第20話 善良な商会……とスライム

 女の子はテキパキ仕事を終わらせて「ふぅ……すごい量ね」と呟いて、こちらに視線を向けた。


「…………え~! スライムがいる~!?」


「気付いてなかったのかよ!?」


「ええええ!? 人の声までしたよ!?」


 まさか気付いていなかったなんて想像もしなかった!


 だって、スラちゃんが百匹近く馬車にいるのに気付かないなんて…………。


「売り物だと思ったけどスライムなんだよね?」


「そうだよ~僕、悪いスライムじゃないよ~」


「あはは~面白いスライムさんだね~私はマイル。貴方は?」


「僕はセシルだよ~」


「セシルちゃんね!」


「「セシルちゃんって呼ぶなぁ~!」」


 急にリア姉とソフィが声を上げる。


「あら? 今度は女の子の声?」


「あはは……僕の姉妹なんだ」


「ふう~ん?」


「それはそうと、お肉は買い取れそう?」


 マイルちゃんは少し難しい顔を浮かべた。


「う~ん。ギリギリ買い取れるけど、一つ問題があるわね」


「問題?」


「うん。量が多いのよね。このまま加工して隣街に持って行ってバザーで売ったらいいかもしれないけど、運ぶ手立てが難しくて」


 この子……ものすごくしっかいしてるんだな。買うだけじゃなくて、その先にどうするかまで考えている。


「それなら僕に任せて。護衛と運び手がいればいいんだよね?」


「うん!」


「それなら――――うちのスラちゃんたちに任せて~!」


「え~!?」


 アネモネ商会を見つけたとき、スラちゃんにお店の隅々まで確認して、規模を調べた。もちろん、お母さんにアドバイスをもらいながらだけど。


 クザラ商会と比べたら小さいが、店内の雰囲気、品揃え、在庫から商売の実力のある商会だと知った。


 ただ、これだけ実力がある商会がどうしてまだ小さなお店なのか気になってお母さんに聞いてみると、この世界では商品を運ぶことこそが一番難しいという。例えば、うちの村からアデランス町まで運ぶのだって、オークが生息する死の道を通らなければならない。


 死の道は極めて珍しい道だが、他の道だって絶対安全ではない。魔物もいれば――――山賊や盗賊だっている。たくさんの荷物を運ぶとなると、彼らの格好の餌となる。


 だからアネモネ商会に決めたとき、最初からスラちゃんたちに護衛と運搬を申し出るつもりだった。


「うちのスラちゃんたちは強いから安心して! それに大きくもなれるから荷物も運べるんだよ?」


「そうなんだ! 見てみたい~!」


「いいよ~スラちゃんたちっ!」


『『『『は~い~!』』』』


 野球ボールサイズだったスラちゃんたちがスイカサイズになり、馬車の中にあったお肉を運び始める。


「ぬわっ!? セ、セシルッ! 何事だ!」


「お父さん~お肉を中に運んでるよ~?」


「いやいや……まだ売るって決まったわけじゃ……」


「え? 決まってるよ?」


「え……? はあぁ…………」


 肩を下ろすお父さんをよそに、馬車にあった子猪スモールボアの肉を全て商会内に運んだ。


「スライムたちがこんなに働くなんて! すごいわ~! セシルくんってすごいんだね!」


「えっへん! うちのスラちゃんたちはすごいんだよ~!」


「セシルッ! デレデレしないで!」


「そうよ! お兄ちゃん!」


「あ、あはは…………」


 デレデレしてないと思うんだけどな……。


「こちらが今回のスモールボア肉の買取額になります。いかがですか?」


「うーん――――――――えっ!? こんなに高く買い取ってくれるのか?」


「はい! こんなにたくさん売ってくださいましたから、サービスしておきましたよ! それにセシルくんからいい提案もあったので、これから良い関係を築きたいな思ってます!」


「そっか……ああ。よろしく頼む」


 お父さんとマイルちゃんが握手を交わした。


 それからは全てがとんとん拍子に話が進み、アネモネ商会にある調味料を大量購入して、馬車を走らせ村に戻った。


「セシルくん? 本当にスラちゃんたちを残してくれてよかったの?」


「もちろんだよ~お父さんたちはスラちゃんたちがいなくても強いし、問題ないし、もう手は打ってあるから」


「そうなんだ~じゃあ、賃金は払うからお仕事を手伝ってくれる?」


「もちろん~スラちゃんたち! マイルちゃんのいうことをちゃんと聞いてね!」


『『『『は~い!』』』』


 マイルちゃんの指示で子猪肉を別の店に運ぶ。


 どうやら肉屋のようで、子猪肉を加工してくれるようだ。干し肉にするのかな?


 前世のような冷蔵庫付きトラックなんてないから、肉の鮮度を保たせて運ぶのは難しいものな。


 一定量は肉屋に降ろして、残りは全部干し肉に加工を依頼して彼女の一日の仕事は終わった。


「セシルくん。風呂に入るけど、一緒に入ろう~」


「セシルはいません。勝手に入ってなさい」


「あら、お姉さまの方でしたか」


「お姉さまではありません。これからセシルには指一本触れないようにっ!」


 リア姉……まだ彼女とは顔も合わせてないよ……?


 二人の無言の圧力でスクリーンは強制解除され、僕たちも夕飯を楽しんだ。


 ちょうど夜空に三日月の赤い月と蒼い月が出た頃にお父さんは帰ってきた。


 当然――――お父さんのゲンコツをくらった。


 むぅ……げせぬ…………。



 ◆



 クザラ商会。


「クソが!」


 クザラ商会のアデランス支店長は、手に持っていた報告書を地面に叩き付けて足で踏みつぶした。


「アネモネ商会……目障りだったが、職人の連中から守られていたが、そろそろ決着・・を付けてやらねばな」


 支店長は卑猥な笑みを浮かべて、窓から見える赤い月を見上げた。

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