第30話 セシルの乱から一か月(三人称視点)

 ◆孤児院の青空教室


「では授業を始めます~!」


「「「「は~い!」」」」


 巨大な白板の前に2メートルのスライムが可愛らしい体をぽよんぽよんと震わせている。


 そして――――その前には大勢の子どもたちがたくさん並んでいた。


「これから【算数】を教えるからね~みんな、小さな粒は届いたかな~?」


「「「「は~い」」」」


 子どもたちには粒がたくさん入った袋が全員に渡された。中に入っているのは、米粒のような大きさの綺麗な水色の石だ。


「これからそれで算数について教えるからね~」


 巨大スライムは手をびよ~んと伸ばして炭で作られた巨大チョークを持ち上げる。握りというよりくっついた。


 それから白板に『1~10』が横縦に書かれた。


「これは数字というものよ! 見覚えがある子もいると思うわ! 読み方は、いち~に~さん~」


 ソフィ先生の説明に子どもたちも合わせて声を上げる。


 孤児院前に可愛らしい子どもたちの声が響き渡る。


「順番は覚えましたか~?」


「「「「は~い!」」」」


「じゃあ、みんなが持っているスライム玉を取り出して! 取り出すとき、ちゃんとさっきの順番で言うんだよ~」


「「「「はい~!」」」」


 袋に入っている綺麗な水色の石――――その名をスライム玉とし、取り出ながら1から10まで毎回声を出しながら取り出していった。


「みんな手には十個持っているわね~では、今度は三つを袋に戻して~手の中にあるのは~何個だ~い?」


「「「「ななこだよ~!」」」」


「7個だよ~!! ――――合ってるわよ」


「「「「わ~い!」」」」


 それから1~10までの数字を繰り返すソフィ先生であった。




 それから一か月後。




子どもたちの手には袋が握られているが、中身を取り出すことなく、ただ手に握っただけだ。


「みんな、手の中にスライム玉が何個握られているの~?」


「9999個~!」


「よくやったわ! ではこれから算数・・を始めます」


「「「「よろしくお願いします! ソフィ師匠!」」」」


 それから子どもたちは手の中に9999個の見えない・・・・スライム玉を持ち、算数・・を始めた。




 ◆ニーア街教会


 祭壇に一匹の普通のスライムが大事そうに置かれている。純白な白いマントをまとい、頭には可愛らしい白い帽子を着けている。


「懺悔なさい」


 スライムからはどこか大人びた女性の声が響いた。


 そこに集まった大勢の信者たちは、スライムに向かって、各々の罪を告白した。


「貴方たちの罪は私が全て許しましょう。ですが、いつまでも許されるだけではいけません。生きていれば困難や誘惑も多いです。だからこそ、それを意識して生きていくのです。さあ。顔を上げなさい。青空の向こうには貴方たちを祝福する――――セシル様がいらっしゃいます。これからセシル様の想いを胸に生き続けるのです」


 涙を流す信者、笑顔に染まる信者、感極まる信者。彼らはみんな女神教の信者だが、女神様より「セシル様」という台詞から、女神様よりも上位の神として、「セシル様」という名が広まるようになった。




