第三話 空舞う鳥
ダルシャンと婚姻を結んで一ヶ月が過ぎた。けれどジャニが王宮での暮らしに慣れたかといえば微妙なところだ。
自分が普段足を運ぶ場所に限っての話ではあるが、王宮の豪華さに度肝を抜かれることはなくなってきた。とはいえ、まだここが自分の住むところだという実感は湧いていない。
挙式の日に鏡を見せてくれたパーヴァニーという侍女とは、少しずつ気安い間柄になってきている。けれどたくさんの人々にかしずかれ、あれこれと世話をされること自体には未だ慣れない。
そして――王家の人間たちには、まだ全くもって馴染めない。
少なくとも顔ぶれは把握できてきた。まずは国王ローケーシュ。真っ白になった髪からして老齢だろうことが察せられ、おそらくダルシャンは遅くにできた子なのだろうと思う。ダルシャンをかわいがっていることは確かであり、その妻であるジャニにもまあ、時折話しかけてはくれる。だがそれ以上でもそれ以下でもない。
次いで王妃ランジャニー。王と同じくらいか、それより少し若いと思しく、ジャニには一向に話しかけてこない。なるべく無いものとして扱いたいという気持ちが透けて見えるため、ジャニも彼女と同室にいるときはできる限り存在を消すようにふるまっている。
そして第一王子アラヴィンダ。婚礼の日、冷たい目でジャニを見ていた男。彼のことはよく分からない。老いた王からそれなりの権限を委譲されているようで、日々宮廷内でせわしなく働いており、接することがほとんどないからだ。なお第二王子は数年前に病で亡くなったそうで、宮廷にいる王子は実質、アラヴィンダとダルシャンだけである。
王家の人々だけでなく、高位の僧侶や貴族の重鎮(ダルシャン曰く「老いぼれども」)もジャニから距離を取る。婚礼の日に喝采した人々は、今は彼らの視線を恐れてか、すっかり静かだ。
居場所を探しに来たはずなのに、居場所がない。そう簡単なことではないと分かっていても、少し寂しい気持ちにはなった。
※
昼下がり、ジャニは自室の窓辺にいた。窓から見える中庭には緑の木々が植えてあり、時々小鳥が群れでやってくる。その様子を静かに眺め、小鳥の歌う声を聞いていると、森での生活が思い出されて、故郷恋しさが少し宥められるのだった。
今日庭に来ているのは、美しい青い羽根をもつ小鳥たちだった。大きめのが一羽、小さいのが二羽。もしかして親子だろうか。チイチイ、という声が愛らしく、いくら聴いていても飽きない。
ふと部屋の外から足音がして、ジャニは振り返った。戸口に垂れ下がる薄布越しに、二名の衛士が一斉に敬礼の姿勢を取るのが見えた。となれば来訪者は決まっていた。
「ジャヤシュリー! 俺だ」
「ダルシャン様」
機嫌よく部屋に踏み入ってきた夫にジャニは礼を取る。けれどその背後から続いて現れた人物には、思わず目を見開いた。白いひげ、たくましい体躯、腰の大刀。城に初めて足を踏み入れた日にふたりを出迎えた老人、バーラヤに他ならなかった。
「ジャヤシュリー様、ご機嫌うるわしゅう」
「は、はい……バーラヤ殿も、その、ご機嫌うるわしゅう」
バーラヤは元々王家に仕える戦士だったそうで、今は城の兵士の教育係を仰せつかっているという。幼いころのアラヴィンダやダルシャンに武術を教えたのも彼である。いわば夫の師。そのような相手が突如として現れたことで、ジャニは軽い混乱状態に陥った。
おろおろと礼を取るジャニをしかし、バーラヤは軽く手を挙げて制した。
「ジャヤシュリー様。あなたは平民の出とはいえ、今や王子の妃であられる。なれば堂々となされよ。私ごときに怯えなさる必要はございません」
「……はい」
深呼吸をひとつ。何度かまばたき、気持ちを落ち着ける。そんなジャニの様子を見て、バーラヤは小さくうなずいた。
「――失礼を。ダルシャン様はともかく、ここでバーラヤ殿にお会いするとは思わず」
