第60話 聖領に向かう意外な条件
さっそく目標も決まったし、許可を得るために王様に謁見を申し込むことになり、ライムさんに全てをお願いしておくと、意外なことにその日の夜に王様に直接面会させてくれるってことで、城に一人でやってきた。
執事みたいな格好の人に案内を受けて、城ではなく庭を通って別荘に入った。
案内された部屋の中にはすでに王様がゆったりと座って待っていた。
「夜遅くに呼んですまなかったな。座るといい」
王様の向かいの席に座る。
意外と素朴な部屋で調度品はなく、古びた本棚や机がどこか懐かしさを感じさせてくれる。
「ライムからある程度話は聞いているが、隣国に行きたいと?」
「はい。西の海の向こうの聖領に行きたいんです」
「なるほど。目的を聞いても?」
「スラちゃん……えっと、スライム達を増やすためです。うちの王国に住むスライムはみんな従魔になったから、隣国で連れて来ようかなと思ってます」
「スライムを連れてくる……か。くっくっくっ。また面白い目的だな。だが、どうして聖領なんだ?」
「それは……近いから?」
「近いから……がーはははっ! それは中々面白いな。聖領に行きたいというならもちろん拒む理由はない。田舎に物資を運んでくれている報酬もまだだったからな。ただ、聖領に関しては二つ条件がある」
「二つ……どんな条件何ですか?」
「一つ目は、セシルくん以外の――――家族を同伴させないことだ」
「え! それってお母さんとかお姉ちゃんとかお兄ちゃんとか?」
「ああ。親族を誰一人も連れて行かないという条件だ。もう一つは、ブリュンヒルド家を名乗らないこと。これに関しては一緒に旅をする者を用意しよう。彼の息子として振る舞うといい」
「えっと……どうしてか聞いてもいいですか?」
「……すまないが教えることはできない。これができないのであれば、聖領は諦めることだな。代わりに隣国や北の帝国に行くのはどうだ?」
「……いえ。聖領に行きます」
「そうか。ならライムを通して速やかに準備を整えよう。ご両親にはちゃんと行く旨と親族を同伴させない条件を伝えておいてくれ」
「わかりました」
「それと、王国から正式にアネモネ商会をブリュンヒルド家の御用達商会として認めることにする。これで王都全域での商売を自由にしても構わない。さらに今回の物資運びの協力に対する報酬として、隣国や聖領から持ち込んだ物に対する関税は無償にしよう」
「え! 商売のことはよくわからないけど、それってものすごいことなんじゃないんですか!?」
「ああ。この権利を持っていた貴族はここ百年でブリュンヒルド特別子爵家のみだ。本来ならもっと速い段階で与えるべきものではあったが、いろんな柵があってな。それにスライム達の空中移動による物資移送は王国にとっては革命的なものになるからな。飛竜では重い物を運ぶのは難しいのでな」
アグウスさんから聞いてはいたけど、王様にとって力になっているなら嬉しいことだ。
「スラム街のこと。物資移送のこと。どれも素晴らしすぎるもので、あの二人の息子というのも非常に納得がいく。セシルくん。君は自分の目でしっかり聖領を見て来なさい。両親も反対はしないはずだ」
「ありがとうございます!」
王様との交渉も終わり、別荘からスラちゃんに乗ろうとしたとき、一人の女の子がひょっこりと顔を出した。
「貴方!」
「ん? 僕?」
「そうよ。名前を聞いてもいいかしら」
「普通な自分が先に名乗るのが礼儀だよ?」
「むっ……こほん」
ムッとした表情からわざとらしく咳払いをした女の子は、ドレスを軽くつまみ貴族挨拶をする。
「私、エヴァ・デル・イグライアンスと言いますわ」
「僕はセシル・ブリュンヒルドだよ~」
「……貴方。自分から言った割には軽いですわね」
「よく言われるよ」
「ふうん……それにしても、わたくしの名前を聞いても驚かないのですね?」
「驚く? どうして? 名前――――あ! もしかしてお姫様?」
「ま、まあ、そういうことになりますわ」
「すごい! 僕、お姫様に会うのは初めてだよ。初めまして~」
「は、初めましてですわ……ってそうじゃなくて」
「うん? どうしたの?」
「……まあいいでしょう。貴族の礼儀をまだ学んでいない田舎の貴族の子って聞いていますし。そんなことよりも……そのスライムって、噂のスラム街のスライムですの?」
「噂かはわからないけど、たぶんそのスライムだよ」
「それは貴方のスライムですの?」
「そうだよ」
それにしてもずいぶんと好奇心旺盛な姫様だね。
前世ではテレビの中でしか見たことがない姫様は、とてもおしとやかな方だったのにな。
「わあ! じゃあ、私を乗せてくださいまし」
「え~ダメだよ」
「あら、どうしてですの?」
「ほら、もう夜遅いでしょう? それにたぶん執事さんに止められちゃうよ」
じっと見守っていた執事さんを指差すと、姫様は納得したかのように頷いた。
「わかったわ。ならもっと明るいときに乗せてくださいまし!」
「え~」
「何ですの?」
「僕もいろいろ予定があるから来れないよ?」
「むう……じゃあ、いつなら空きますの?」
「えっと、来年くらい?」
「……貴方、わたくしに喧嘩を売っているの?」
「違うよ~だって、僕は近々聖領に行くし、お店や屋敷も落ち着いたから家に帰っちゃうんだ。だから簡単に約束できないんだよ」
「そうですの……じゃあ、わたくしはやっぱり……ここを出られないのですわね……もういいですわ。夜分遅くに失礼いたしまたわ」
そう話す彼女はどこか酷く悲しそうな表情を浮かべた。
「あ~! お仕事の邪魔をしないって約束してくれたら、明日だけなら何とかなるかも~?」
「本当ですの! 行きますわ! セバス、予定の調整をお願いしますわ」
「お嬢様。王城から出ることは……」
「スライムって空を飛べるのでしょう? しかもすごく速くて飛竜も追いつけないとの噂。いざとなったら、わたくしを乗せて全速力で逃げてくれればいいのですわ」
「……かしこまりました。では陛下に一度相談しておきます。悪いようにはいたしません」
「わかりましたわ。よろしく頼みますわ。セバス。それと貴方も。明日いつでもいいので迎えに来てくださいまし! ちゃんと準備して待っておりますからね!」
「あはは……じゃあ、朝に一度迎えにくるよ」
こんな約束を交わして良かったのかと少しばかり後悔しながら僕は屋敷に帰っていく。
でも……あんな寂しそうな表情をされるくらいなら、良かったのかなと思う。
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