第49話 スラム街開発③

 やってきた一団の中から中年男性が一人、僕の方に足早に歩いてきた。


「赤い髪の男児……貴方様がセシル様ですね?」


「はい。僕がセシルです」


「初めまして。私はシリウス商会の頭、ムダイと申します。お会いできて大変光栄でございます」


 握手を求められて手を握り返すと、優しく握ってくれて彼の人柄がわかるようだ。


「今回はこちらの商談に載っていただきありがとうございます」


「とんでもありません。こちらこそ、ブリュンヒルド子爵家とアネモネ商会と関われること、とても嬉しいです。それに我々にも大きな利益が見込めます。ここでこの波に乗らなければ王都で商人はやっていけませんから」


「ちゃんとお互いに利益に繋げていきましょう!」


「はい~ではさっそく、購入していただいた家具を運ばせていただきます。あちらの不思議な家でよろしかったでしょうか?」


「ええ。扉一つに一部屋なので、一式ずつ運んでください」


「かしこまりました」


「うちのスラちゃんたちも手伝いますので~」


「オルタ殿にも見せていただきましたが、スライムがこれほど懐いているなんて、セシル様は本当にすごいお方だ」


「たまたまですよ~」


 ムダイさんは笑顔で一礼して、荷物を持って来てくれた従業員のところに向かい、いろいろ指示を出し始めた。


 最初からスラム街の存在は知っていたし、可能なら買い取って土地を開発するつもりだった。


 全てはスムーズに進み、うちの使用人もたくさん増えることから、おじさんには一足先に大量の家具を購入してもらうために、王都にある商会に行ってもらった。


 どんな商会かはわからなかったけど、アネモネ商会は南部ではかなり手広く商売をするようになったから、その伝手で知った商会がシリウス商会っぽい。


 支払いは全て貨幣で、うちが売る商品というのは、シリウス商会へのパフォーマンスにしている。これからアネモネ商会とも仲良くしましょうってこれくらい力があるよ~って見せるために。


 うちの使用人達の下準備を進める中、おじさんは使用人達を集めて、これからの商売での仕事を説明し始めた。千人もいるけど、昨日面接で集めた情報をリア姉とソフィが仕分けしてくれて、接客や仕分け、荷運び、護衛、清掃など、いろいろな組ができた。


 おじさんはお店担当に仕事を教えていて、マイルちゃんはその他の仕事を教えている。


 ソフィはどうやら子供達を集めて算数や文字を教えてくれていて、リア姉は老人達を集めて薬の調合の仕方とかいろいろ教えている。


 僕はスラちゃんたちに指示を出しながら周りを見ている係だ。


 けっして暇そうにしているわけじゃなくて、リア姉から「総帥は働かずにそこに構えているだけで、みんなの心の支えになるの!」と言われたからである。


 時々、たった一日で変わり果てたスラム街の様子を見に、王都民達が足を運んでは遠くから珍しものを見ているかのように眺めている。


 さらに貴族街にまで噂が届いているようで、貴族街との間に建てられている城壁の上から、兵士や貴族と思われる人達が見下ろしていた。


 それからは夕方までみっちりそれぞれの作業や勉強が進み、また夕飯の時間になった。


 夕飯を作ろうとテントを建てた頃、千人を超える使用人達が広間で、こちらに向かって跪く。


 その中から一人の中年女性が前に出て、僕の前に跪いた。


「セシル様。私は使用人代表に選ばれたエイラと申します」


 使用人代表はリア姉とソフィとマイルちゃんの三人が独断と偏見で選んだ人だ。もちろん、僕はいっさいの不満もないし、彼女達が選んだ人なら信じるに値すると思ってる。


「使用人を代表し……感謝を……伝え……させてくださいっ……」


 彼女の目から涙がこぼれる。彼女だけじゃない。後ろに跪いている使用人達も一人残らず涙を流していた。


「私達は見捨てられ……行き場もなく生きるのも精一杯で……何より……誰にも……必要とされませんでした……こんなにも……私達を…………必要としてくださり、心から感謝を……伝えさせてくださいませ!」


 エイラさんの言葉に続いてすぐにみんなが一斉に「ありがとうございます!!」と、全力で叫んだ。


 王都中に広がるくらいに声は一つとなり、彼らがこれまでどれだけ大変な目に遭っていたのかが伝わってくる。


 良くも悪くも……世界はとても残酷だと思う。


 生まれながらに才能がある者は未来が約束され、何もない者は虐げられる。裕福な家の子に生まれれば、その分生きやすくなる。僕だって他人事じゃない。


 前世では家族同士で愛情なんて感じたこともないし、大人になってからもただただ会社に行って奴隷のように働くだけ。


 最初は充実感があった。業績を伸ばせば褒められたし、給料も増えた。


 でも……それは会社を動かす歯車に過ぎなくて、しばらくしてはただ動く機械のように、誰からも認められることなく、誰かに必要とされるような存在になれなかった。


 もし自分に恋人や家族がいたなら違っていたかもしれないけど、なにもなかったから。だから彼女達が必要とされたことに嬉しさを感じてくれたなら、僕も嬉しい。


「こちらこそありがとう。みんなが生き続けてくれたから、こうしてうちで雇うことができた。きれいごとを言うつもりはないよ。みんなに平等に報酬を与えるのは違うから、働きに応じて報酬を与えていくよ。でも、みんなにはみんなの長所があるから、それを伸ばして、自分にできることをやってほしい」


「はいっ。我々使用人一同、これからも誠心誠意で働かせていただきます……!!」


 リア姉が前に出てきた。


「みんな~! これから忙しくなるんだからね! でもうちのセシルは、絶対に無理して体を壊すのは一番嫌うから肝に銘じて働いてね! 今日も美味しいご飯を準備するから楽しみにしてね~」


 すぐにみんなの顔に笑みが浮かんだ。


 やっぱり笑顔が一番だよね!


 また夕飯の炊き出しを開いて、僕達はみんなで美味しい夕飯を食べた。


 シリウス商会の皆さんも一緒に参加してくれて、うちの炊き出しの美味しさに驚いていた。


 こうして、王都のスラム街を開発してブリュンヒルド子爵家の敷地となり、アネモネ商会王都支部まで出すことに成功した。


 ――――けれど、これが発端で王国を巻き込む大事件に発展するとは、その時の僕は知る由もなかった。

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