばどこ出身だったっけ」


 よし、今かなり自然に話しかけられたぞ。


「あ、えっと……」


「ちょっと聞いてる? ここ化学の時に使うから覚えておいてって」


「ごめんごめん。ちゃんと聞いてるよ明里」


 いや、今言う事じゃないか。彼女の為に今は集中させてあげないと。


「昔ここでボヤ騒ぎがあったらしいし、気をつけないとね」


 誰かが実験でやらかしたとかそういう類のものだろうか。一歩間違えれば学校が燃えてーーちょっと怖い想像をしてしまった。


「そうなんだ。誰から聞いたの?」


「親が丁度その授業に出ていてね。友人がやってしまったらしい」


 藤原の親ってそういえばこの学校出身なんだっけ。別に偏差値そこまで高くないのに、ってそう言うと藤原がここにいるのも変な感じだよな。


「ひぇーこわ。俺達はそういうのなしな!」


 既に何度も火を使った実験はしているが改めて聞くと怖くなるものだ。


「それなー」


「……うん」


 お、陰キャが反応した。というか今までずっと黙っていたよな。


「さて、次に行こうか。このまま下に降りると保健室がある。当然だが用のない時は使わないように。特に誰かさんが仮病を使って逃げ込むみたいだから」


 目線は夢咲に向いている。そういうことね、なるほど。


「だ、誰が⁉︎ そんなサボり魔⁉︎」


「えーっと、凄く分かりやすいよ?」


「こっち見ようか夢咲」


 俺も乗っていく。


「勘弁してください〜」


「なら、ちゃんと授業出ようか」


「は〜い」


 藤原の前じゃ本当に弱いなこいつ。


 その後体育館、図書館と見回った。


「如月って好きな本のジャンルってある?」


「えーと……最近だと推理とかかな。考えさせられるものが好きかな」


「推理。俺にはそういうの難しくて読まないな」


 よしよし、今は普通に話せているぞ。


「難解なのは確かだけどそれでも最後には全てが分かってそこのカタルシスが良いというか……逆に高橋はどういうの読んでるの?」


「俺? 漫画ばっかだなー恋愛とかそういうの。気になるなら少女漫画とかも」


「何それ」


 彼女は少しだけ笑いながら「何か意外だね」と追加で言った。焦った。引かれたかと思った。


「男ってのはもっと友情努力勝利みたいなそんな漫画ばっか読んでると思ってた」


 まあ確かにそれが普通だよな。あとちょっとエロいやつとか。


「じゃあ藤原と夢咲は?」


「ん? 俺は本は普段読まないかな。読むとしたら論文とかだから」


 あ、こいつ次元が違うわ。


「あたしはファッション誌とかそういうの!」


 こっちは予想通りの答え。絶対小説も漫画も読まないタイプ。


「あ、あはは……」


 おいちょっと如月が呆れてるぞ。


「陽翔はどうだ? ……いや、答えなくていい。すまない聞いた俺が悪かった」


 漏れがないように藤原がフォローするがやめた。うん、まあこっちも予想できる。どうせ漫画かラノベ、どちらかというとアニメばっか見てそうだしな。これを人前で言わせるのは公開処刑だ。


 まあ俺も漫画しか読んでないからあんまり人のこと言えないんだけどさ。


「……っす」


「何か言った? ちゃんと喋んないとあたしらに伝わんないよ」


 言い方は怖いけど夢咲ってしっかり向き合って会話しようとしてるんだよな。陰キャに対してそこだけは一貫している。


 実際こんな小さい声で言われるとちょっとイラついてしまう。


「ま、漫画です!」


 やっぱり漫画じゃねえか。最初からしっかり言えよ。俺も言ったしよ。


「なんだちゃんと言えんじゃん。つーか敬語とか超ウケる。はいはい漫画ね漫画」


 筋を通せば話ができる。彼女はそう言う人なのだと分かった。


「ば、ばかにしたりとかは」


「は? ばかになんかしねえよ。あたしらもぶっちゃけ社会のはみ出しものって自覚してっし。好きなことに対して本気で向き合うならそれでいいじゃん。あんたは漫画、あたしはファッション。それだけっしょ」


 漢気すら感じるよこの人。ギャルという一括りにして悪かった。見直した。


「あたし中途半端な奴が嫌いなんだよね」


 それは今までの言動から良く分かる。


 俺は中途半端になっている気がする。どちらにも突き抜けていないどこにでもいる凡庸な存在。言い換えればつまらない。普段夢咲は俺に対しても普通に話してはくれるけどきっと心の底では半端な奴って思われていそうだな。