「先ほどまでダルシャン様の弓術指南をさせていただいておりまして」
ダルシャンが小さく笑み、その言葉の先を引き継いだ。
「で、鍛錬後に、俺がついてこいと命じたわけだ」
「……そうでしたか」
ダルシャンはうなずき、絨毯の上に遠慮なく腰を下ろす。その隣にバーラヤも座した。少し迷ったが、ジャニもまた床に座った。
「実は思いついたことがあってな。お前とバーラヤの両方に関わることだから、こうして来たというわけだ」
言ってダルシャンはジャニの方を見る。黒い瞳がまっすぐこちらを向いた。
――この人の瞳は本当に雄弁だ、とジャニは思う。
疑念。興奮。企み。欲望。あらゆるものをつやのある黒色の底で語る。
今その双眸に浮かんでいるのは、心底楽しそうな期待の色だ。
「ジャヤシュリーよ。婚礼の儀以来、お前の噂が都中に広がっているのは知っているか?」
「いえ……街に出たことはありませんから」
「ふむ、まあそれもそうか。俺が城下に出ると、民の反応が違うのが手に取るように分かるぞ。お前を一目見たいと城門に集う者たちもいたそうだ。なあ、バーラヤ?」
バーラヤは渋い顔をする。兵の鍛錬を請け負う彼ゆえ、おそらく衛兵からそういった話も聞いているのだろうと思われた。
ダルシャンはしかし、バーラヤの渋面など微塵も気にする様子もなく続けた。
「だが、王宮では話が別だ。誰もまだお前を真に認めてはいない。身分のことがあるからな」
なるほど、とジャニは思う。自分が総じてあまり歓迎されていないことは察していたが、炎のことではなく身分のことだったか。
「父上は結婚に反対こそしなかったが、他国の姫の絵姿を集めているのを俺は知っている。別の女を宛がうつもりで見繕っているのだろうよ。王妃様は露骨にあれだしな。アラヴィンダ兄上の態度も好かん。兄嫁も然りだ」
「それは……まあ、当然ではないでしょうか。私たちの結婚はひどく型破りなのですから」
ジャニがそう言うと、ダルシャンはやれやれ、と言いたげにかぶりを振った。
「いつまでもそうでは困る。忘れたか? 俺たちはこの国の頂点を目指すのだぞ」
言ってダルシャンは、ジャニとバーラヤの顔を見比べる。その瞳の底が楽しげに光った。
「そこで、だ。俺は考えた。――俺の名の下、競技会を開催する」
競技会。聞き間違いかと思い、ジャニは目をしばたたく。
バーラヤも、わけがわからない、と言いたげな表情だ。
「ダルシャン様……それがこの件とどのような」
「ジャヤシュリーの存在を認めるよりほかに道はないということを、競技会を通して宮廷の連中に見せつけるのだ。まあ聞け」
ダルシャンは右手の指を立てた。
「競技は的当てだ。あらかじめ準備された的に正確に当てた者の勝ち。得物は弓であろうが槍であろうが、小刀を投げようが構わん。豪華な賞品を出し、宮廷の老若男女に参加させよう」
バーラヤが目をしばたたいた。
「女も、でございますか」
「ああ。戦士の家であれば、娘たちも護身の技くらい教わっているだろう?」
「それは……まあ、おそらく」
「なれば技を見せたい女もいるだろうよ。俺がそういう身であれば、日々うずうずとしているだろうな」
ダルシャンは至極楽しそうに続ける。
「都の民にも観戦を許すぞ。歓声は大きければ大きいほどよいものだからな。お前もそう思うだろう、ジャヤシュリー?」
「はあ」
急に振られても、話が見えてこないのでぼんやりとした返事しかしようがない。
ダルシャンが片眉を上げた。
「しっかりしろ、ジャヤシュリー。お前はその競技会に出て、都中に力を見せつけるのだから」
「……え?」
とんでもない言葉が飛び込んできた。
「あの……ダルシャン様、本気でいらっしゃるのですか? 私を、競技会に?」
「お前が炎を正確無比に操れることは知っているぞ。その気になれば木の一本程度、一瞬で灰にできることもな。なればその技を発揮して、優勝してもらうよりほかにあるまい?」
