第63話 現実と王女の覚悟
「あ、あれは何かしら……?」
少し引き攣った表情でエヴァ様が見ている先には、ウサギの魔物を解体している人達がいた。しかも大人ではなく子供達がやっている。
「今日獲ってきたフォレストラビッツを解体しているんです~」
「解体……みんな幼いのにどうして解体なんてしているのかしら」
「どうしてって……お仕事ですよ?」
「お仕事……」
不思議そうに見ているエヴァ様だったが、せっせと働いていた子供達もこちらに気付いて視線を向ける。
その両手には解体ナイフが握られていて、見た目だけならちょっと怖い。
しかし、田舎村はこれは普通の光景だったりする。
うちのエデン村でも解体専門班がいて、子供達は他の仕事を手伝っているけど、他の田舎村では魔物解体というのは基本的に子供達が担っているのだ。
僕も初めて見たときはちょっとびっくりしたけどね。
「エヴァ様もやってみますか?」
「私!? …………い、いいわよ。やってみるわ」
お? 意外にやる気が出たらしい。
近付くと解体していた子供達のリーダー格の男が立ちあがる。
「貴族のお嬢様がこんなところで何してるんだ!」
「ミゲル兄さん! こちらはお姫様よ! 失礼な言い方しないで!」
「お、お姫様!? ……まあ、ドレスでこんな田舎に来るくらいだしな。っ!? リ、リ、リアちゃんじゃないか!」
ミゲルと呼ばれた男の子の視線がエヴァ様からうちの姉に向く。
「こんにちは。ミゲルくん。お仕事頑張ってますわね」
「も、もちろんだぜ! まさかまた来てくれるなんて……おい、お前達! 速くリアちゃんが座れる椅子を持って来い!」
「あら、構わないですわ。お気になさらず」
「っ……あ、ああ」
「それよりこちらのエヴァ様に解体を体験させてください」
「解体を体験……? そんな豪華なドレスが汚れてしまうぜ?」
「それは大丈夫。さあ、エヴァ様。こちらにどうぞ」
「う、うむ!」
やっぱりリア姉ってどこに行っても大人気だな。
ウサギの魔物が大量に乗っているテーブルの前に立つエヴァ様は、少し顔をしかめる。
イエローがすぐに体を伸ばして彼女の体を覆う。これで衣服はいっさい汚れることはない。
エヴァ様の隣に立つリア姉とソフィにもスラちゃん達が防護服になって汚れを塞いだ。ブルーは僕の服を包み込む。
「セシルくんのスライムって相変わらずすげぇな」
「えっへん! うちの弟は世界で一番すごいんだから!」
リア姉……。
それから解体の手ほどきが始まった。
エヴァ様は最初こそ嫌そうに見ていたけど、でも真剣に彼らの動きを見て覚える。
「こんな感じです。姫様もどうぞ」
「わかったわ」
ナイフを手に取ったエヴァ様は教えてもらった通りに解体を始める。
やはりというか、英才教育を受けているからか、覚える速度は非常に速く、たった一度見せてもらっただけで完璧にこなす。
「すげぇな。一回見ただけで……」
「ふう……こんなもんかしら」
「姫様。めちゃくちゃ上手いです」
得意げにドヤ顔するエヴァ様に苦笑いがこぼれた。
すっかり打ち解けるようになったのか、工房店員の女の子にしっかり村の案内を受けるようになった。
大人達は洗濯だったり狩りだったりで忙しく、みんなが何かしらの仕事をこなしている様に少し驚いていた。
エヴァ様だって毎日英才教育とかで自由時間なんてあまりないだろうし、似たものだろう。
最後に広場に帰ってくると、ちょうど支援品の配布が終わっていた。
「セシル様」
白髪の村長が僕を呼び留めた。
「は~い」
「此度の運搬もありがとうございます。もしよろしければ、大したもてなしはできませんが食事でもいかがでしょうか」
いつもなら気持ちだけもらうようにしてたけど、ちょうどいいので受けることにした。
「ぜひ!」
僕達は村長宅に招待されて向かうことに。
どうやら事前に準備してくれてたみたいで、村長宅では多くの村民達が料理をやってくれていた。
美味しそうな料理が次々とテーブルに並ぶ。
ただ、エヴァ様は不思議そうにテーブルを見つめていた。
