③
なんでも始祖竜降臨の日を祝う神事の場で、弟王子──前述の歌で言う、『武芸に秀でたが、考えなしの甘ったれ』である──に「自分の話を遮ったから」と、突然殴りかかったのだとか。
弟王子の容体は重傷だとか軽傷だとか様々話があるが、次の天子と目された王子の起こした暴力沙汰は、衝撃とともに全国津々浦々に歌となって轟いた。神事には竜王を始め、王族、そのほか招かれた竜族たち、それに竜王宮に勤める皆が集まっていたため、広まり方も早かったのだ。人の口に戸は立てられない。
「幼い頃から戦場に立って育ったものだから、気が触れてしまったのだ」
「あの王子が竜王になったら、次に殴り殺されるのは俺たちではないか?」
「悪政を敷かれるのはごめんだ」
と、国民たちは戦々恐々。
結果、ジュードは次の竜王と定められた者のみに与えられる竜王殿下の地位を奪われ、極北・ノル=ドラに送られることとなった。
ノル=ドラとは、隣国・トクエレとの国境付近、トクエレとドラクルを跨ぐヴェスト砂漠のど真ん中──具体的に言うと、一番近いドラクル国内の街はここからラクダで十時間以上はかかる──、ポツンと浮島のように存在するオアシスである。かつて王家から離反した竜騎士たちが、天候を操るドラゴンの性質を利用して砂漠に築いた小都市だと言われている。いわゆる無法者の土地だ。
この地名、ノル=ドラが意味するのは──『竜の加護無き土地』。
つまり、実質的な追放である。
「でもまあ、グダグダしていても仕方ないわ。これは王命、怒ったってどうせ逃げられない。断ればどんな罰が待っているか分からないしね」
「レイ!」
「お姉ちゃん!」
「大丈夫よ。どんな男だって、そもそも私には近寄れっこないんだから。意に沿わないことはされっこないわ」
レイは言って、家族を安心させるためにウインクをした。
元よりレイは幼い頃から、家族から離れて静かなところに一人で移り、人とあまり会わなくて済む内職などで身を立てて暮らす計画を胸に秘めて生きてきた。だってそうだろう? いつ自分が感電させられて死ぬともしれない家の娘と──それがたとえ本人でなく、妹だったとしても──結婚しようとする相手はあまりいない。竜の秘宝は歌で聞くから希望になるのであって、近所に住んでいたら単なる驚異なのだ。この先の妹たちの人生を考えれば当然の計画だった。
むしろドラクルの成人である十八歳を目前にした今、いつ実行に移すか、は喫緊の課題だった。家族は心配するだろうし、猛反対されるだろうけど、なるべく穏便に事を成したい……と、最近はそればかり考えていた。
そんな矢先の王命だ。
心細さはあれど、大事な家族と遠くにあれる申し出は、レイにとっては渡りに船だった。
それに──少しだけ、ワクワクもしていた。
なにせ村を出るのは初めてだ。しかもノル=ドラは、レイの暮らす森近くとは全く違う、一面砂漠の世界だと聞く。乱心王子に嫁ぐのは不安だが、誰のことも、間違って傷つけないよう人に会わずに引きこもる……そういう判を押したような代わり映えのない生活が劇的に変わる予感に、レイの心は踊った。
しかも、自分は求められて行くのだ。
仕方なく家を出るのではなく。
そんなことは人生で初めてだった。
どうせ世界中のどこにいても、最悪の発端であるこの力とは離れられない。それなら、この力を欲する人のところに行ってみたい! というのは人のサガ。
ああ、今まで窓辺に座って、どれほどこんな日が来ることを空想したことか! 竜族なんて初めて会う。しかも王子様。乱心っていうけど、どうせこの力のせいで私を傷つけられる男はいないんだし、もしかしたらもしかすると仲良くなれて……憧れていた素敵なロマンスとかが始まっちゃうかも!?
「くふ……くっふっふっふ……!」
「お姉ちゃん、なんか変なふうに笑ってる……」
「かわいそうに、よほどショックだったんだろう……出発までそっとしておいてやりなさい」
父と妹たちの心配をよそに、レイの夢は膨らむばかりだった。
不運慣れしたレイは逆境にへこたれず──言い換えれば、変に楽観的で空想的なところがあった。うじうじ悩んでいたって事態は好転しないし、それなら今できる楽しいことを考えよう、というのがレイのモットーだ。
こうして一人の不運な少女は、密やかな野望を胸に花嫁衣装に着替えて輿に乗り、はるばるノル=ドラまでやって来たのだった。
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