ダルシャンがけだもののような笑みを浮かべるのを久々に見た気がする。彼は床に手をつき、ジャニの方へと半身を乗り出した。
「侮る者たちを力で黙らせる。これほどに気持ちのよいことがあるか?」
ぎらつく黒い瞳は、それが本心からの言葉であることを物語っていた。
ジャニはしばらく思案した。どの程度の的をダルシャンが想定しているものか分からないが、やってできないことはない。自分にとってこの炎は手足の延長のようなものだ。
だが、ひとつの可能性に思い至る。そればかりはならない、と思い、ジャニは口を開いた。
「分かりました。ただしひとつだけ条件がございます、ダルシャン様」
「何だ」
「不正をして勝ちたくはありません。全力は尽くしますが、負けたら負け。そういうことでしたら参加いたします」
ダルシャンは軽く目を見開く。その表情から、おそらく何らかのいかさまも選択肢に入れていたであろうことがうかがえた。
言っておいてよかった。内心そう思ったジャニに、ダルシャンは呆れ半分、喜び半分のような奇妙な声色で言った。
「お前、結構頑固だな」
「そうでしょうか」
「まあいい。妻の望みを聞いてやるのも夫の務めだ」
言ってダルシャンはバーラヤに向き直る。
「そういうわけだ。さっそく手配しろ、バーラヤ」
バーラヤはしばらく渋い顔をしていたが、やがてダルシャンに向かって頭を下げた。
「……はっ」
※
「できましたよ、ジャヤシュリー様」
パーヴァニーの明るい声にジャニは微笑みを返した。
「ありがとう」
パーヴァニーの方を振り返れば、頭の頂点近くでひとつに結われた髪が揺れる。今日の服装は、腰布を足の間に通した動きやすいものだ。肩布も邪魔にならないよう腰紐に挟み、装飾品は控えめに。おまけとして幸運を祈るヘンナを右の手に染めつけてもらっている。
「競技会向けに着付けさせていただきましたが、身軽な格好も似合われますね」
朗らかに褒められ、ジャニは目をしばたたく。
「そう、でしょうか」
「ええ。なんだか生き生きしておられます」
言われればそうなのかもしれなかった。今の服装は、圧倒的に上等なものであるとはいえ、故郷の森にいたときのそれと似ている。じわじわと湧く懐かしい気持ちが、自分の心を押し上げているのかもしれない。
「本当にありがとう、パーヴァニー。では、行ってきます」
「頑張ってくださいね、ジャヤシュリー様! 応援しておりますから」
元気よく拳を握るパーヴァニーにうなずき、ジャニは部屋を出た。
太鼓の音が響いている。それを興奮を呼ぶと取るか、緊張を煽ると取るかは人によるだろう。
建物を出ると、ワッと歓呼の声が上がった。何事かと思えば、眩しい太陽が目を刺す。咄嗟にまぶたを伏せる。そこに聞き覚えのある声がかかった。
「待ったぞ。女の支度は長いな」
「……っ、申し訳ございません、ダルシャン様」
「まあ、構わん。お前の出番はまだ先だ」
大きな手が背にかかる。押されるまま足を踏み出して、ようやくジャニは周囲を見渡すことができた。
王城の壁の中、軍の演習などが開かれる広大な空間に、多数の戦士が集まっている。弓、槍、小刀。手に手に思い思いの得物を持ち、競技会開始の合図を待っている。
競技の様子が見やすい場所には、僧侶勢や着飾った貴族たちが着座している。王家の者たちの席はひときわ高い位置に別途設けてあり、ジャニが導かれたのもそこだった。
しかもそれだけではない。城の正門が大きく開かれ、見物に来た民が群れをなしているのだ。先ほどジャニを迎えた歓声は、その群衆が上げたものらしかった。
――お前を一目見たいと城門に集う者たちもいたそうだ。
ダルシャンの言葉を思い出し、ジャニは少し怯む。けれど大きく息を吸って、用意された席に腰を下ろした。
ジャニの着座を確かめたダルシャンが、傍に控えたバーラヤへ合図を送る。バーラヤはすっくと立ち上がり、朗々たる声で宣した。
