⑤
「早く来い」
「はっ、はい! ただいま!!」
ジュードのもとに駆け寄りながらも、狐につままれたような気分は一向に抜けなかった。
一体なにがどうなって?
離宮とはまた違う、水鏡のある中庭。そこを、人が横たわれる程度の距離をあけながら、それでも隣り合って歩いていると、
「……話を続けるが」
とジュードが話を切り出した。
「はい!」思わず返事に力がこもってしまった。これじゃ、妻というより下知をいただく前の部下だ。だがジュードはさして気にした様子もなく
「俺が言っているのは、雷気の制御の件だ」
「その件は……えっと……」
「セッタに聞いたぞ。気を落ち着ける香油を手に入れたとか」
ジュードが立ち止まる。片眉を上げ、それから「ふん」と唸るように鼻を鳴らした。
「向上の機会を捨てるか。愚かだな、花嫁」
嘲りにカッとなり、ふさがる喉から声を絞り出して言い返した。
「わ、たしは、人を傷つける技術を学ぼうと思わないだけです。それも、……っ人を真っ二つにだなんて!!」
しかしそこまで言うと、ジュードが不可解そうに眉を寄せた。
「そんなことをしろとは言ってない」
……はあ? この間と言ってることが違うじゃないの!!
「し、シラを切るんですか? あんなにはっきり、ヨルを真っ二つにしてみせろって言ったくせに!」
「違う。あれは仮定の話だと言っただろ。できるかどうかを聞いただけで、あの話の要点は、雷気を自在に操れるか、だ」
「は……はああ!? なんでそんな物騒な仮定をするんですか!!」
「戦場育ちに上品な仮定を求めるな!」
「もっと簡単に言ってくださればいいじゃないですか!!」
「あ、あの時はあれが一番分かりやすいと思ったんだ!」
「そんなわけないでしょう!!」
言い合いがヒートアップし、ついつい相手が冷酷非道の乱心王子だというのを忘れて語気が荒くなってしまう。
やっと我に返れたのは後ろで、ぶふっ! という破裂音が聞こえたからだ。てっきり誰かが吹き出した音だと思ったが、ヨルもセッタも常と変わらない顔をしている。
気まずげに咳払いをしたジュードが「分かった。なら……」と、水鏡に指をやった。
「ここに雷気を張り巡らせることは?」
「……できません。雷気を抑えるんじゃなくて、出せるようになんて、そんなこと」
首を振った。ジュードは眉間を揉んで続ける。
「試してみたこともないのか?」
「一度も。どうしたって、人を傷つける力ですし」
「だが、それは元々、始祖竜が授けた、ドラクルに生まれる娘を守る力だろう」
「それは、そうです。けど、出したら傷つけるし……人を傷つけないだけなら、抑えるだけで、別に構わないので、」
「本当にそうか? 心を揺らさないといくら覚悟を決めたところで、俺が近づくだけで簡単に揺れるのに? 完璧に抑えられもしないなら、そもそもその方法は間違っているんじゃないのか?」
「それは、まだ、旦那様に慣れていないだけで、いつかはきっと……!」
「はっ、場当たり的だな。全ての男に心を許せるわけもなし。ましてや誰とも会わないまま、心を揺らさないまま、生涯暮らしていけると本気で思ってるのか? 過去の竜の秘宝たちが、全員引きこもって暮らしていたとでも? そんな国に繁栄はない、少し考えれば分かることだ」
「でも、これが一番、誰も傷つかなくて……」
「なら聞くが──心を揺らさない人生を強いられたお前に、傷はついていないのか?」
レイは驚いた。想像していた『乱心王子』と、目の前のジュードの発言があまりにかけ離れていたからだ。
だって、これは労りだ。
無遠慮で、力加減もなにもあったものではないけれど。
「……もしかして、私を心配してくださってるんですか?」
おずおず言うと、ジュードは未知の生命体でも見るような目でレイを見た。呆気にとられているようだった。
「……違う。これは、単なる公平性の話だ」
「でも、その公平から私が漏れていることに、憤りを感じておられるんですよね? 旦那様は」
「それは……」
口ごもったジュードの代わりに声をあげたのはセッタとヨルだ。レイの後ろで、ぶはっ! と盛大に吹き出したかと思えば、ひいひい言いながら腹を抑えている。
「お前ら……」
「うひひ、くくっ……だ、だってさあ」
「し、失敬……ふ、レイ様、さっきから面白すぎる」
「えっ、わ、私?」
「くふっ、そりゃそうでしょ、ジュードにあんな詰められて、そんな受け止め方できるの、大物すぎる。ジュード押されてんじゃん、ウケる」
「よ、良かったですね、ジュード様。乱暴な言葉で理詰めしても、ちゃんとお心を汲んでくださる方がお嫁に来て……ぶふっ!」
だーっはっはっは!! 二人はとうとう声をあげて大笑いし始めた。
「うるせえぞ、お前ら!」
「す、すみません、私、何か変なことを……」
慌てて謝罪したが、ジュードはすがめた目でレイを一瞥すると「いや、いい」と諦めたように言う。
「どうせここにいるなら、役に立ってもらおうと思ったまでだ」
その一言で、パン、と目の前が開けた気がした。
それほどまでに力強く、甘美な言葉だった。
「私の、雷気が、役に立つんですか? ここで……」
「使いこなせたら、の話だ。雷気は本来、守りの力のはずだろう。それも、お前のはかなり大きな力だ。上手く扱えるようになったら、この城を雷で敵を寄せ付けない、不落の要塞にすることも可能なはずだ」
「うーわ、夢みたい。そうなったら、俺らの仕事もずっと楽になるなあ。正直、ヨルが抜けてから、かなり忙しいもんね」
「さすが、使えるものはなんでも使うジュード様。花嫁まで使い倒す気ですか」
呆れ声のヨルに、ジュードは「使えたらな」と平然と言う。だが、そんな掛け合いもレイの耳には遠かった。
だって、これは大変なことだ。
なるべくレイが姿を見せないよう我慢して我慢して我慢して、やっと表面上、レイの家族は村に受け入れられた。それでも、影から排他的感情をぶつけられたことは幾度もある。
自分は仕方ないと思えても、家族に害が及ぶ度、レイは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。早く家族を解放してあげなければ。これ以上誰かに傷つけられる前に。そう、いつも気を揉んでいた。
人を傷つける力のせいで、疎まれ、蔑まれ、いつかは愛する家族さえも捨てて一人にならなくてはいけない。
自分を孤独に追いやるこの災厄が、レイは嫌いだった。
だからこそ、誰か一人でもいい。いるだけで災厄を振りまくこの身を許し、求めて受け入れて近づいて、ずっと一緒にいようと言ってくれたら。そんなロマンスを密かに望んでいた。
なのに、この生まれ持った災厄が、誰かの役に立つかもしれないなんて。
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