琉生ヱマ(White Why) 死闘版

 地下一階の奥には違法建築だろう空間が広がっていた。どの部屋も倉庫のようになっていて人はいない。ただ最後、一番奥の部屋だけは扉が綺麗なままだった。

 ヱマは気合いを入れ直し、右足で扉を蹴飛ばした。鍵によるアナログのロック方法だったらしく、すんなりと吹き飛んだ。

 見えた先にはぶくぶくと太った男の背中があった。幾つものタトゥーの入った身体に身構える。然し生きている気配を感じない。

「おい」

 低く声をかけた。無反応だ。ヱマは恐る恐る一歩近づいた。瞬間、背中を突き破って刀のような刃が顔を出した。

 間一髪で横に避ける。眼を丸くし、すぐに飛び退いて距離を取った。

 刀は貫いたまま、斜めに斬りあげた。血が舞い上がり、切り裂かれた身体は力無く崩れ落ちた。

 元々死亡していたらしく、見えた顔は既に漂白したように白くなっていた。ヱマはじりっと足を後ろにさがらせ睨みつけた。

 見えたのは細身の女。スーツ姿で、メガネをかけた真面目そうな女だ。恐らく蛇の種族だろう、頬に鱗のような模様があった。

 かちゃりと刀が動く。下段に構えなおした。薄暗い異様な地下空間のなか、ヱマは呼吸を整えてボクシングに近い構えをした。とんとんっと軽く跳ぶ。

 静寂が流れる。一定間隔で足音が響く。刹那、相手の綺麗な長髪が動いたかと思えば、下段に構えたまま下から迫ってきた。

 刃の届く範囲内にまで一気に距離を詰められる。慌てて回避に身体を切り替える。

 女は機械のように無感情なまま構わず刀を下から振り抜いた。ぎりぎりのところで上体を反らせたが胸が大きいせいで切っ先がかすった。ちりっとした痛みに舌打ちをかます。

 その状態のまま倒れるつもりで蹴りを下から放った。丁度相手の股間の位置だ。然し当たる直前に相手は飛び退いた。

 歯を食いしばり一瞬視線を外す。両手を地面についてまだ足裏がついていた方を蹴り、勢いをそのままに弧を描いた。

 とんっと着地したと同時に顔をあげる。だが女の身体が眼前にあった。はっと息を吸い込んだ時には遅く、横から振られた刀がヱマの顔を狙った。

 甲高い音が鳴り響く。刃は角を片方折った状態で、もう片方の中腹で止まっていた。ぎりぎりのところで頭を下げたお陰で身を斬られる事は避けられた。

 然し角は根元付近になればなる程神経が根を張っている。身体を斬られるのとはまた違った強烈な痛みが汗を呼び、呼吸を荒くした。

 ぎりっと歯を食いしばり、相手が刀を引く前に刀身を構わず握った。つうっと掌から血が伝ってくる。下から女の無機質な眼を睨みつけた。

 顔色一つ変えず刀を動かそうとする。だが流石に鬼の力に適う訳もなく、にいっと笑ったヱマの全力により刀身にヒビが入り粉々に砕け散ってしまった。

 女はすぐに退き、何かを取り出す仕草を見せた。瞬間本気で命の危険を感じ始めたヱマが現れた。瞬間移動にしか見えない速度と瞬発力、ふわりと腰に巻いたスカジャンが舞い上がったまま、上から血まみれの拳を振るった。

 ごんっと頭蓋骨の響く音が鳴り、押し込まれる形で相手の身体は横に倒れた。ヱマは着地と同時にすぐに義足になっている右足の方で腹を蹴り上げた。

 こいつに隙を与えてはならない、そう言いたげに蹴り上げて宙に浮いた身体を、両手を合わせた拳で上から思い切り振り下げた。ぼきんっと背骨の折れる音が響く。

 どさりと力無く落ちる。ヱマは立て続けに攻撃しようとしたが、角の断面から流れてくる血と共に一層激しい痛みが襲ってきた。片方は無事とは言え半分程は切れている、神経をちょんぎった時の激痛が両方から響く。

 頭を抱えて呻く。ふらふらとゾンビのように動き回り、苛立ちが爆発して太った男の死体を蹴り飛ばした。コンクリートの壁に叩きつけられ、柔らかい団子のようにべちゃりと嫌な音を立てた。

