第55話 魔纏解放

 ソフィの魔法のせいで、空が曇り、雨は降らないが雷が轟音を響かせて鳴り続ける。


 何だか物騒な名前の魔法だったし、このまま天気は大丈夫だろうか?


「スイレンちゃん。これどうしたらいいと思う?」


「…………」


「スイレンちゃ~ん?」


「ほへ!? ど、ど、ど、どうしたの? 主?」


 ボーっと地面を眺めていたスイレンちゃんが慌てる。


「天気がさ。このまま放置していいのかな?」


「え、えっと……多分ダメだと思うわよ」


「ダメなのか~どうしよう?」


「…………あの雲には、さっきの魔法の残滓が残っていて、このままでは魔嵐になってしまうわ。だから強力な一撃で散らせる必要があるわ」


「う~ん。あんなに強い攻撃か……どうしよう」


「…………主のあれなら大丈夫かも」


「え、あれ……か。大丈夫かな? またお父さんに怒られない?」


「今度は地面じゃなくて、空中だから大丈夫よ。きっと」


 最後の「きっと」はちょっと余計だけど、まぁ、このままにしてたらもっと怒られそうだし、やってみようか。


「お兄ちゃん?」


「ソフィ。その魔法、緊急事態以外は使っちゃダメだからね? あれが嵐になるんだって」


「は~い」


「じゃあ、ちょっと僕から離れていてね。スラちゃん達もね!」


 僕は魔嵐になるという黒い雲の前に立った。正確には浮かんでいるけど。


 実は以前、新しいスキルをいろいろ試していると、スイレンちゃんから不思議な力を教わった。


 その名は――――魔纏まてん


 スイレンちゃん曰く、魔族が使える特殊な力で、こう、魔力を形にするとより強力な力になる。的なものだ。


 僕は久しぶりに魔纏を解放した。


 両手を真っすぐ左右に伸ばすと、その先にそれぞれ剣が現れる。


 同じ形をしているけど、右は真っ黒、左は真っ白。刀身から柄まで一色で統一されている。


 僕の体がまだ子供だからなのか、刀身がやけに大きく見えるけど、大人になったら丁度いいサイズかな?


 二振りの剣が現れると、周りの空気が激しく振動し始める。


 僕はそれぞれの剣を握り、黒い雲に向かって――――交差させた剣をエックス字で斬り付ける。


 すると、斬ったところから、僕の魔力が一気に減って巨大すぎる斬撃となり、黒い雲を四等分にした。


「主……? 主もその力は緊急事態以外は使っちゃダメだと思うわ」


「えっ?」


「…………」


 どこか呆れたように遠くを見るスイレンちゃん。


 すぐに後ろからソフィの声が聞こえてきた。


「お兄ちゃん! すごくかっこよかった~! 今のがお兄ちゃんの魔纏というものよね?」


「そうだよ~僕は剣になるみたい。スイレンちゃんはたしか尻尾が爪みたいになってたかな?」


「そうなんだ~今度スイレンちゃんも魔纏、見せてね~」


 スイレンちゃんは小さく溜息を吐きながら、「主と比較しないならいいわよ」と答えた。


 黒い雲が消えて開けた真っ青な空。


 穏やかな風が吹く中、しばらく待っていると、遠くから多くの飛竜が飛んでくるのが見えた。


 最初は敵対心が伝わってきたけど、僕が手を振りながら「アグウスさ~ん」と声をあげると、一気に敵対心は消え去った。



 ◆



「なるほど……このクレーターは、ソフィ嬢の魔法だと……」


「そうです!」


 ちらっと後ろを見たアグウスさんは、大きな溜息を吐いた。


 そこには魔導師団達に魔法を見せてもらっているソフィの姿と、スラちゃん達と仲良くしている飛竜達。どこか困惑している飛竜騎士団の兵士達がいた。


「信じないわけにもいかないが……できれば直接目で見たかったな」


「ごめんなさい……うちのソフィが少し張り切ってしまって……」


「少し張り切ってこれか……」


 すると、後ろから一人の若い男性が興奮気味にやってきた。


「アグウス殿! そちらの方を紹介してください!」


 どうしてか目を輝かせて僕を見つめる彼は、まだ十代だと言っても信じるくらいには若い。


「セシルくん。こちらは魔導師団の副団長を務めているヘイン殿だ」


「初めまして。僕はセシルと言います。よろしくお願いします」


 彼は目を輝かせたまま、僕の手を取り握手を交わした。


「私はヘインといいます。ソフィ様・・・・の兄上でございますね? 大変光栄でございます。さっきの空を割ったのも、セシル様の力なのでしょう?」


「え、えっと、そうですね。あはは……」


「おお! ごきょうだいで、こんなにも素晴らしいとは! ぜひこれからもお見知りおきを」


「はい。よろしくお願いします」


 何となくだけど、嫌な感じはまったくしないし、好意を持たれているようなので、このまま仲良くしていきたい。何か裏があるような感じもしないからね。


 僕の背中にくっついていたスイレンちゃんが、肩からひょっこりと顔を出す。


「ん? セシル様の従魔でございますか?」


「そうですよ~」


「中々見ない種族……いや、文献にもこのような種族は…………ん? たしか、黒色だと見たことがあるような……?」


 スイレンちゃんをじっと見つめていたヘインさんの前に、アグウスさんが割り込んで視界を防いだ。


「ヘイン殿。今の種族のことは頭から忘れなさい」


「えっ? アグウス殿……?」


 ヘインさんの両肩に両手を乗せたアグウスさんは、彼の目を凝視する。


「いいですね? 研究熱心なのはいいが、知らなくてもいいこともあるのですぞ? ヘイン殿」


「は、はぁ……わかりました。アグウス殿にそこまで言われたら仕方がありませんね」


「うむ。それでヘイン殿から見て、このクレーターのことはいかがでした?」


「間違いなく、ソフィ様が仰っていた魔法そのものです」


「……それでは困るのですがね。ん? なるほど。そういう手があったか」


 空を飛んでいたスラちゃんを見たアグウスさんは、何かを思いついたように僕を見た。






――――【宣伝】――――

 今回初登場の魔纏ですが、より詳しく知りたい方は、今月発売する今作品の一巻をぜひ購入していただけたら幸いです。

 セシルくんの魔纏もイラストで楽しめるのでおすすめです~!

(突然の宣伝失礼しました。また発売日に発売記念SS載せると思いますのでよろしくお願いいたします)

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