アポカリプス・コーヒーブレイク

空殻

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 喫茶店の店内でコーヒーを飲むのは初めてだった。

 

 客は自分しかおらず、店内は静寂に包まれている。少し目を閉じて集中すれば、自分の脈拍すら聞こえるようだった。

 大きなガラス窓から見える外の風景は、十分ほど前から降り始めた雪で純白に彩られ始めていた。リバーシのように、アスファルトの黒色が少しずつ白色に置換されていく。

 聴覚は静寂、視覚は純白、そして嗅覚は当然、コーヒーの香ばしい香りが支配している。鼻腔に侵入する豆を煎った香りは思考をクリアにする。

 カップを持ち上げ、一口啜った。熱い液体が冬の冷えた身体には心地よく、香りはいっそう明瞭になった。嚥下すると、胸から腹にかけて体の芯から温まる。

 カップを置くと、コースターと軽く触れて、綺麗な高音が響く。

 

 静謐なこの場で響いた陶器のぶつかる音は、あまりにも大きく感じられ、驚き、思わず辺りを見回してしまった。もちろん咎める者も、こちらを見る者さえいない。 

 

 この店内には、そしてこの都市には、もう誰もいない。

 終末を迎えた世界の、虚ろになった喫茶店で、私は自ら淹れたコーヒーを飲んでいた。気分を盛り上げるために、カップとコースターは店内にあったものを拝借した。

 誰もいない店内から、誰もいない都市を眺める。

 ひどく孤独な、けれど限りなく贅沢な時間。

 音もなく涙を流しながら、また一口、コーヒーを啜った。

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