「くそくそくそ」

 ヱマは半狂乱の状態で刀身の折れた柄を拾い上げた。女に跨り左手で頭を押さえつける。逆手に持ち、僅かに残った刃の根元を首に向かって振り下ろした。

 はずだった。振り下ろす前に鮮血が視界に散った。一つ遅れてこぽっと独特な音を奏でて大量の血が口から出される。

「ぇ……」

 女の無機質な眼がこちらを向いていた。女の左腕は肘から下が刃になっており、真新しい血がついていた。

 だらだらと口から流れていく。血で溺れたようにな音と声に自分の首元を触った。

 相手の刃が先に、ヱマの首を掻き斬っていた。ぞわっと血の気がひき、飛び退きながら柄を離した。軽い音と共に跳ねる。

 失血多量で死にかねない。ヱマは腰に巻いているスカジャンの一部を力任せに引きちぎり、息が出来るぎりぎりまで強く絞めた。かなり苦しいが酸素は入る、やっと収まった血の味にぺっと吐き出した。

 女はふらりと立ち上がり、ごきごきと骨を鳴らした。どうやら当たる直前に骨をずらしていたらしい。蛇の種族は顎を含めた全身の骨を動かせるから容易なのだろう。

 マジと書いて本気でやらなければこっちが殺される……ヱマはそう思うと少ない酸素をゆっくりと肺に入れた。刹那、一気に距離を詰めてきた。

 先程よりも速く、振ってくる速度も増した。一振の刀と違って仕込み刀は脆い代わりにかなり軽量化されている、真剣による重りから解き放たれた女の連撃は凄まじいものだった。

 ぎりぎりのところで避ける事しかできない。然し一度に吸い込める酸素量が半分以下になっているせいで、殆ど無呼吸に近い状態だった。どんどんと刃が皮膚をかするようになる。そのうち、彼女の身体の方が限界を迎えた。

 ぐっと頭を横にした瞬間、脳みそが回るような感覚に襲われた。どくんっと心臓が波打つ。足がもつれて一瞬意識があやふやになった。瞬間、どんっと振動が走る。

 それでふっと現実に引き戻されたが、同時に脂汗がだらだらと吹き出てきた。眉間に皺を寄せて唸る。女の刃が腹を貫き背中側まで突き抜けていた。

 元の腕が長い分取り付けられた刃渡りも長いのだろう、だがヱマはがっと二の腕と肩を掴んだ。相手がすぐに引き抜こうとする。だが先程のようにびくともしない。

「っ……逃げられると、思うなよ」

 血の絡んだ声で睨みつけ、もう一度笑った。その時、両手に力が加わりはじめる。女の顔に初めて焦りの感情が表れた。

 歯を食いしばり、浮き出た血管がはち切れんばかりに力を入れる。女はもう片方の手でヱマの腕を掴んだり、全身でどうにか抜け出そうとしたりもがき始めた。だがそのあいだにもミシミシと嫌な音を起てる。

 あと少しで壊れる、その時相手が首に巻いてある布の存在に気がついた。一直線に手を伸ばす。がしっと結び目のところを掴んだ。

 壊れるのが先か、解かれるのが先か。ヱマは殆ど理性のない状態で一気に力を加えた。

 ばきいん! っと大きく鳴り響く。その衝撃で片方の腕も引っ張られ、布が解けた。

 女は左手に黒い布を掴んだまま倒れた。ヱマは首元を手で押さえ、少しふらつく。両手は小刻みに震えていた。

 呼吸はしやすくなった。だがまた血管が開き指のあいだから絶え間なく流れ始める。

 右手で刃の根元付近を掴み、ぎりっと歯を鳴らしながらゆっくりと引き抜いた。はあっと息を吐き出す。腹からも血が流れ出す。

 女は無理矢理義腕を破壊された事により、接続部分の激痛で蹲っていた。そこにヱマがふらりと近づく。だらりと垂れ下がる、ぼろぼろに握りつぶされた腕のついた刃を振り上げた。

 こちらに視線をやった瞬間、気合いをいれて背中側から突き刺した。引き抜き、もう一度突き刺す。それを何度か繰り返した。

 相手は声が出せないのか無言のまま白眼を剥いて力をなくした。血溜まりに伏せた女の身体に刃を突き立て返してやる。

 ふらりと不確かな足取りで部屋から出る。ごほっと咳き込むと血の塊が出ていった。息を吸い込むと明らかに変な音がして上手く酸素を取り込めない。

 一瞬ふわっと身体が浮いて、脚が絡まった。どんっとコンクリートの壁にぶつかる。

「みなみ……」

 血の絡みきった声で呟く。眼にはもう光がなく、朦朧とした表情をしていた。

「南美……」

 右手を伸ばす。視界がぼやけて彼の背中が見えた気がした。

 ずるずると壁を伝って身体が落ちていく。そのうち完全に倒れ込み、首を押さえていた左手も離れた。

 じわっと血が汚い灰色の床に伸び始める。ヱマはそこで意識を飛ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る