④
ジュードはしばらくレイを見つめていたが、やがて主人を貫いた稲妻に剣を抜きかけている戦士たちを
「やめろ。替え玉かどうか確認しただけだ」
と言って片手で制した。剣を拾って椅子に戻る後ろ姿に、あ、あれって確認だったの!? もっと穏当な方法があるはずでは!? 乱心してるってこういうことなの!? とレイの頭は半ば混乱していたが、己の頬に未だかすかな閃光がパチパチと弾けているのに気づくと、ハッとした。
いけない、平常心、平常心……。
レイはズレたベールを戻しながら、そっと深呼吸をする。
椅子に戻ったジュードが尋ねた。
「自分がなぜここにいるか、分かっているか」
「ええっと、……王命で、」
「そうじゃない。なぜ、自分が選ばれたか、理解しているか?」
「……はい。多分。……私があなたの妻に選ばれたのは、──あなたに、神の加護を授けるためです」
自分で言っておいて恥ずかしい気もしたが、事実なのでしかたない。というか、これ以外に思い当たる節が、レイにはなかった。
歌に名高い雷気の娘を娶ること。それすなわち、『竜の秘宝を得ること』だからだ。
竜の秘宝に手を出す奴には、雷が落ちる──強い雷気を持つ、とはつまり、竜に強く愛されている証明だ。だからこそ、レイの存在は始祖竜を信奉するドラクル国民の不安を打ち砕いた。
国民に背を向けられた第一王子にレイが捧げられたのは、この国で一番、竜に愛されている娘だから。
『竜の守護ここにあり、第一王子に天佑あり』
そう、世に広く知らしめる目的の、政略の道具として求められたのだ。
だが、ジュードは「分かっているなら話が早い」と面倒そうに首を鳴らすと、
「率直に言う。俺は神の加護とやらに興味はない。そもそも、妻を娶る気もなかった」
とのたまった。
「………はい?」
「ここにお前を送ったのはティルラー竜王で、俺の意思ではない。竜王は俺が次の王になることを望まれている。だが、俺はもう玉座に興味はないし、竜王都に戻るつもりもない。生憎とな」
「はあ」
「安心しろ、追い出しはしない。お前がここに来たことで既に婚姻は結ばれているし、俺は家族を大事にする男だ。それが竜王の命とあればなおさら」
「はあ」
「だからまあ……好きにしろ。俺の邪魔をしない程度にな」
?????
レイの頭には盛大に疑問符が散っていた。
待って待って待って、話についていけない。どういうこと? 王冠を得るのに私が必要で、だから伴侶にって、そういう話だったのでは? 私は望まれて来たんじゃないの?
なのに今、私、「必要ない」……って言われてる?
だが、ジュードはレイの理解を待たず、指を一つ立てて「ヨル」と戦士を一人呼びつけた。
「はい、ボス」
歩行路脇に並ぶ戦士の列から進み出たのは、一人の女性だ。肩につかない辺りで切り揃えられた黒い髪の右側、編まれた髪が一筋垂れている。ドラクルの戦士の証だ。細身のサーベルを佩用している様は凛としていて、どこか近寄りがたい雰囲気があった。
「これからお前は花嫁に付いて世話をしろ」
「は。ですが、」
「この城に女はお前しかいない。竜王宮から来た女たちは誰の息がかかってるか分からんから、もう帰したしな。他に人手が欲しけりゃ、お前が勝手に決めていい。近くの村からお前が見繕った世話役を連れて来ても構わない。その権限をやる」
「……は、了解」
ヨルと呼ばれた戦士が頷くと、話は終わり、とばかりにジュードは席を立った。
「花嫁の部屋は東の離宮に置いた。案内してやれ」
「へ? ど、だ、ちょ、ま、っ待ってください!!」
レイは慌てて待ったをかけた。
待ったをかけた後で、そういえばこの人は「自分の話を遮ったから」と実弟を殴った男だと思い出した。
──しまった、最悪。
だが予想と違いジュードは、今度はこちらに近づいてはこなかった。ただただ不機嫌そうに振り返り
