第19話 辺境領主の……覚悟

「わかった」


 いつもより少し低いトーンで答えたお父さんは、僕たちスライムから視線を外して後ろを向いた。


 いつにも増して大きな背中だ。


「店主さん」


「は、はい!」


 お父さんから放たれるプレッシャーはかなりのもので、あの日、僕たちを助けてくれた姿が容易に想像できる。


「俺も一つの村を預かっている王国の領主です。値段の件は……知っていながら・・・・・・・、ここまで物資を運んでくるクザラ商会を思っていました。だから――――一度だけ問いましょう。一袋銀貨一枚。それで売ってくださいますか?」


 それはきっと、お父さんの情けなんだと思う。


 僕なら……すぐにこんな商会と手を切ってしまうけど、お父さんは領主として自分より、領民や家族のために屈辱を飲み込んで立っている。


 だからこそ僕はこの現状が許せない!


「そ、それは…………」


「…………どうして値段が高騰したかまではわかりませんが、王国内で塩の生産が大きく減っているなら俺も諦めましょう。その他・・・の理由なら」


「さ、三枚だっ! それ以上は安くできないっ!」


「…………そうですか。わかりました」


 顔を真っ赤にして怒る店主。それに背を向けるお父さんの顔は、とても――――冷たいものだった。




 外に出たお父さんは大きな大きな溜息を吐いて、僕たちスライムを両手に抱きあげた。


「セシルぅうううう!? い、一体それはなんなんだ!?」


「あはは~お父さん、変な顔~!」


 スクリーンにドアップになったお父さんの顔はちょっとだけ間抜けな顔だ。


 ノア兄さんからお母さんまでみんな笑いこける。


「貴方~セシルちゃんの魔力を使って、スライムスキルというもので繋がっているみたいですよ。でも声を届けるのはセシルちゃんのスキルみたいですね」


「うん! 魔力操作をごにょごにょして声を届けられないかなと試してみたらできたよ~」


「ごにょごにょ……はぁ……セシル……やけに素直に見送るなと思ったら、これが目的だったんだな」


「やだな~僕をトラブルメーカーみたいに言わないで?」


「「「「あははは~!」」」」


 うん。やっぱり辛そうな顔より、みんな笑顔がいいね。


 でも笑顔でいられるためには、それなりの覚悟がいる。誰かと手を取るべきなのか。それによって不便になる部分もあるだろうし、楽になる部分もあると思う。


「セシル。さっき話した場所に案内してくれ」


「任せて! こっちだよ~!」


 スラちゃんに案内をお願いしてお父さんと馬車をとある場所に向かわせた。


 大通りから南に進んだ場所から小道になった場所に入っていく。馬車一台なら問題ないが、向かいから馬車が来たらお互いに動けなくなりそうだ。


 そしてお父さんたちがやってきた場所で待っていたスラちゃんのスクリーンにお父さんんたちが映る。


 二画面でお父さんの前後が映るとちょっと面白い。


 …………お母さんが少しだけ顔を赤らめて乙女になっている。相変わらずラブラブでいいね!


 お店の中にお父さんが入る。


「いらっしゃいま…………わあ! すごくかっこいい~!」


 すぐに女の子の大声が店内に響いた。


「アネモネ商会で合っているかい?」


「は~い! アネモネ商会にいらっしゃいませ~」


「俺は南の村を預かっている領主ルーク・ブリュンヒルドという」


「ええええ!? 英雄・・ルーク様!?」


 英雄!?


「英雄なんてそんな大した人ではないよ。ただの村を預かっている領主さ。それで、うちで取れたスモールボア肉を買い取ってもらいたいのと、調味料を仕入れたいのだが、可能か?」


「もちろんですよ~ただ量次第では難しいかもしれません」


「ああ。それは理解している」


「では見せていただきますね」


「えっと……君が見てくれるのかい?」


「そうですよ~?」


 僕もお父さんと全く同じ疑問である。だって、スクリーン越しでもわかるくらい、彼女は――――まだ幼い。年齢まではわからないけど、僕やリア姉、ソフィと同じくらいの年齢に見える。


「店主はお父さんなんですけど、いま仕入れに向かっていて~計算とか得意なので任せてください!」


「そうか。すまないことを聞いたね。ぜひよろしく頼む」


「はいな!」


 彼女はすぐに馬車に向かい、白い木の板にチョークで何かを書き始めた。


「お母さん? あれはなに~?」


「あれは白板はくいたと呼ばれているものね。あれにすすで作ったペンで書いて消してを繰り返し使うのよ」


「へぇ~」


 うちもちょっとほしいかも? いつも暗算だからね。


 店員の女の子は思っていたよりもテキパキ仕事を進める。


 スラちゃんを見ても気にもせず、仕事をこなす彼女の目は真剣そのものだった。


 しばらく彼女を見守っていると、リア姉とソフィの視線が僕に向いてることに気付いた。


「ふ、二人ともどうしたの?」


「「…………」」


「あ、あはは……」


 なにかよくわからない無言の圧力に耐えながらスクリーンに映る彼女の仕事を見守った。

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