「これより競技会を開始する」
戦士たちの目が一斉にこちらを向く。群衆が熱い歓声を上げる。ジャニは背筋を伸ばし、数多のまなざしを受け止めた。
法螺貝が高らかに吹かれ、技の披露が始まった。まずは同心円が描かれた的に遠くから得物を当てる競技。中心を貫けなかった者たちは次々と脱落してゆく。
次いで演習場を取り囲む小さな的を貫いてゆく競技。ひとつでも外した者は失格となる。
縄に吊られて風に揺れる的を狙う競技、掠れば脱落の「外れ」的を避けて本命を狙う競技。あまりに過酷な――というよりも意地の悪い試練が次から次へと与えられ、挑戦者の数が着々と減っていく。
自分は今からこんな場に立たされるのか。
理屈は説明されたとはいえ、やはり尋常の発想ではない気がする。それとも王族というのは皆こうなのだろうか。
楽しげに競技を眺めているダルシャンの横顔を、ジャニはしばらく憮然と見つめた。
やがて、挑戦者がわずか二名に減った。鋭い目をした初老の男と、しなやかに鍛え上げられた体躯をもつ若者である。
出番はまだ先だとは言われたが、このままでは競技会が終わりそうだ。どうするつもりなのだろうと思っていたら、ダルシャンがふいに片手を掲げた。
歓声やざわめきが次第に止んでゆき、人々の視線がダルシャンに集まる。やがて周囲が静まり返ったところで、ダルシャンは立ち上がった。
「ここまでよく勝ち残った。両者ともに並々ならぬ腕の持ち主だ。誇るがよい」
そう言ってダルシャンは目を細めた。
「だが、正確無比を競うのにも飽きたろう? 最後は少し趣向を変えて臨もうではないか」
ダルシャンの片手がついと延べられ――ジャニをまっすぐに指し示した。
「お前たちには、我が妃ジャヤシュリーと競ってもらう」
数多の観客の視線が一斉に集まった。しばし息が止まる。
動揺したのが分かっているのだろう。ダルシャンは一瞬ジャニと目を合わせ、心底楽しそうにニッと笑った。
「宙に投じられる的を最も多く撃ち落とした者の勝利とする。どのような方法を使おうがこの際構わん。失格を恐れず、がむしゃらにかかれ。期待しているぞ。――では、ジャヤシュリー」
言ってダルシャンはジャニに手を差し出す。
――
大きな手を取って立ち上がり、導かれるまま石段を下って競技場に降りた。競技場には既に兵士が円形に散り、的となる木貨入りの籠を持って控えている。円の中央では、第一の挑戦者である若者が、複数の矢をつがえた弓を構えていた。
若者の動きは見事だった。いくつもの矢を連続して射出し、兵士らが四方から投げる的を貫き落とす。最終的に射当てたのは木貨の七割ほどだった。観客が湧く。一礼して若者が退き、代わって初老の男が進み出た。
若者とは打って変わって、男の手には何も握られていない。どうする気だろう、とジャニが思ったそのとき、男は腰に
男の最終成績は堂々の八割を超えた。競技場全体が恐ろしいほどの熱気に包まれている。ジャニが固唾を呑むのとほぼ同時に、ダルシャンが振り返った。
「出番だ、ジャヤシュリー」
――この人にはいったい何が見えているのだろうか。そうジャニは思う。
理解できない展開ばかりが続き、自分はただついていくだけで必死だ。
けれど、今の自分は何も持っていないから。
だから、彼の描く道を駆け上ることにすべてを賭ける。それしかないのだ。
※
競技場全体がよく見えるよう、ダルシャンは石段の上にある自席に戻った。片手を挙げて合図をすると、競技が始まった。
第一、第二、第三の木貨が宙を舞う。――そのすべてを、蒼い炎が瞬時に焼き尽くした。
続いて投げられた的を、矢のような形をした炎が次々に呑む。
炎の矢はひとつにまとまって青い鞭のようにしなり、さらなる木貨をまとめて灰にする。
あらゆる方向から
腕を伸ばし、回り、上体を反らせ、舞い踊るかのように炎を放ち続ける。