「エヴァ様~。こういう田舎村では食料もかなり貴重で、これだけのご馳走は年に数回も食べられません。それだけ支援物資の運搬に感謝してるってことなんです。ちなみにエヴァ様のためのご馳走じゃありませんからね!」
「し、知ってるわ!」
少しムッとしたエヴァ様。
やがて料理が並んで食事会が始まった。当然のように村民は村長だけで、他の子供や大人は代表者二人しかいない。
最初こそ周りに気を使わなかったエヴァ様だったけど、解体から周りをよく見るようにしている。今でも村民達の動きを逐一目で追っている。
リア姉がエヴァ様に料理の食べ方を説明すると、より驚いていた。
「まさか……フォーク一つで全部食べることになるなんて……」
箱入り娘なのは知っていたけど、平民の暮らしレベルは勉強していなかったようだ。
「セシル……貴方はどうして慣れているかしら?」
「僕ですか? うちは超辺境ですからね。昔はうちも似た食事でしたよ」
「そう……それってみんなそうなの?」
「そうですよ。しかもこれだけのご馳走なんて滅多に食べれないから、普段はもっと少ないです」
「……食材がなければお菓子を食べたらいいのではなくて?」
お菓子!? 一体どこの……。
「ごほん。お菓子は食材より貴重ですよ~エヴァ様」
「そ、そうだったの……」
「だから苦手な野菜もちゃんと食べてくださいね。ほら、それ残す気満々だったでしょう」
「えっ……だって、苦いもの……」
ちらっと僕の皿を見て溜息を吐くエヴァ様。ゆっくりと苦い野菜を口に入れる。
そういえば、うちの母さんは昔から野菜も食べやすくする工夫をしてくれたから、苦いって感じがしなかったけど、調理法を間違うと異世界の食材でも苦いものは苦いんだなと勉強になった。
食べるのが少し辛そうなエヴァ様にクスッと笑いがこぼれる。ちゃんと我慢してでも最後まで食べる姿は偉いな。
食事を終えて、帰るために広場に行くと、工房の店主さんと店員の女の子が待っていてくれた。
「エヴァ様。こちらをお持ちください」
そう言いながら渡されたのは、店で一番高いと言われていた短剣だった。
「これって……」
「あのまま店に置いたままでは宝の持ち腐れです。エヴァ様にお持ちいただけるなら、その短剣もきっと喜ぶでしょう」
「っ…………ええ。わかったわ。ありがたくいただくわ」
断るかと思ったら意外にも貰うんだな。それくらい欲しかったのか?
彼女は短剣を受け取って感謝を伝えるとすぐに僕のところにやってきた。
「セシル」
「はい?」
「貴方ってスライムで物資を運ぶ以外にもお店をやってたりとお金はたくさん持っているわよね」
「たくさん……というのはちょっと語弊がありますが、それなりには持っています」
「……私にできることは何でもするから、この短剣の支払いを肩代わりしてくれないかしら」
「なるほど。もちろんいいですよ。でも……それならわざわざ受け取らなくてもいいんじゃないんですか?」
「ううん。私、この短剣がどうしても欲しくなったの」
最初はそんな風には見えなかったのにな。
「ここに来て、この村の事情や生活を見て驚いたもの。私は……王室の生活しか知らなかった。だから……この短剣は私が王族であることを思い出させてくれる大事なものになったわ。この村でのことは決して忘れない。ううん。忘れたくないわ。だから私には必要なの」
彼女の素直な気持ちに驚いた。
今までの当たり前がどうして当たり前だったのか……それを知ってくれたのなら、わざわざ遠くのここまで来た甲斐があったということだ。
「わかりました。支払いに関しては僕が責任を持って彼らに支払っていただきます。たぶんお金より食材や素材の方が喜ぶと思うので、そこら辺は柔軟に交渉します」
「ありがとう。お願い」
そして、僕達はまた空の旅に戻り王都に戻った。
その間も楽しそうにしているエヴァ様だったが、常に短剣を大事そうに抱きかかえていた。
【WEB版】超辺境貴族の四男に転生したので、最強スライムたちと好きに生きます!~レベル0なのになぜかスキルを獲得していずれ無双する!?~ 御峰。 @brainadvice
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