「なんだ」
と言うだけ。深いシワの刻まれた眉間には、手を使わずにレイの喉を締める効果があったが。
レイは酸欠になりそうな脳みそに鞭を打ってなんとか声を絞り出した。
「あ、の、……それだけ、ですか?」
「なに?」
「私、あの、なにか、他に、できることとか……」
せめて、ここにいてもいい理由がほしい。そんな気持ちでしどろもどろ言葉を重ねていると、「ああ、そういえば言い忘れていた」とジュードが向き直った。
「は、はいっ! なんでしょう!?」
「聞けばお前、大木を雷気で倒したことがあるとか」
突然の黒歴史の暴露に、レイは絶句した。だがジュードはこちらの動揺をまるで意に介さず「歌で聞いた。事実か?」と続ける。出回っている歌が詳細すぎないか。
「えっ……と、まあ……」
「煮え切らんな。俺に嘘をつこうと?」
「め、滅相もありません! ただ、その……はい。正確には、大木を五本、真っ二つにしたことが」
言いよどむ間に、ジュードの眉間のシワがますます深くなっていき、耐えきれなくなったレイは尻すぼみに白状した。戦士たちが一斉にざわめく。ジュードも片眉を跳ねあげ、「五本?」と驚愕の声をあげた。
だから言いたくなかったのに!
「……七歳の頃、森に薪拾いに行った時、村の男児に髪を引っ張られまして……その時に、雷気が反応してしまって……」
あの時までは、村でも「ただちょっと雷気の長く、強く残っている子」として認識されていた。それがあの事件で、周りの視線には怯えと、排他的な感情がにじむようになった。時には影で行動に出る人間もいて、だからレイは家族に迷惑がかからないよう、誰のことも傷つけないよう、自ら家に引きこもることにしたのだ。
「大げさに尾ひれがつく歌はよくあるが、まさか控えめになっているとはな」
「ははは……」
もはや笑うしかない。レイとしては、詳細はもっともっと伏せてほしかったのが本音だ。無駄な恥をかかされている気がする。
ジュードが尋ねた。
「どの程度雷気を制御できる」
「おおよそ、何もかも、です。不測の事態にはその限りではないですが……」
「本当か?」
「も、もちろんです。この体質とは長い付き合いですので、手綱を握るすべは心得ております」
疑いの眼差しに、レイは慌てて答えた。
ジュードが「そうか。なら」と、己の前に立つヨルを指さした。
「例えばそいつを狙って、雷気で真っ二つにもできるか?」
──なんて?
「ええっと……なにをおっしゃっているのか、よく……」
「ただの仮定の話だ。できるのか? できないのか?」
「……できません」
「なぜ。なにもかも制御できると言っただろう」
「えっと……必要が、ない、ので……?」
レイの頭には再び疑問符が散っていた。いや、先ほどよりももっと多いかもしれない。
「制御とは、なにも抑え込むだけが全てじゃない。己に備わる力だ。自在に操れて初めて、手懐けたと言える」
ジュードは大きく鼻で息をつき、凍える金色でレイを見据えた。不出来な子どもを見るような目だった。
「ここにいる確固たる理由が欲しいなら、俺がお前に求めることは、ただ一つだ。──雷気を制御しろ」
「そ、れって、つまり、」
「やりたくないならそれで構わん。俺は忙しい。学ぼうとしないものに時間を割くつもりも、目をかけてやるつもりもない。ただし、俺の邪魔だけはするな。話は以上だ」
ジュードは有無を言わさず最後通牒を突きつけ、再び身を翻した。
喉が干上がるような風が中庭から広間に吹き付け、はなから無用の長物であった花嫁のベールを揺らす。
戦士たちを連れて広間を出て行った夫の、人をちぎって投げられそうな屈強な背中。レイはそれを呆然と見送り、そのまましばらく座り込んでいた。
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