しかしヨルは「分かりました」と一歩踏み出したかと思ったら


「レイ様も行きましょう!」


 と問答無用でレイの手を引いてきた。急なことにたたらを踏み、それにヨルの歩調が勢いを増す。


「えっ、え? ま、待ってヨル、私、みんなの邪魔になっちゃうから……!」

「大丈夫です。誰か近寄って来たら、私が切り捨ててやりますから!」


 全然大丈夫じゃない!!


「せ、セッタ! 旦那様……!」


 思わず振り返って助けを求めるも、止めるどころか「俺らも後から行くね~」と手を振られてしまう。ジュードも、盃をクッとあおるばかりだ。

 瞬く間に水鏡のそばまで連れられてきてしまい、歓声とともに輪の中に迎え入れられてしまった。挨拶の時に把握したからか、みんなが雷気の出ない距離を心得てくれているのはありがたい。けれど、逆を言えば、これで断る理由がなくなってしまった。


「どうすればいいの? 私、踊ったことないのよ」

「大丈夫です、レイ様! 体の動くままですよ!」


 言って、レイの手を握ったまま向かい合ったヨルがステップを踏み始める。左の爪先で地面を打ち鳴らし、右の踵でストンプ。足を入れ替えてもう一度。見よう見まねで同じように刻むと形になりだして、自然と笑みがこぼれた。と、今度は手の動きが付く。


「ええ? 無理よ、そんなの」


 笑いながら言っても、しっかり繋がれた手は勝手に動いてしまう。戦士たちの囃すような手拍子の中、宙に模様を描いていく両手。最初はされるがままだったけど、だんだん、規則性が分かってくる。

 こうかな? とヨルの動きを先読んで手を横に突き出すと大当たりで、相互の力が伸びやかに、ピタリと合わさる感覚がした。


「やった!」


 思わず叫ぶと、ヨルが鼻にシワを寄せて笑った。


 そこから先は怒涛だった。優しい指導のターンは終わって、少しだけ強引に腕を引かれたかと思えば、自分の体が予想もしない動きをした。自分の意思で踊るのではない、ヨルの体の延長線上として、心地よく踊らされる。彼女の手の中の剣にでもなったような気分だった。いつの間にか片手をあげてターンさせられていた時には目を剥いた。

 一度も踊ったことのない相手をここまで踊らせるのだから、よほどの腕前なのだろう。「うちで一番の踊り手」というセッタの言も頷けた。そうやって音楽の中でされるがままでいると、レイもどんどん陽気な気分になってくる。

 しかし長年の引きこもり生活が祟ったのだろう、レイの息はすぐに上がってきてしまった。ぜえはあ息が切れ、足がもつれ始めた頃、


「レイ~、交代しよ」


 とセッタが声をかけてくれた。

「おい、引っ込んでろ優男!」「竜の秘宝のありがた~い舞だぞ!」「そうだそうだ、この目立ちたがり!」と盛大なヤジが飛んだが、


「はい、うるせ~で~す。俺のステップに酔いしれろ~」


 と一蹴すると、人をどかして通り道を作ってくれた。レイはこれ幸いと、会釈をしつつ輪を抜ける。仮にも首領の妻としては、あまり無様は晒せない。

 輪の外からヨルとセッタに向けて声なく、ごめん、と手を合わせると、踊る合間に二人で大きく丸を作ってくれた。本当に、息ぴったり。


 それにしても、知らなかった。踊るのって、こんなにエネルギーがいるのね。レイは弾む胸を抑えて、隅の柱廊のうちの一本に寄りかかった。広間に戻る前に、ちょっと息を整えていこう。


 胸に手を当て、ぼうと中庭を眺める。酒宴はまだまだ活気にあふれている。さっきまで自分があの輪の中の一人になっていたなんて、なんだか信じられない気持ちだった。


「もうへばったのか」


 声をかけられ振り返ると、ジュードが立っていた。


「旦那様……」


 ジュードは泰然と歩みを進め、柱廊を挟んでレイの横に立った。途端、太鼓の音や松明が爆ぜる音が遠くなり、ほのかな緊張感が身を包む。

 そんな緊張を破るように「どうだ」と前触れなくジュードが言った。


「なにがですか?」

「この酒宴だ」

「楽しいです。すごく。めまぐるしいですけど、皆さん本当に良くしてくださって。まさかこんなふうに、自分が人の輪に暖かく迎え入れられる日が来るとは……」


 だが、ジュードは怪訝な表情で言う。


「当然だろう。ここにお前を歓迎しないものはいない。言わば救い主だからな」

「そんな、大げさな……」

「大げさなものか。命の恩人だと言われただろう」


 ジュードがレイをひたりと見る。


「乗り手が死んだら、ドラゴンは生涯他の乗り手は持たない。ドラゴンが死ねば、乗り手の心も死ぬ。ドラゴンと乗り手はそれくらい、お互いに強く魂で結びつくものだ。だから、あれは比喩の類じゃない」


 思っていたよりもずっと壮大な話にレイはなんだか呆然としてしまって、踊る戦士たちを見つめた。

 竜騎士にとってのドラゴンは、魂で繋がった、唯一無二の相棒。失えば心が死ぬ。

 そんな存在が、ここにいる戦士たち全員にいるのだ。


「よくやった」


 ふいにジュードが言った。言葉の意味がとっさに理解できなくて、はたとジュードに向き直る。松明の光を宿した金色が、レイをまっすぐ見つめていた。


「これで俺の部下は竜騎士に戻れる。他でもないお前が、あいつの未来を繋いだんだ。胸を張れ」


 その一言に、ようやく実感が湧いて、事実が腹に落ちた。


 そうか。

 ただ、命じられたことを無我夢中でやった。ついついそんな意識でいたけれど。


 私が、ヨルを。ドラゴンを。助けられたんだ。


 雷気で。疎ましく思っていた、この力で。

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