「だ、そうだ陽翔。人と話すことに恐れる必要はない。仮に失敗しても俺がいる。俺を味方に付けておくと何かと便利だぞ」


 自信たっぷりな藤原だが事実その通りなので何も言えない。敵に回したら人生破滅レベル。


「ありがとう……」


 予想外の展開に思わず陰キャは感謝の言葉を漏らした。


「って、そろそろ街の方行かないとやばくない? 暗くなっちゃう」


「そうだったな。今日は瞳美を案内しないといけない。瞳美、どういった店が見たいかリクエストはあるか?」


 しれっと如月をもう名前呼びしている。カーストトップ恐ろしや。


「そうね、例えば美味しいレストランとかそういうところ? 別にスーパーとかコンビニとか、生活に必要なものとかって今じゃ簡単に調べられるし。でも美味しいものを食べようとすると中々難しいからそこをお願いしようかな」


 名前呼びを全く気にしてない様子。


 観光スポットとかは良いのかな。まあ東京なんてその気になれば電車ですぐ行けるし今日行く必要はないか。


「分かった。父に聞いておくよ」


 え、今から聞くのか。時間かかりそうな気がするけど。


 と思った矢先に返信が来る。


「……父さんこれどれも金額的に学生じゃ気軽に行けないよ」


 あー多分予算最低五千円とかそういう次元のお店だ。


 というか何か素の藤原を見れている気がする。父親の前だとそんな感じなのか。


「そんなやばいとこ?」


「うん、そうだね。大体どれも一万から二万というところかな」


 その言葉に全員固まる。い、一万……お小遣い二ヶ月くらい吹き飛ぶぞ。


「お、来た。って今度はラーメンか。そりゃここは父さんが学生時代良く行ってたところだけどラーメンて……」


 何か今度は急に親近感湧くような話になってきた。財閥トップがラーメン……やべえ全然想像出来ねえんだが。


「良いんじゃないラーメン」


 おっとまさかの如月がラーメン問題なし発言。


「別にデートで行くわけじゃないし、一人でも入りやすそうだから」


 そういえば最近の女子ってあまりラーメンに抵抗ない気がする。なんかそういうデータはないので知らんけど。


「分かった。それじゃラーメン屋に行こうか。折角だし今日は皆そこで食べるかい。勿論親の了承を貰ってね」


「あたしは平気」


「私も親遅いので大丈夫。連絡だけ入れておくね」


「俺も連絡しておくか」


 俺の両親はノリが良いのでむしろ同級生と食事なんて来たら大喜びだろう。


 案の定返信にはOKのスタンプが大量に送られてきた。


「ぼ、僕も大丈夫です」


 これで全員問題なく行けそうだ。でもラーメン屋に五人って結構大所帯じゃないか。カウンターだけだったら迷惑になるようなーー。


 と思っていたがそれは杞憂だった。席数大量。


「ここは父のお気に入りでね。友人達十人以上押しかけたりした時もあったらしい。その頃はそこまで席がなかったから出資して改修して今はこれだ」


 ちょっとそれはドン引きだ。そんな私的な理由でお金使えるのか。


「味は確かだから」


 そういう問題かな。とりあえず食べてみないと始まらない。


 メニューを見ると一通り味付けが揃っている。醤油から塩、味噌、豚骨など後は各ご当地ラーメンを再現したものだ。これでもしどれも美味しいなら確かに俺も今後行ってもいいかも。


