第22話 異世界に盗賊は……本当にいた

「おい。セシル」


「ほ~い」


 マイルちゃんのお父さんが僕を呼ぶ。僕たちは現在、街道を歩いて進んでいる。


「う、うちのマイルをどう思ってるんだ?」


 後ろであきらかに「ビキッ」って音が聞こえたけど、気にしない。


「頭もよくて働き者ですごく偉いと思いますよ~」


 そう話すと後ろを向いててもわかるくらい、おじさんから嬉しそうな気配が伝わってくる。


「う、うむ! うちの娘は最高だぞ!」


「ふふっ。そういや、おじさん? 一つ聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「……マイルちゃんのお母さんのこと、知りたいです」


「…………」


 アネモネ商会を経営しているのは、マイルちゃんとそのお父さん。たった二人だ。


 それでも品揃えはいいし、買取も的確で仕事も素晴らしく、アデランス町の職人からの信頼も厚い。でもそれはマイルちゃんだけが・・・いい仕事をしているからではない。だって、彼女はまだ子どもなのだから。


 町の職人たちの信頼を勝ち取っているのは、他でもないおじさんだ。そこにおばさんはいない。そもそも、二人暮らしなのだ。


 それだけなら異世界だし、前世もそういう家はあるんだけど、僕が感じる違和感は――――マイルちゃんという小さな子どもを商会に一人置いてでて、おじさん一人で外に出ることだ。


 お金を稼ぐために数日家を空ける日だって普通にある。今日だって、一日で帰れる旅路ではない。だからといって、荷物を持って馬車なんて使った日には盗賊に狙われてしまうし、護衛を雇ったりはしないみたい。


 だからこそ、おじさんの行動に違和感を覚えてしまった。


「それを聞いてどうするつもりだ?」


「どうもしませんよ。でもせっかくマイルちゃんと仲良くなってますし、アネモネ商会のことをもっと知りたいと思いましたし、これからも仲良くしたいですから」


「…………事故で亡くなった。それだけさ」


「マイルちゃんの背中の傷は?」


「おい。何故それを知ってる」


「たまたま水浴びするときに見えたんです」


 後ろで「バギッ」って木が折れる音が響く。


「…………事故のときに追った傷だ。女房が守ってくれなかったらマイルの命が危うかった。それだけさ…………マイルには言うなよ」


「は~い」


「ったく。いちいち気が抜ける返事しやがって……ちっ」


 悪態をつきながら前を歩くおじさんの背中は、少し寂しそうな感じがした。


「セシル~私たちはそろそろ狩りに行ってくるからね」


「は~い」


 僕はスラちゃんたちと一緒に屋根裏部屋から出るリア姉とソフィに手を振る。


 二人とも毎日狩りには必ず行くようにしている。時間はそう長くはとってないけど、子猪狩りには毎日出掛けている。


 どうやらレベルを上げたり、スキルの熟練度を上げたり、戦いの経験を上げたり、二人の魔法の連携経験を上げたり……諸々の目的があるってリア姉は言ってた。


 あの日の出来事を思えば、僕も一緒に行くべきだろうけど、スラちゃんを通して『危機感知』が使えるので、ここに残る選択をしてる。


 だって――――初めて見る村の外の景色。いろんな植物や地形、世界、魔物、どれも不思議なものばかりで、スクリーンを眺めているだけで一日があっという間に過ぎるから。


 無言で進むおじさんの背中と、ぼよんぼよんと響くスラちゃんたちの体の音がとても心地よく、どこまでも広がっている平原の先に見える青い空をスクリーンを通して堪能して、お昼はみんなでリビングで食べてまた僕はスクリーンを眺める。


 午後からは狩りを終えたリア姉とソフィに家事を終わらせたお母さんも来てくれて、紅茶とお菓子を食べ、夕方前になると訓練を終えて水浴びをしてさっぱりした兄さんたちも来てくれて、屋根裏部屋は秘密基地ならぬ家族の憩いの場となった。


 そんな日々を三日ほど繰り返した。




 おじさんは道中で野宿をし、スラちゃんたちは眠らないので夜番をしたり護衛をしてくれる。


 目的地であるニーア街まであと二日となった。


 その日も雨の気配一つない晴天だ。


 そんな気持ちいい日だというのに、おじさんの前を複数人の人たちが止める。


「おい。その荷物を全部寄越せば命ぐらいは助けてやる」


「ちっ。盗賊か」


 ニーア街はかなり大きな街だけど、ここからだとそれなりに離れていて警備隊の目も届かない。彼らもそれを知ってのことだろう。


「「「「くっくっくっくっ」」」」


 卑猥な笑みを浮かべた男たちは、その手に持つ剣や斧、槌をちらつかせた。


「おじさん? 僕がやっていい?」


「お、おう」


「じゃあ、スラちゃんたち~! バトルフィールドぉぉぉぉ!」


『『『『ばとる~! ふぃ~るど~!』』』』


 護衛のスラちゃんたちが展開する。


 みんな凛々しい顔で荷物スラちゃんたちとおじさんと指揮スラちゃん(スクリーンを主軸のスラちゃん)を守るように整列する。


「ぷはははは! スライムだとよ!」


「こんな雑魚魔物なんかが変な動きをしたぞ!」


「ん? スライム……? 聞いていた話とちょっと違うな」


 ん? 聞いていた話……?


 これは……聞かないといけないね。


「スラちゃんたち! バトル開始~!」


『『『『ばとる~かいし~!』』』』


 前方に並んでいた十体のスラちゃんが同時に走り出す。


「「「速っ!?」」」


奇数が右左方向順に跳び、偶数が左右方向順に跳ぶ。


 盗賊たちに先制攻撃を始める。


『スライム~弱パンチ~!』


『スライム~弱キック~!』


『スライム~弱頭突き~!』


 スラちゃんたちが次々と盗賊たちを吹き飛ばした。


 そのネーミングってどこからきてるのかわからないけど、僕にはみんな体当たりにしか見えないんだよね。


「お、おい! スライムごときに何をしてるんだ!?」


「なんだこのスライム! 動きが見えねぇええええ!」


「助けてくれえええええ!」


 うん。思っていたよりも圧勝だった。

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