③
「え~、でも、毒入れるくらいなら技術がなくても、」
「ジュード様はあんたと違って、毒飲むなんてヘマしない。そんなに気になるなら、まず私があんたに毒見させてやろうか?」
「一応聞いただけじゃんかあ」
「面白がってるだけのくせに、よく言う」
いたずらがバレた子供のように笑うセッタの肩を、パン、と小気味いい音を立ててヨルがたたく。その拍子にセッタは包みから手を離し、ヨルは落ちてきた物を空中で受け取った。抜群の息の合い方だ。
ヨルはそのままレイの近くまでやってきて、包みを手渡す。その後ろに、人好きのする笑みを浮かべたセッタが付いて部屋に入ってきた。近づく距離に体がこわばるのと連動して、レイの頬に雷気が弾ける。
セッタが怖い、というより、誰かを傷つけてしまうのが怖かった。
ヨルはそれに気づいたのか、後ろをついてきたセッタに軽く肘鉄を入れる。
「ちょっと、用は済んだでしょ。帰れよ」
「え~、もうちょっとくらいいいじゃん! ヨル、相棒に対して冷た~い」
「相棒なんですか?」
思わず問うと、
「そうそう、もう組んで三年くらいだよねっ、ヨ~ルちゃんっ!」
「ええ、残念なことにね」
「ひどくな~い!?」
しなだれかかろうとするセッタの顎を、ヨルが片手で押しのける。軽妙なやりとりに、どうりで息が合うわけだ、と得心した。ヨルが怒りそうなので口には出せないけど。
「改めまして、ヨルの相棒のセッタだよ。苗字はないから、セッタって呼んで」
そう言って近くに来たセッタの目元が、うっすらと透けて見える。思っていたより薄い布らしい、垂れた瞳が口調と同じく優しげで安心した。
「レイ・ドゥーベルトです。よろしくお願いします」
「うん。よろしく、レイ」
はなから敬称をつけない気安さに「様をつけろ、バカ」とヨルの叱責が飛んだが、
「え~、でもこっちのほうが友達って感じするじゃん」
とセッタは不満げだ。
「そ も そ も 友達じゃないんだよ。レイ様はボスの花嫁なんだから礼儀を弁えて……」
再び拳を固め始めたヨルに慌てて待ったをかける。
「いいんですよ、ヨル! 全然気にしてませんし、なんならヨルも様付けなんかいりませんから! ね! ……あの、セッタ。香油、ありがとうございました。遠いところまで買いに行ってくださったんですよね?」
渋々拳を下げたヨルに胸を撫で下ろしつつ、セッタに感謝を告げると、「ああ、いいのいいの」と首を振られた。
「どうせ見回りのついでだったし。俺が飛んだわけじゃないしさ」
「飛ぶ?」
「うん。実際飛んだのはドラゴンだよ。俺、竜騎士だからさ。って言っても、ここにはジュードを筆頭に竜騎士しかいないけど」
レイは仰天する。
竜騎士とは、始祖竜より生まれた神の使いと言われているドラゴンに乗る騎兵を指す。国防を担う竜王軍の中でも、神獣に近い生物に乗る竜騎士は選ばれしものしかなれない、エリート中のエリートと聞いたことがあった。
ジュードが竜騎士であることは有名だが、まさかここにいる全員そうだとは。
「ここにいるのは竜騎士の部隊なんですか?」
「そうだよ。ジュードが戦場で作った部隊を、そのまま持ってきたからね。普段は国境付近の盗賊集団を叩いたり、貿易で行き来する人の警護をしたり。あとはまあ、トクエレに睨みを利かせたりとかする役目もあるかな。こないだまで西でやってたティゴル国との戦いは一応停戦したけど、西には軍隊がまだ詰めてる。かと言って他の国境警備を手薄にするわけにはいかないだろ?」
「まあ……」
「なに? まさかレイ、俺たちがこの極北でプー太郎してると思ってたの?」
「そ、そういうわけでは……!」
慌てて否定してみたものの、実際、ジュードたちがここでなにをしているかは全く知らなかった。極北に流された、とだけ聞いていたから、護衛付きの静養とか、そういう類のものだとばかり。
「戦場みたいな派手さはないけど、もともと小人数の部隊だし、かなり忙しくやってるよ。ぶっちゃけ手が回らない時もあるくらい」
「そうだったんですね……すみません、それなのに、ヨルさんを私のお世話係なんかに使ってしまって……」
戦士とは知っていたけど、まさかヨルがそんな大役を担うエリートだとは知らなかった。いくらジュードの命令といえど、ヨルにとってはいい迷惑だっただろう。
私って本当に、この極北で不要な花嫁なのね……それどころか、余計な仕事を増やすお荷物的な……? でも、それなら竜王宮からの侍女を一人くらい残してくれれば……!
恐縮して縮こまるレイに、「それは、」とヨルが言いかける。が、それを覆うような陽気さで、セッタがあっけらかんと差し込んだ。
「違う違う! ヨルがここで仕事してるのは、自分のドラゴンが怪我してるからだよ」
「え?」
「おい、人の事情をペラペラ喋るなよ」
苛立たしげにヨルがセッタを小突くが、セッタは大げさに思えるほど肩をすくめる。
「はあ? ヨル、お前、正気かよ。いいか? 基本、直感で動いてる野生児のお前は考えたこともねーかもしんないけど、他人と絆を築くっつーのは、まず自己開示が大事なわけ。自分は何者で、こういう事情があって、ここにいますよ、とかな」
もちろん、言える範囲、言いたい範囲でいいけど。そう付け足すセッタに、ヨルはかすかに口を尖らせた。
「なら、私はこの事情を言いたくない」
「こんなもん、一緒に生活してりゃあいずれ分かることだ。自分の事情で、ボスの花嫁に気ぃ遣わせんなよ」
ヨルはなだめるように肩を掴むセッタの手を振り払うと、ふん、と鼻息を漏らしながら踵を返す。
「おい、どこ行くんだよヨル」
「厠だ。どうせ暇なんでしょ? 私が戻るまで、レイ様の側についてろ」
ヨルは吐き捨てるように告げると、部屋を出て行ってしまった。
困ったのはレイだ。レイにとって、男性と二人きりで残されるほど心細いことはない。
セッタは威圧感がないほうなのでそこまでの緊張感はないが、万が一ということもある。なるべく距離を取り、絶対に雷気が反応しないように……。
しかし、心配するまでもなかった。セッタはすぐに、「この辺なら気にならない?」と尋ね、レイから適度な距離をとってくれたからだ。
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