第4話 やっぱり高額バイトには裏がある
アパートに戻った俺は先程の胡散臭い高給アルバイトの面接を思い出していた。
結論から言うと俺は……アルバイトを受けることにした。
決め手は毎月高額に支払われる給料、プラス弟妹の生活面の前面的な援助だ。
研修期間が過ぎるとほとんど住み込みで働くことになる俺にとって生活面の援助が後押しした。
両親共に亡くなったことで俺たちにやさいしい叔父さんが後見人になってもらったのだけど、これ以上迷惑はかけられない。
俺が犠牲になるだけで弟妹にちゃんとした生活と教育ができる。今までそうしてきたのだからこれからも同じようなもんだ。
俺が出稼ぎ中は弟妹を家政婦的な人が面倒を見てくれるという破格的な待遇。まだ幼い弟妹に両親に変わる大人は必要だと感じていたから、これは渡りに船でありがたい。
それに俺にもメリットがある。何せ俺のアルバイトの内容は『高校に通う』ことなのだから。まぁ特殊な条件付きだけど。
仕事内容は実にシンプル。
『指定された高校に通い無事に卒業すること』
ただし条件がある。それはこんな感じ。
〈研修期間について(高校に通う前)〉
一、初登校までに相応の学力を身につけること。
一、標準語並びに言葉遣いを身につけること。
一、女性的な身だしなみを学び身につけること。
一、支給されたサプリメントを毎日飲むこと(これ絶対)
まだあるけどとりあえずこの四項目が今から取り組むべき必須事項だ。入学後は適宜追加条件があるようだけど今は置いておく。
そして特殊条件として
『女として入学する』こと。
最初聞いたとき、は? 大事なもの切除しろってことか? ふざけんな! って怒って帰ろうとしたけど、男のままでいいとのこと。
つまりどうゆうことか。簡単な話さ、女装しなさいってこと。
さすがにノーマルな俺は激しく抵抗した。しかし金をちらつかせられあえなく撃沈。
そして俺は変態になる覚悟を決めた。弟妹のためだと固く信じて。
それからは大変だった。今まで夜の生活から日中へと変え、ボロアパートも扇木さん手配のマンションに引っ越し、弟妹の面倒を見てくれる方と今後について話し合い、学力を伸ばすため勉学に励み、標準語に四苦八苦し、更に女性について学んだ。
扇木さんがちょくちょく進捗確認という名目で遊びにきては邪魔をして帰っていく。
そんな忙しい日々を繰り返し、とうとう入学前の一ヶ月前になり俺は東京にひとり引っ越しする日を迎えた。すなわち弟妹と離れる日だ。
弟妹には俺がアルバイト研修を始めてすぐにこれからの事を話したけど、あまり理解はしていないようだった。かろうじて文月が分かる程度で睦月は状況を理解していなだろう。
アルバイトを始めてすぐに扇木さんが家政婦さんを手配してくれたおかげで弟妹と家政婦さんとの関係は良好だ。
すっかり家政婦さんに懐いたことに少しの寂しさもあるけど、その分安心して任せられる。
数ヶ月前のボロアパート生活が嘘のように今は綺麗なマンションに住んでいることが当たり前だといわんばかりに受け入れている弟妹は意外にも逞しいのかもしれない。
しばらく俺がいなくでも大丈夫だろう。
引っ越しの荷造りは昨日のうちに終わらせている。荷造りとカッコつけても貧乏な俺は持っていく物は扇木さんから貸してもらったキャリーケースひとつに収まる量しかない。
「美代子さん、そろそろ出発します。睦月と文月をよろしくお願いします」
家政婦さんの美代子さんに向かってぺこりとお辞儀をする。
「えぇ、こっちは任せてちょうだい、
俺は、笑顔ではい。と応え、次に弟妹を呼ぶ。
二人ともてこてこと走ってきて、にぃに、なぁに? って可愛らしく睦月が尋ねる。
「にぃちゃんこれからお仕事行ってくる。お仕事終わってここに帰ってくるのはずっと先になるから、にぃちゃんがいない間は美代子さんの言う事をちゃんと聞いて良い子にして待ってるんだぞ」
はぁい、って睦月が返事をするが、文月は目を潤ませて俺を静かに見つめている。
俺は文月の頭に掌をのせて優しく撫でる。
「いいか文月。これは俺たちが生きるために必要な事なんだ。離れていても俺と文月、睦月との間には見えない線で繋がっているんだ。見えない線はな"絆"って言ってな、大切な人との間に繋がってるんだ。もし寂しいと思ったら"絆"で俺に伝えろ。にぃちゃんが何とかしてやる!」
「……ぐずん、うん」
よし、いい子だ。文月の頭をわしゃわしゃする。挨拶も済んだし出発しようかと思ったら睦月がにこにこ笑顔で小さなお手てを出してきた。
掌を開けるとビー玉が二つ姿を現し、あげる! って元気な声で言ってきた。
たしかこのビー玉は……睦月の宝物のひとつだ。いいのか? って返事を返すといつもいっぱいお仕事してるお礼って。
……この不意打ちはやばい。一気に目頭が熱くなる。
「にぃ。これ」
文月も何かくれるらしく、手に持っている物を俺に差し出す。
感情をグッと堪え、差し出された物を見る。青いギンガムチェックのハンカチ。かなり使い込まれて色褪せ解れてる所がある文月のお気に入りのハンカチ。
「帰ってきたら返して」
「……わかった」
ハンカチを受け取ると同時に文月を抱き寄せる。わたちも〜って言って睦月も近づいてきたので一緒に抱く。
泣くわけにはいかないと自分に言い聞かせ堪えに堪えて言葉を紡ぐ。
「……にぃちゃん行ってくる」
「うん」
「はぁい」
二人の返事を聞いた俺は抱擁を解き玄関を出た。
その後しばらく涙が止まらなかったのは言うまでもない。
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お読みいただきありがとうございます。
家族とはしばしの別れです。
次話も読んでもらえたら!
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