第33話 スライムが空を飛ぶ……ならば!

「わ~い! 楽しいよ~お兄ちゃん~」


「セシル~」


 リア姉とソフィはスラちゃんに乗り込んで――――青空を駆け巡る。


 空を飛ぶだけでなく、大きさも一匹で三メートルのサイズに変身できて、体の形もある程度なら自由に変えられるようになった。


 スラちゃんの背中にうつ伏せに乗り込むと、体を伸ばして落ちないように背中から体で包み込んでくれる。


 顔と両手は自由なのと、乗り込んだ僕とリア姉、ソフィとは魔力も繋がっているので意思疎通ができる。声を聞くのは僕しかできないけど、リア姉とソフィの意志をスラちゃんたちが汲み取ってくれる。


「セシル~」


「あい~?」


「このまま――――南にいきましょう」


「リア姉。今は北に向かってるんだよ? それは反対側でしょう?」


「うん。反対側でいいわよ」


「今日約束してるでしょう?」


「いいの。あんな女、捨てておきなさい」


 隣で「うんうん」と頷くソフィ。


 二人ともどうしてマイルちゃんのこととなると、こんなにもムキになるのか。女の子同士、仲良くしてほしいものだ。


 リア姉の冗談はさておき、僕たちは半日くらいかかるアデランス町に、あっという間に着いた。




 アデランス町はスクリーンを通して何度も見てきたけど、実物を見たのは初めてで、村と比べて大きい町に心臓が高鳴る。


 町の中心部の広場には大勢の人が集まっていて、アネモネ商会の紋章が描かれている旗を振っている。彼らはアネモネ商会の従業員たちだ。


 僕はアネモネ商会に所属しているわけじゃないけど、肉を供給する側として、スラちゃんと通してアネモネ商会とはたくさん仕事をする間柄だ。


 おかげでお母さんが作ってくれるご飯が毎日美味しくなったからね! これからもアネモネ商会には活躍してもらわないと! まだ味わったことない料理や珍味を目指して!


 異世界の神秘的な景色を見たい気持ちはもちろんあるし、自由に外に出られるようになったら旅もしたい。だが、目的はそれだけじゃなくなった! 何気なく毎日食べていたご飯は、美味しかったけど個人的に物足りなさがあった。


 だがっ! それには理由があった! なんと! 調味料が全然手に入らないから美味しくしようがなかった!


 この一か月で調味料が手に入るようになって、お母さんのご飯が格段に美味しくなった! だから異世界にある美味しいものを食べにも回りたくなった!


 広場に着地すると、世にも珍しい黒髪に可愛らしいヘアピンを付けた何度もスクリーンで見ていた彼女が出迎えてくれた。


「初めまして? セシルだよ~」


「初めまして! マイルだよ~」


 少し顔を赤くしたマイルちゃんは小走りでやってきて、僕の両手を握った。


「セシルくん。いつもありがとうね! 直接会って伝えたかったんだ!」


「こちらこそだよ~マイルちゃんのおかげでたくさん知ることができたし、アネモネ商会と取引ができて本当に幸せだもんね」


「うふふ。そう言ってくれると嬉しいな!」


 うん。守りたい。この笑顔。


 だが、僕の後ろからはこの世の地獄のような気配がする。


 マイルちゃんもまだ幼いとはいえ、大人になったらきっと美人になるだろうね。


 意外なのは、彼女が黒髪であること。異世界で黒髪は少数らしい。僕もお父さんお母さんと同じく金髪だし。


 まあ、僕からしたら前世の記憶の方が長いから見慣れたけど、さすがにこの六年間一度も見なかったから懐かしく思える。


 両手を握り合う僕とマイルちゃんの隣にリア姉とソフィが立つ。


 それはそれは目だけでオークを凍らせられそうだ。


「貴方がマイルちゃんなのね」


「は、はい! リアお姉さま! お会いできて光栄です!」


 今度はリア姉の右手を両手に握りしめて感激したように目を輝かせる。


「ソフィちゃんも初めまして! 会えてすごく嬉しいよ!」


 マイルちゃんと僕は同級生なので、リア姉は年上でソフィは年下だ。


「これから町を案内いたします! 日頃みなさんから受けたご恩を少しでも返しますから、期待しててくださいっ!」


 恩返しなんて大げさに言うけど、むしろこちらこそなんだよね。調味料ってすごく貴重で、こういう商いをやってくれるのが非常に助かる。


 それから張り切ったマイルちゃんによるアデランス町の案内を受けた。


 僕のたっての願いでお昼ごはんはアデランス町のレストランでごちそうすることに。


 だって、生まれて初めての外食だから、ものすごく楽しみにしていた!


「…………」


「…………」


「…………」


「み、みなさん? お口に会いませんでしたか?」


「ううん。すごく美味しいよ。美味しいんだけど……」


 僕はリア姉に視線を向けると、「ね~」と言ってくれる。


 けっして不味いわけではなく、むしろ、美味しい。僕たちが食べて育った食事に比べればずっと美味しい。だが、それも調味料が足りなかったときの話だ。


「というか、お母さんって実はものすごく料理が美味いんじゃ……?」


「それもそうね。あれだけ限られたものであれだけ美味しいものを作ってくれてたから。お母さんは偉大だよ~」


「お母さんすごいな~」


「ふふっ。ミラさまの夕飯、とても楽しみ!」


 昼は外食だけど、夕飯はうちで食べることになっている。さらに、マイルちゃんも連れて。


 僕がマイルちゃんに提案したのは――――うちの村に招待だ。


 いつも商会の仕事で忙しくて同年齢の友人と遊んでいるところを見たことがない上に、最近はスラちゃんを通してうちと一緒に夕飯を食べるけど、声から寂しそうな気配がしたから誘ってみた。


 マイルちゃんは涙を流すほど喜んでくれて、こうして今日を迎えたのである。


 初めての外食。美味しかったけど、お母さんの偉大さがよりわかっただけだった。

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