「あたし塩で」


「私も同じく」


 女子二人は塩か。俺はどうしようかな。


「……豚骨で」


 陰キャは豚骨か。うーん、今の気分は豚骨じゃないな。


「良く分かっているな陽翔。俺も豚骨だ」


 もしかして豚骨が当たりの店なのか。これで二人ずつ味が同じだ。俺だけ別の味を選んでも良いのだろうか。


 いや、大丈夫だ。今までの会話の中で自分を出しても咎めようとする奴はここにいないと判断できる。


「えっと……じゃあ俺この鶏白湯」


「そんなのあるんだ」


 夢咲はちゃんとメニュー見ていなかったみたいだ。


「分かった。塩二つと豚骨二つと鶏白湯一つだな。すみません、注文良いですか」


 さっくりと藤原が注文していった。


 その五分後には全て並んでいた。早すぎる。


「いただきます」


 感想としては普通に美味しかった。ラーメンって結局これが良いんだよな。気取り過ぎて高級なの出されても気が引けるし学生にはこれが一番良い。


「じゃあこの後は私のオススメのスイーツがあって」


「まだ食べるのか⁉︎」


「スイーツは別腹、でしょ瞳美」


「そうだね、折角のお誘いだから私も行くよ」


 太らないかそれ。折角の体型維持しているのに。


「今太るだろって思ったっしょ。大丈夫大丈夫」


 何を根拠に大丈夫なのだろうか。


「……僕は今日はこれで」


「そうか。……あ、しまった。俺も時間だ。すまない、後は頼んだ」


 陰キャと藤原帰っていったんだけど残された俺はどうすれば良いんだ。


「で、高橋どうすんの」


「いや、流石に俺これ以上入らないからやめておくよ。悪いな」


 逃げる事にした。


「そ。じゃあ二人で行こっか瞳美。高橋じゃあねー」


「そうだね。高橋また明日」


「あ、ああ。また明日」


 あれ、もしかして今チャンスだったのでは。しまった、何やってるんだろ俺。


 一度言ってしまった以上取り返しはつかない。


 気にしても仕方がないので美容院の予約を入れることにした。


「ーーあ、本当ですか。ありがとうございます。明日十八時でお願いします」


 幸運な事に予約がキャンセルになったみたいで明日の予約枠に俺が入れるようになった。


 これで運命を変えてやる。


 背景モブから一躍昇格だ。


 次の日は特に学校では何も起きず美容院に行き、似合いそうな髪型とセットの仕方を教えてもらって終わった。




 更にその次の日。俺は髪のセットに勤しんでいる。


「ふんふん、これなら美容院でセットしてもらった時と同じ感じだな」


 アイロンかけてワックスして……ってめっちゃ時間が掛かるんだけど。もしかしてこれ女子とかいつもやってるの。化粧も加えて。畏れ多いな。


 さて、登校しますか。


「お、なんだ健太。今日は気合い入ってんな」


 出発前に父に見つかった。


「あ、うん。まあね。俺も年頃だからさ」


「そうかそうか。しっかり決めてこいよ」


 やはり俺の親はノリが軽い。助かる。


「いってきます」


「いってらっしゃい」


 登校中、ちらちらと視線が集まる。これは好感触って事で良いんだよな。いける、これならいける。


 クラスに入ると颯人が待っていた。


「おはよーーお、まじでイメチェンしてんじゃん。大分イカしてる。これならこれまでのイメージから一気に明るくなってお前も遂に春が来るってもんよ」


「おはよ高橋〜って誰⁉︎」


 二人して俺の変貌に驚いている。


「めっちゃ良いじゃん……美容院行った?」


「ああ、夢咲が言っていたから行ったよ。自分でもこの変わりっぷりに驚いている」


「だっしょー! ほら元が良いんだから行って正解だって!」


 二人からお墨付きが貰えた。イメチェンして正解だ。


 そんな中如月が登校してきた。これは見せつけるチャンス。


「おはよう如月」


「おはよ高橋」


 ん?


 あれ?


 特に何にも反応なしか!


「えっと……俺……」


 イメチェンしたけどどう? って対して仲良くなってもいない彼女に聞く奴がいるか!


「どうかした?」


 ほら困っているよ。


「あーえっとだな」


 何かとりあえず適当なことを言って取り繕おうと思った瞬間。


「誰? あのイケメン」


「え、知らない。どのクラス?転校生?」


 廊下から騒つく声が聞こえる。イケメン、とか言っていたな。


「なんか外騒がしいね」


「あ、ああ。イケメンがなんとか」


 何か凄い黄色い声が聞こえてくるんだけど。それもどんどん近くにーー。


 ってその例のイケメンが俺のクラスに入ってきた。誰だこいつ。こんな奴いたか。藤原に引けを取らないレベルのイケメンだぞ。


 そいつは何と陰キャの席に座った。


 新手のボケか? ツッコミ待ちか?


 とりあえず話しかけておくか。


「あの、そこ席間違ってない?」


 返事がない。と思ったら固まっているだけだった。


「…………ここ、僕の席です」


「は?」


 クラス中が一斉に「は?」と言う。


「ぼ……僕は東雲……です」


「はああああああああああ⁉︎」


 これは背景モブが数多の主人公格に挑み、主人公になっていく物語であるーー。はず。

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