雪を溶く熱

佐藤令都

序─夢と知りせば

「俺たちは結局、泥舟に乗ってたんだよ」


 日が落ちて冷たくなった風は頬に刺さった。鈍色の雲から雪がちらちらと降っていた。


 隣を歩く君の言葉は頷き難い。

 それでも物心ついた時から一緒だったアンタが言うのなら、なんて思ってしまう私は手遅れだ。


秋人あきひと


 ただ名前を呼んでみる。


「秋人」


 名前を呼んでみただけ。

「なぁんだよ」とこちらに顔だけ向けてさ。右の口角だけをニヤッと上げて返事。


「心のどこかでさ、名前を呼んだら会えないかって考えてたのかな」


「思っても呼ぶ気はなかっただろ」


「そうね」


「多分だけどさ、お互いに名前を呼んだら会えるってわかってたんだろ」


 遠くを見つめてそんな言葉を紡がないで。


「わかってたから呼ばなかったのかも」


 きっとそう。知ってたんだよ、心のどこかで。


 不確か。曖昧。根拠なし。

 それでも君の言うことは正しいよ。


 街灯の光が薄ぼんやりと雪を照らしている。

 あの日と違う明るい彼の髪には、ぽつりぽつりと氷の粒がとめどなく降りしきる。

 じんわり温かい指先で、君に触れることが出来たなら。

 また胸いっぱいに抱きしめて、大好きな君の香りに包まれたい。


 鼻の頭が真っ赤になった君に「末摘花すえつむはなとおそろいじゃん」だとか、「美冬のおてても寒くてちんちんなんだ。葉っぱと手袋交換こしようよ」なんて言っていたのはいつの放課後だっただろうね。

 忘れるわけないじゃない。吐いた息の白さも、君の手袋の色も、お互いに震えていた声も全部全部覚えている。


 コートのポケットの中でぎゅうと手を握った。


 一歩半。肩も当たらない。手も触れない。君の声が時々通る車の音に掻き消されないこの距離が、ああ、なんて遠く感じるんだろう。


 隣を歩く君が見えなくなるほど酷い雪だったのなら。

 君の声が聞こえないほどの吹雪だったのなら。


 ねぇ、私は秋人きみに言えただろうか。


「美冬、俺、お前のこと──」


「夢と知りせばさめざらましを」


 秋人、君が何を言いかけたのかは知りたくない。知っちゃだめなんだよ。


 しんしんと優しく降る雪。

 マフラーごと髪を揺らす風。


 冷たくて、痛いの。

 外気に触れる肌も、ココロも。


 お願いどうか降る雪でこの気持ちごと白で覆って。

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