第42話 飛竜……vsスライム?

 『竜騎士』


 異世界最強魔物として一番有名な竜種と心を通わせて空を翔――――


 え? これ、前にも二回くらい聞いたって?


 …………。


 …………。




「と、止まれええええ!」


 慌てた声を上げる男性は、かっこいいフォルムをしている飛竜にまたがっている騎士さんだ。


「は~い! どうかしましたか?」


「どうかしましたかじゃね」


 コンとおじさんのゲンコツが降りる。


 おじさんは溜息を吐きながら騎士さんの前に出た。


「どうも。アネモネ商会と申します。こちらは商会の証でございます」


 証を見せると、騎士さんは目を丸くして見つめた。


「…………わ、わかりました。証は確認しました…………ただ、その…………」


「どうかしましたか?」


「…………それはなんですか?」


 騎士さんが指差すのは、おじさんが乗っている水色の丸々とした生物――――そう! うちのスラちゃんだ!


「見ればわかると思いますが……スライムです」


「いや、それは知ってます」


「それなら……?」


「空飛ぶスライム?」


「はい。その通りです」


 言葉を失って騎士さんと空中を通り過ぎる風が気持ちいい。


 前世では高度が上がれば風は強くなったり、障害物がないために風の防壁になりえるものがなかったりしたが、異世界は少し違う。空の上にもとても気持ちいい風が吹くのだ。


 雨も少なく、自然災害的なものも少ない。ただ、春夏秋冬は存在していて、冬にはゆるふわの雪が降ったりするが、それは南部だかららしい。北部の冬はすさまじい量の雪が降るという。


「いやいや、空飛ぶスライムとか聞いたことないが……?」


「南部では普通です」


「…………そんな普通、報告されていないが?」


「ここ最近普通になりました。それに――――こんなに空飛ぶスライムがいるんだからおかしくないでしょう?」


 おじさんが後ろを親指で指差す。そこには売り物となる素材を体の中に入れた無数のスラちゃんたちが満面の笑みで騎士さんを見ている。


「ま、まぁ……スライムがいくら集まったところで大した戦力にはならないだろうけど、一応王都民に心配をかけてはいけないので俺についてきてもらえるか?」


「構いません。それと――――こちらの子どもは、子爵家のご子息です」


「子爵家の!? …………さっきのゲンコツは……?」


「いいんです。セシルですから」


「…………ま、まあそれはいいか。ひとまずこのまま王都に入るが上ではなく脇を通るぞ」


「はい」


 そう話した騎士さんは飛竜に指示を出して王都に向かって跳び始める。彼はいわゆる『竜騎士』と呼ばれているみんなの憧れの騎士様だ。それだけで王国のエリートということだ。


 ただ、『竜騎士』といっても一つではなく、いくつものランクに分けられている。そのランクを見分ける方法はとても簡単で、騎士さんが乗っている竜種によってわかる。


 僕たちと対峙していた飛竜に乗った六人の騎士さんは、正確に言うと飛竜騎士といい、竜騎士の中では一番下のランクだ。それでも『竜騎士』であることに変わりはなく、王国のエリートだ。


「スライムだし、すこしゆっくり飛ぶか」


 飛竜らしからぬのんびりとした速度で飛ぶ。


 そんな中、何匹かのスラちゃんたちが興味ありげに飛竜たちに近付いていく。


「!? は、速いか。少し速度を上げるぞ!」


 少しずつ飛竜の速度を上げていく。それでもここまで来たときの速度に比べると、十分の一くらいだ。


 少しずつ速度が上がっていくが、それでも飛ぶ飛竜たちの周りを楽しそうに飛び回って遊ぶスラちゃんたち。


『わ~い! ご主人様~飛竜さんだよ~』


『顔が怖いの~』


『食べられちゃいそう~きゃ~!』


 飛竜がスラちゃんたちのおもちゃみたいになってる。


「っ…………さ、最高速で飛ぶぞ!!」


 高速飛行モードとなった飛竜は、ジャンプ台を滑り落ちるジャンパーのように羽をたたむと、中々の速度で飛んでいく。


『わ~い! 飛竜さん、はやい~』


 それでも飛竜の周りを自由自在に飛び回るスラちゃんたちに、飛竜ではなく騎士さんたちが肩を落としていた。




「み、みんなすまん……」


 肩をがっくりと落とした騎士さん。


 最高速度で飛びすぎて飛竜たちが疲れてしまい、王都に着くまで休むことに。


「騎士様方もどうぞ」


 微笑むリア姉から飲み物を渡されて、一瞬驚いて少し嬉しそうに受け取った騎士さんたちは、水をがぶ飲みする。


「ふふっ。先導してくださりありがとうございます。少し飛竜さんたちにも飲み物をお裾分けしてもよろしいでしょうか?」


「も、もちろんです!」


「ありがとうございます」


「いいえ! こちらこそありがとうございます!」


 七歳の子どもに鼻の下を伸ばす騎士さんたちだけど、まあリア姉ってものすごく綺麗だし、わからなくもないね。


 ソフィがバケツに飲み物を注いで飛竜たちに飲ませ始めた。


 ちなみに、この飲み物は村に引いた川の水である。とても澄んでいて飲み水としても非常に美味しくて、今までスラちゃんの水魔法で水を使っていたが、川の水を飲むようになった。


 お母さん曰く、湖の中にあった遺跡が水をとても綺麗にしているから美味しいらしい上に、魔物がいない理由もそれが理由みたい。さらに魔物が近付かないようにする役目もあるっぽい。


 水をがぶ飲みした飛竜たち。


 じっとソフィを見つめる。


「あんたたち。感謝なさいよ! 『セシル水』を譲ってもらえるなんて、珍しいことだからね」


「ソフィ~! その恥ずかしい名前やめてぇえええ~!?」


「もう決まってるんだから、気にしちゃダメだよ? お兄ちゃん」


「うぅ…………せめて村の名前で『エデン水』でいいんじゃ……」


「お兄ちゃんが作った水だから『セシル水』なの」


 ソフィがゴリ押しでいつの間にか村に広まったのは『エデン川』ではなく『セシル川』。そこから汲んだ水だから『セシル水』だという。


「ギュルルゥ……」


「ふふっ。良い子だわ」


 …………あれ?


 ニヤリと笑うソフィ。


 気のせい……かな?


 しばらく休んで出発することになった。


 今度は最高速度じゃなくて平常に飛んでもらう。


 ただ、一つだけ気になったのは、僕たちの前を飛んでいた飛竜たちが何故か僕たちを守るかのように飛び始めている。






「うふふ……! 聖水・・がちゃんと効いているわね!」


 後ろから飛んでいる飛竜と兄であるセシルを見つめニヤリと笑うソフィ。隣のリアと目を合わせてお互いに笑みを浮かべた。

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