 それから一か月後。




 教会の前には多くの信者たちが集まっていた。


 どの信者もニーア街に住んでいる信者ではなく、王国に住んでいる人々である。


 彼らは新しい上位神・・・セシル様の教えを聞くためにやってきたのだ。彼らはそのために日々善意を積みながら、旅費と時間を作り、わざわざニーア街までやってきたのだ。


 そして、彼らを迎え入れるのは――――セシル様を敬うようになった教会が神聖視・・・するスライムたちである。


 みんな口々に「おお……スライム様だ……」と驚きながら、可愛らしいスライムに祈りを捧げつつ、後を追いかけた。


 当然ながら――――彼らが教会を出る頃には、「あぁ……セシル様……」というのであった。




 ◆ニーア城


 ニーア街にて、セシルの乱から一か月後。


「お久しぶりです。アセリア辺境伯様」


「ああ。久しいな。ブリュンヒルド特別子爵」


 セシルの父ルークと挨拶を交わす白髪が目立つアセリア辺境伯は、王国内に二人いる辺境伯の一人である。


 王国の南部西部はアセリア辺境伯、北部東部はシセン辺境伯が支配しており、その権力や実力は王国の王にも匹敵する。中には王よりも高い権力があると言うものも多い。


「まさか南部で其方に会う日がするとはな」


「はは……今は南部でひっそりと生きておりますから」


「あの一件があったからか。まあ、わしでも知らない場所に領地を持っていたとはな。驚いた」


「いろいろございましたから」


「うむ。それは聞くまい。それよりも――――今回は面白いことを起こしてくれたみたいだな」


「はは…………ご迷惑をおかけしました」


「…………迷惑ではない。わしも少し覗いてみたが、あれは――――すごいものだ」


「!?」


「ブリュンヒルド特別子爵。わしから頼みがある」


 通常なら辺境伯の頼みを断れるような貴族は存在しない。それこそ、身売りですら拒否するのは失礼にあたる。それほどに辺境伯の権力というのは強いのだ。


 だが――――


「――――お断りします!」


「ルーク! 頼む!」


「い、嫌です! 絶対セシルに何か言われたんでしょう!?」


「違う! 決してセシル様から何かを言われたわけじゃないんだ!」


「セシルじゃなくてもソフィかリアでしょう!?」


「…………」


「へ、辺境伯様!」


 辺境伯は座っていたソファから立ち上がり――――ルークの前に跪いた。


「ルーク殿。どうか――――ニーア街とアデランス町をもらってくれ!」


「嫌です! 俺は田舎で住むためにあの村に領地をもらったんです!」


「死の道が問題か!? それならわしが全力で開通しよう!」


「そういう問題じゃないんです! あそこにひっそりと生きたいんです!」


「だがっ! セシル様は外に出たがっている! それは止められない事実なのだ!」


「!? そ、それは……リアから?」


「!? う、うむ……」


「…………」


「そんなことはどうでもいい! ええい! もし断るというなら、死の道を全力で開通してやるぞ!」


「権力の乱用だ!」


「乱用でも何でもいい! わしはセシル様のためなら何だってするぞ!」


「うわああああ!」


「さあ! ここにサインをしろ! ルーク!」


「嫌だあああああ!」


 城には空しいルークの叫び声が響き渡った。




 ◆アデランス町


 ニーア街にて、セシルの乱から一か月後。


「今日もたくさん売れたね~」


 スライムから響くのは、聞いた者が脱力するかのようなゆる~い男児の声だった。


「こんにちは~セシルくん!」


「やあ、マイルちゃん」


「今日もセシルくんのおかげでたくさん売れちゃった!」


「うんうん。いいことだね! 従業員もずいぶんと増えたね?」


「うん。スラちゃんたちが手伝ってくれるけど、やっぱり人手がほしくて~」


「マイルちゃんは大商人になれそうだね!」


「そう……だね」


「うん? どうしたの?」


「え? な、何でもないよ! セシルくん~また村のこと聞かせてよ~」


「いいよ~」


 店が終わり、マイルはスライムを大事そうに抱えて食事の準備を済ませて、一人で食事をする。


 テーブルの上にはスラちゃんを置いており、セシルと一緒に食事をする。


 スラちゃんから聞こえるのは、セシルだけでなく多くのリアやソフィ、兄たちの楽しそうな声も聞こえてくる。


「マイルちゃんのお父さんはまたニーア街かしら?」


「はい~またスモールボア肉をたくさん売ってもらえて大忙しです~」


「ふふっ。うちのセシルがマイルちゃんのためにって張り切ってたわよ~」


 スラちゃんから、何かの木材がボギッと折れる音が聞こえる。


「マイルちゃんは頑張り屋さんだからね~僕ができることは手伝いたいから~」


 その声にマイルは嬉しそうな笑みがこぼれた。


 だが、それと同時に、一気に表情が暗くなって、悲しげにスラちゃんを見つめた。


 そのとき、ゆるいセシルの声がスラちゃんから聞こえる。


「あ~マイルちゃん~」


「うん?」


「そういえばさ――――」


 ゆるい口調なセシルが話したことは――――マイルにとって、運命を変えると言っても過言ではなかった。


 母が亡くなってから、絶対に泣かないと決めていたマイル。


 その日、マイルは生まれて初めて嬉し涙を流した。

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