そのさまは――あまりに美しく。戦慄がぞくぞくとダルシャンの背筋を駆け上がる。
宮廷よ、王都よ、天界よ、刮目して見よ。
これこそが我が妃。俺が自ら選んだ女。
その姿、空にも届く聖火なり。
やがて、すべての的が灰となった。ダルシャンは思わず立ち上がり、高らかに声を上げた。
「見事だ――俺の
※
肩で息をしながら、ジャニは周囲を見渡した。観客は総立ちになり、耳が籠もりそうなほどの歓声を上げている。
足元を見下ろせば、全き状態で落ちている的はひとつもない。すべて残らず白い灰となっていた。
歓喜よりも安堵が身を包む。ジャニは天を仰ぎ、大きく息をついてまぶたを閉じた。
バーラヤが前に進み出る。結果を宣しようというのだろう。
だが彼の口が開きかけたとき、別の声が、場の興奮を裂くように響いた。
「待て」
集まった全員の視線が石段の右上に向かう。そこに座っているのは第一王子――ダルシャンの兄、アラヴィンダだった。
「疑義を呈したい」
アラヴィンダの顔には表情がない。凍り固まった真冬の小川のように、ひどく冷たい。
「今回、的を投じたのはバーラヤの直属兵だな。バーラヤ、お前がダルシャンに甘いのは周知の事実だ。何か不正があったのではないか?」
「……そんな。そのような事実はございません、アラヴィンダ様」
バーラヤが言いつのる。それには反応せず、アラヴィンダは続けた。
「進め方にも疑問がある。そもそも最後の最後に妃を登場させ、勝利を攫わせるなどというのはおかしな話。それに、振るうに限りある武器と無限の炎では、戦士たちがあまりに不利だろう」
――そう言われてしまえば、返答のしようがない。
ジャニは立ち尽くす。するとダルシャンが兄の方へ身を乗り出した。
「兄上、ご不満か? お抱えの近衛兵が女に勝てぬからと?」
弟の挑発にしかし、アラヴィンダは至極淡々と応じた。
「お前の発想ですべてを
そう言い切り、アラヴィンダはジャニを見た。その冷徹な目に、心臓がどきりと痛む。
「ジャヤシュリー妃。不正がないと言うのならば、その力、改めて示してみせよ」
ダルシャンが何かを言おうとした。それを遮って、ジャニは小さく震える声を発した。
「――どうすればよろしゅうございますか」
アラヴィンダはしばし考えるようにした。
「そうだな……では試しに、空を飛ぶあの鳥を一羽残らず落としてもらおうか」
アラヴィンダの指先をたどり、ジャニは視線を上げた。
今、彼女の頭上を舞っているのは、愛らしい小鳥たちだった。美しい青い羽根。一羽は大きめ、二羽は小柄。チイチイ、という声に――聞き覚えがあった。
今朝の中庭の光景が浮かぶ。
あそこで木から木へ飛び移り、歌い合っていた小鳥たちに違いなかった。
「……できません」
咄嗟に口をついて出た言葉だった。アラヴィンダは軽く片眉を上げる。
もう引きようがなかった。ジャニは大きく息を吸い、懸命に声を張った。
「あの鳥たちが何をしたというのですか。私にはできません」
いつのまにか会場は静まり返っている。けれど、後には引けなかった。
「不正をお疑いなら、他の方法でお試しください。あの小鳥たちの命を奪うことばかりは、どうかご容赦くださいませ」
静寂が場を包む。
それを破ったのはダルシャンだった。
「はは――聞いたか、兄上! 我が妃に理ありだ」
ダルシャンは軽い足取りで石段を降り、ジャニの隣に立って肩を抱いた。
「ジャヤシュリー、お前はすばらしい。比類なき力を持ち、美しく優しく、無益な殺生を好まぬときた。お前こそこの王国の光だ! 我が女神のごとき妃よ!」
集った民がざわざわと声を交わす。そのざわめきはやがて、大きな喝采へと変わってゆく。
ジャニは思わず石段の上を見上げた。アラヴィンダは小さく眉をひそめ、それ以上は何も言わなかった。
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