暴風雨の吹きすさぶ雷雨の夏至、レイはその身に強い雷気を帯びて生まれ落ちた。

 ゴロゴロピシャーン、とひときわ近くに落ちた雷とともに母の股からいでた彼女は、まさに雷そのものだった、と後に父は言う。

 ぎゃあぎゃあと産声を上げる、真っ白な光の塊。あまりの激しい雷気に、老齢の産婆が意地でなんとか取り上げて浅い産湯に放り投げた後は、レイが泣き止むまで誰も彼女に近づこうとはしなかったという。


 その後も、強い雷気持ちの赤ん坊の世話は、そりゃあもう大変だったらしい。赤ん坊にとっては、この世の全てが『未知』で、自分の思い通りにならない、排除すべき『敵』だったから。

 両親は──特に男性である父は──避雷針代わりの剣と雷避けの盾を相棒に、頑張って頑張って、そりゃあもう本気で死ぬほど頑張って娘を育てた。抱え上げるだけで強い静電気が走るのに、抱かれていない間は大泣きで、ほとほと参ってしまう。寝ている間はなぜか雷気が出ないので、その時だけは天使だった。



 そんなレイに触れても父の手が痛まなくなったのは、生後三ヶ月後のこと。最初は大人一人が横たわったくらいまでしか娘に近づけなかった父は、完全に心を許された証明に感激し、三日三晩泣き通した。


 その頃の両親の口癖は、「五歳になれば」だったという。


「五歳になれば、落ち着くだろう」

「五歳になれば、この子も他の子と同じようになる」

「五歳になれば、きっと、他人を傷つける心配もない……」


 だが、そんな二人の願いは、むなしく崩れ去った。

 レイの雷気は治まらなかったのだ。

 五歳になっても、竜を祀る神殿で祈祷をしてもらっても、なにをしても。

 そしてその雷気は結局、十八歳になった今でも続いているのだった。


「強い雷気を帯びる少女なんてのは、今時大変珍しいよ。今や語り部としても存在しない、歌にも残っていない存在だもの。もしかしたら書物として残っているかもしれないが、本はとても高価で貴重なものだし、庶民が手に入れられるものではないしなあ」


 というのは、国の方々を旅する父の古い友人・カルロの談だ。レイが十歳の頃、彼は突然家に来て、


「ガイ! 君の娘さんのことが、歌になって国中に轟いてるぜ!」


 と父に報せた。

 なんでも昨今、ドラクルには


『雷気を帯びる娘が生まれなくなったのは、始祖竜がこの国を見放したからだ』

『竜の秘宝のないこの国には、もはや竜が守るものなど何もないのだ』



 などという、民衆の不安を煽る風潮が疫病のように広まっていたらしい。レイの存在は、その嫌な空気をたちまち払拭したのだ。

 存在自体が威力を持つおかげで『南西の村の雷気の娘』は、この国で知らぬ人はいなくなった。不本意にも。

 そしてこの歌が轟いたのは、本当に──国中に、だったのだ。

 

 

 ── ── ──

 

  通達

 

 レイ・ドゥーベルト殿

 

 貴殿を、十八歳の誕生日付けで、第一王子、ジュード・ドラクル三世の妻となることを命じる。

 速やかに夫のいる極北の地、ノル=ドラに参じ、祝言を挙げること。

 今後の活躍と、国家の隆盛により一層の貢献をすることを期待する。

 

 ティルラー・ドラクル二世竜王

 

 ── ── ──

 

 

 王命を持った迎えが竜王宮から村に来たのはつい七日前……レイが十八歳になる前日のこと。

 道中の輿の運び手の他、護衛の戦士に案内役、食料などの荷物持ち、それに侍女。全て女性で構成された集団が事前連絡なしにやって来て、花嫁衣装も輿もこちらで用意したからすぐに発つように、と玉璽の付いた書面をチラつかされた。

 父・ガイは「突然すぎる、なぜうちの娘なんだ」と怒り、妹のサイリとメイリも嘆き悲しんだが、当のレイはというと、……──割とすんなり受け入れた。

 最悪なことっていうのは重なるものだ。

 生まれた時から最悪を背負って生まれたレイの人生は、今日まで常に最悪を更新し続けていた。今日もまた、新しい最悪が投げ込まれた。ただそれだけのこと。


 要は、不運慣れしていた。


 レイは嘆き怒る家族をなんとかなだめようとした。


「まあまあ、みんな落ち着いて。いいところを見ましょう。そうね……まず、一生結婚できないって決まっていたお姉ちゃんに、旦那様ができるの。これって素晴らしいことじゃない?」

「全然素晴らしくないよ! 相手はあのジュード・ドラクル三世だよ? あの王子がどんな奴か、国中のみんな、子どもの私だって知ってる。なんでそんなやつのところに、私のお姉ちゃんが嫁ぎに行かなきゃならないのよ!」

「しっ! 相手は王子様よ。不敬に取られたらどうするの。……それに、もしかしたら、最良の伴侶になってくれるかも、」

「そんなわけないじゃん! 実の弟の王子様を殴り殺そうとして、極北に飛ばされた、あの悪魔だよ!? 乱心の王子だって、みんな言ってる!!」

「でもほら、乱心のターンは終わって、元の素晴らしい王子に戻ってるかも……」

「お姉ちゃんのバカ!! 楽天家!!」


 十離れた上の妹のサイリは、とうとう姉をバカ呼ばわりした。

 それもそのはず、相手の王子はレイと同じく、国中にその乱心が歌になって轟いている人物だったのだ。

 

『時の竜王、ティルラー・ドラクル二世には、五人の子があった。

 末の娘は聡明であったが、竜の末裔にしては体が弱い。次の息子は武芸に秀でたが、考えなしの甘ったれ。その上の息子は優しく力持ち。だが、戦場で逸って敵に撃たれ、クレバスに落ちて帰らなかった。その上の娘は底意地悪く、いつも誰かを妬んでやまない。

 一番上の息子は、身体が大きく美しく、祖先である始祖竜さながら。身体に見合って力も強く、固く握った拳は宝石のよう。才知に富み、歌を読ませれば世界に轟く傑作を、舞を舞わせれば天上まで名が届く。そして彼を選んだ比類なき赤竜とともに戦場に立てば、国に仇なす悪鬼羅刹を、一振りで蹴散らしてみせた。その姿はまさしく、軍神のごとき輝き。

 この徳高き息子こそ、次の竜王に相応しい。

 ティルラー二世はそう考えて、長子を世継ぎに取り決めた。

 彼の名はジュード。ジュード・ドラクル三世。

 かつてドラクルに栄光と繁栄をもたらした、二人の竜王の名を継ぐものである。』

 

 そう歌われた第一王子はかつての姿。

 最新の彼にまつわる歌はこんな様相だ。

 

『ジュード・ドラクル三世はご乱心。

 忠言する臣下の首を切り、無実の民のかかとを砕く。

 反逆者たちはほくそ笑み、竜王宮は上を下への大騒ぎ。

 我らの知る竜王殿下はもういない。

 彼を照らす光は潰え、竜の天幕から追放された。

 非道の道を歩む者から、栄光の冠は遠ざかった。』

 

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