「いやあ、悪いね。俺の相棒、短気でさあ」

「いえ! 私のほうこそ、余計な口を」

「全然。最近飛べてないからイライラしてるんだ、許してやって」


 少し離れた壁に寄りかかり、長い足を組んだセッタが困ったように笑った。


「怪我って、そんなにひどいんですか?」

「いや~、外傷は無いんだけどね。羽が動かしづらそうなんだって。ヨルのドラゴンの疾風は──あ、これ名前ね。小型竜なんだけど、超高速の低空飛行を武器に、おもに奇襲任務を当てられてたんだ。だから、それができないとなると、まあ任務はちょっと厳しくて」

「治るんですか?」

「ん~、どうだろう。こればっかりはなんとも。医者に見せたとかでもないし、治るときは治るし、ダメなときはダメだよ」

「ここにはお医者様がいないんですか?」

「いや、違う。ドラゴンを診る医者がそもそもいないんだ」


 セッタはきっぱりと言い、悔しそうに顔を伏せる。


「竜騎士って、どうやってなるか知ってる?」

「いえ……選ばれしものだという話を聞いたことがある程度で」

「そう。竜騎士はドラゴンに選ばれたやつしかなれないんだ。そこがミソでさ。基本的に乗り手以外の命令は聞かないし、気難しい上に攻撃的でね。それにほら、ドラクルはドラゴン信奉もあるじゃん? 自然に任せるのが正義みたいなところもあって」


 この世界は元々、四の神獣が作ったとされる。その中でも始祖竜は、このドラクルの土地を守護するとされる存在だ。そのため、始祖竜の使いとされるドラゴンにも畏敬の念を抱く国民が多く、ドラゴンを祀る神殿もある。無闇に触れたり、関わることをタブー視する向きがあるのだ。


「じゃあ、もし、治らなかったら……」

「キズモノのドラゴンでも、竜騎士は竜騎士だ。珍しいし使い勝手もあるから、ジュードの部隊を抜ければ他に使い道もあるんだろうけど……きっとジュードが許さないだろうな」

「それは、どうして?」

「万全の態勢じゃないドラゴンに乗るのは危険なんだ。最悪、もろとも墜落する」


 静かな声に息が止まる。


「だから、もし疾風が治らないときは……竜騎士を降りても戦士を続けるか、別の職に就くか、だね。ヨル次第だ」


 ドラクルに身を捧げると言ったヨルの真摯な顔がふいに思い起こされ、レイは何も言えなくなってしまった。

「ま、なるようにしかなんねーな!」セッタはわざとらしく明るい声で話を切り上げると、


「そういえばさ、その香油、結局何に使うの? 気を落ち着かせる、とか言ってたけど」


 と包みを指して問う。


「これは枕につけたりして使うんですよ。心を落ち着かせたり、よく眠れる作用があるんです。どうせ引きこもるなら、万全の体制で引きこもりたいと思って」


 説明すると、セッタは怪訝な様子だ。


「へえ? えーっと、引きこもる、の? 雷気の制御の話は?」


「私は」口を開いてから、なんと言おうかためらった。いくら優しげに見えても、セッタはジュードの部下だ。ここでの発言が後々不利に働く可能性もある。だが、すぐに弱気は打ち消した。


「私は、人を傷つけるために、ここに来たのではありませんから」


 そうよ、決めたじゃない。──乱心王子の思い通りになんか、なってやるもんか!

 きっぱりと言うと、セッタはぽかんと口を開けた後、愉快げに、ふ、と鼻で笑った。


「……あー」

「……なにか、変なこと言いました? 私」


 あまりに反応が悪くて思わず聞くと、セッタは「いやあ? なるほどね。ジュード、言葉足りない時あるからなあ」と笑った。


「ま、いいんじゃない? 信念があるのはいいことだよ。多分、ジュードが言いたいこととちょっと違うと思うけど」

「?」


 この時のセッタの言葉の意味をレイが知るのは、それから四日後──夫に呼び出された時のことだ。

 


 

「で? その後はどうなってる」


 先日と同じ広間、歩行路にしずしずと膝をついたレイは、これまた先日と同じ一段高い椅子に座ったジュードに問われ、何をどう返そうか悩んだ。


「えー……東の離宮は実に素晴らしいところで、こちらの生活にも順調に慣れてきております。あの場を与えてくださった旦那様には感謝してもしきれない気持ちでいっぱいで、」

「違う。俺が聞いてるのはお前の調子じゃない、お前の、」

「はーい。その前に、一個いいですかボス」


 突如割り込んだ声に、レイは内心ぎょっとする。

 セッタだ。彼はなぜか今日は朝からレイのところにやって来て、ヨルと一緒にこの広間までレイについて来たのだ。そして今、レイの後ろに付き従うようにしながら、──あろうことか乱心王子の話を遮った。

 レイは指先から血の気が引くのを感じた。


 ──な、殴られるのでは!?

 むしろ、それだけじゃ済まないのでは!?


「……セッタ。俺の話を遮るな」

「ごめん、ボス。でもさ、仮にも自分の妻を下に置くのは、俺、ちょっと変だと思うよ。高いとこから物言いすぎ。レイは部下じゃないんだから」


 しかも口答えまでした!!


 レイは絶望した。


 どうすればいいの!? 殺さないでください、って立ちはだかればいい!? でも、俺の邪魔はするなって言われてなかった!? 部下を助けるのって邪魔に入るの!?


 しかし、一人ハラハラするレイをよそに、二人はそのまま会話を続けた。


「俺にどうしろと?」

「だからさ、話があるなら食事しながら、とか、二人で散策しながら、とかにしなよ、って提案。もう夫婦なんでしょ?」

「俺にメリットがあるか?」

「少なくともこのお通夜みたいな空気はなんとかなるんじゃないの? せっかく縁あって家族になったんだから、仲良くやんなよ。レイが萎縮してるじゃん」


 どうしよう。血の気が引きすぎて、砂漠なのに手が氷みたいに冷えてきた。


 頼むからこれ以上余計なこと言わないで、セッターーーーっ!!

 ジュードは眉間を揉んで深くため息をつくと、おもむろに立ち上がった。そしてずんずんとこちらに近づいてきて……──


「っも、申し訳ありません、旦那様! セッタに悪気はないんです、今のはただ、私を気遣ってくれただけで……!」


 気づけばレイは叫び、セッタを庇うように飛び出していた。恐怖に震える心に呼応し、雷気がいつもより多めに頬に弾けている。しかし、ここでジュードを感電させようものなら、状況が悪化することは火を見るより明らかだ。


 レイ、平常心よ、平常心……って、無理だよこんなのぉ!!


 それでも退く気にはなれなくて、断罪を待つようにブルブル震えていると、


「……なにしてる」


 と、存外静かな声が降ってきた。

「へ」顔をあげると、自然体の王子がレイの前に佇んでいた。腰に下げた剣を特段構えるでもなく、腕まくりするでもなく、ただ。


「立て」

「は、はいっ!」


 すぐさま立ち上がると、ジュードは「行くぞ」という一言を残し、レイの横を抜けて広間を出て行ってしまう。なにが起きているのか分からず呆けていると、セッタが後ろから


「散策に行きましょう、ってさ」


 と補足してくる。

 え、今のそういう意味なの? 本当に?


「さ、レイ様。参りましょう」


 ヨルにも促され、レイは半信半疑で広間の外の中庭を囲む柱廊へ出た。廊下の先にはジュードが佇んでいて、あ、本当に待ってる、とこっそり驚く。本当にレイと散策をする気なのだ。

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