第25話 売れない……理由

 店を開いて一時間くらい経った気がする。最初は気のせいかなと思ったけど、誰一人おじさんが売っている干し肉を買ってくれない。


「おじさん」


「お、おう」


「やっぱりマイルちゃんが言ってた通り、売り方…………下手なの?」


「う、うるせ! そんなはずないんだがな……いつもなら飛ぶように売れるはずなのだが……やっぱりおかしいな」


 鋭い目で周りを見つめるおじさん。


 冗談……ではないみたいだね。


「セシル?」


 一緒にスクリーンを眺めていたリア姉が首を傾げた。


「あそこにいる人。ずっとこっちを見ているわ」


「えっ……?」


 リア姉が指差したところには、少し目付きの悪い痩せた中年男性がいた。


「でも全然違う方を向いているよ?」


「そうね。きっと――――視野が広いんじゃないかしら」


「ん?」


「それにずっと見てて、何か変なことをしているわね」


「変なこと?」


「えっと……誰かに合図を出してる?」


 リア姉がなんの根拠もなく言うとは思えないので、こっそりスラちゃんたちを市場に散開させてみる。


 スクリーンを四つ増やして市場のいろんな場所を映しながら、一匹は例の男を重点的に映す。


「あ。気付かれたわ」


「え?」


「スラちゃんの存在。あの男に見つかってるわよ。ほら、何か合図を送っているわね」


「あの変な動き?」


 男は手や足で何か変な動きをしている。それはまるで――――


「サインか。なるほど」


 そのとき、男を見ていたスラちゃんの背後から――――刃物が刺された。


「うお!?」


 スクリーンの真ん中に大きな刃物が映る。


「スラちゃん。そのまま――――死んだふりをしておやり!」


『あいあいさ~!』


 うちのスラちゃんたちはとても有能だ。最近はどんどん強くなって打たれ強くなったけど、こうやって刃物を通すだけ・・・・もできるのだ。


 スラちゃんは体をふにゅふにゅ状態にする。


 すると男がスラちゃんを刺したまま持ち上げてどこかに向かった。


「他のスラちゃんに後を付けさせない方がいいわね。あの男にまた見つかるわ」


「わかった!」


 それから男はゴミ捨て場と思われる場所にスラちゃんを剣で刺したまま払いのけた。


 スラちゃんを捨てた男が戻ろうとしたその瞬間、スラちゃんは超高速で男の背中に付着する。


 うちのスラちゃんたちはとても有能だ。最近はどんどん強くなって――――え? このくだり二回目?


 …………いいじゃん! うちのスラちゃんたち、強くなったんだから!


 男はそのまま、再び市場に戻っていき、またおじさんの店の近くに陣取った。


 ここからおじさんの店は見えないけど、あの男・・・は見えるのか。


 しばらく待っていると男が動く。


 おじさんの店に近付いていき――――一人の女性とぶつかった。しかもわざとらしい。


「おい。あの店を利用したら、後悔することになるぞ」


「ひい!? は、はい……」


 彼女はおじさんの店をチラ見して離れて行った。


「「「なるほど~」」」


 リア姉とソフィと声が被る。


 干し肉がまったく売れないのは、おじさんの人相が悪いだけが原因じゃないみたいだ。


「それにしてもとことん嫌われてるね。おじさんってトラブルメーカーなのかな?」


「ぷふっ。セシルに言われるとおじさんが可哀想だよ?」


「え~僕は普通だよ?」


「「普通?」」


 同時に首を傾げる二人。腑に落ちないけど、二人の可愛さを見れたのならいいか。


「スラちゃん。男のポケットに忍び込んで」


『は~い』


 うちのスラちゃんたちはとても有能――――え? 三回目?


 …………。


 スラちゃんは、薄いハンカチのような体に変化して男のお尻ポケットの中に忍び込んだ。


 そこからちょっとだけスラちゃんの体を出すと、スクリーンを映せる。


 これが…………人のお尻からの景色なんだな…………。


 僕の心の声を聞いたのか、リア姉とソフィはあきらかに嫌そうな表情になる。


 しばらく観察を続けておじさんは腑に落ちない表情で店を畳み始めた。ただ、おじさんだって普通の人よりもずっと強い・・・・・ので、男たちに気付いた気もする。


 本来なら干し肉を全部売ってスラちゃんたちを小さくするつもりだったけど、それができないのは難点だ。


「仕方ねぇな。商会に売るにいくか……」


 おじさんは溜息を吐いて、とある場所に向かった。


 自由市場があるおかげで、値段も自由に設定できる。干し肉を一つ銅貨一枚で売っているが、これは通常販売額の半額以下である。これでも十分利益が取れる。


 ではどうして通常販売額が高いのか。それは、流通商会がそういう値段に吊り上げているからだ。


 ニーア街にはいくつもの商会があって、小さいところから大手までたくさんの商会がある。


 おじさんは知り合いだという商会をいくつか訪れて交渉をした。


 でも――――全ての商会から買取を断られた。


「おじさんって…………人望ないね」


「う、うるせぇ!」


「ふふっ。冗談だよ?」


「知ってるわ! それで、調べた場所はどこなんだ?」


「えっ? 気付いていたの?」


「そりゃな。帰ってきたスライムが一匹足りない・・・・・・からな」


 でもおじさん……? すでに犯人・・は知っているよね? と聞くのは無粋なツッコミというものだ。

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