琉生ヱマ(White Why) 無双版
オニユリの描かれたスカジャンの裾が舞い上がる。ベランダの淵を掴んでいた両手を離す。とんっとブーツの底が軽い音を鳴らした。
ぱっぱっと手を払いガラスの飛び散った窓から部屋のなかに足を踏み入れた。刹那、横から蹴りが飛んでくる。丁度ヱマの顔面に直撃する位置だ。
然しぐっと膝を折って身体を反らして回避、上半身をあげながら右手を伸ばした。相手の胸元を掴むと野球のボールを投げるような軽いノリで吹き飛ばした。
廃墟となった部屋の壁をぶち破る。ぱらぱらと埃が舞い上がって、ヱマは大きくクシャミを飛ばした。
「ったー……南美の方が綺麗そうじゃん、くそ……」
鼻を擦りつつ廊下に出る。瞬間左側に隠れていた相手の頭と腕を掴み、膝蹴りを叩き込んだ。その速度と威力に反応が追いつくわけがなく、だらしなくその場に崩れた。
ヱマは相手を見下し、しっかりとした装備品にしゃがみこんだ。スカジャンのジッパー部分がボロボロの地面に擦れる。
「改造してんな、全部」
腰から拳銃を抜く。最新のものではなく搭載されたAIもアシストぐらいの機能しかない。だが既製品に比べて改造品は威力や弾数が違う、息を吐きながら腰をあげた。
ハンマーをさげつつ銃口を向ける。正面には黒づくめの人影が数人、アサルトライフルを構えていた。水色の双眸に眼光が宿る。
ヱマが発砲した瞬間、相手もトリガーを引いた。一人の右肩に大きく命中した。だが発砲と同時に右側の壁に向かって跳びあがり、垂直のそれに足裏をつけると落ちる前に次を出した。
幾ら鬼とは言え壁を素早く伝ってくる彼女に驚き、反応が遅れる。勿論照準も酷く乱れた。
ぐっと一瞬膝を折って蹴ると天井からぶら下がっている錆びた金具を右手で掴み、そのままの勢いを殺さずに足の爪先と踵でリズミカルに頭を蹴った。そうして一歩後ろにいたもう一人には片腕だけで自分を支え、太ももで挟み込むと器用に首を捻りきった。
とんっと身体を蹴って手を離す。着地して一息吐いたあと軽い足取りで階段に向かった。
「うわー、めっちゃ下あんじゃん」
かなり上から外のベランダ部分を伝ってやって来たというのに、途方もない程に階段の手すりが続いていた。ヱマは「めんどくせえ」と呟きつつ、壊れるかも知れない手すりを掴むとふわっと身体を跳ばした。
上から下まで一直線に貫いている空洞部分を降りていく。五階分をそれで降りると腕を伸ばし、手すりではなく踊り場の部分に手をかけた。ぐんっと自分の体重に力が加わる。一瞬腕に血管が浮き出た。
だが余裕の表情で左手もかけ、下半身を一つ下の踊り場に滑り込ませるようにして身体を動かした。ぱっと両手を離し、ベランダからベランダに降りた時のように着地した。
瞬間、刃物の反射が視界に映る。少し驚いたがブリッジをするように両手を地面につけ、ブーツの底で一旦弾いた。防刃用の特殊な加工を事前に施しており、刃物の類は一切受け付けない。
ヱマはそのまま蹴るような動きで相手を威嚇。身体を捻って上半身をあげると拳を構えた。相手は鬼かそれ以上の種族らしく、かなりの体格で手には大和が使う大型のナイフがあった。
「来い」
軽く手で挑発する。相手は鼻息を荒くして一気に襲いかかってきた。大振りだが確実に急所を狙ってくる。顔、心臓付近、首、太もも……図体が彼女より一回り大きい分範囲も広い。
然し数ミリ数センチという差しかないのに余裕の表情でひらひらと躱す。髪もスカジャンの裾も一切切っ先にかすりさえしない。まるで幽霊を相手にしているかのような感覚に、どんどんと動きに焦りが滲んでくる。
大きな手のひらがヱマの頭を掴もうと伸びてきた。横にすっと避けられる。だがその太い腕に紛れ、斜め下、視界の外からナイフが飛んできた。確実に当たる速度と位置だ。
「見え見えだっつーの」
当たる直前にがっとナイフを持っている方の手首が掴まれた。かなりの力で振るったはずなのに、軽くキャッチするようなノリでぴたりと止まる。気づいた時にはもう片方の腕も掴まれていた。
にいっと鋭い歯が覗いた。眉根を寄せた強気な笑みに相手の眼が動揺しはじめた瞬間、右腕を掴む手を逆手に変え絡まった紐をピンッと真っ直ぐにするように力任せに引っ張った。
身体が反射的に腕の動きに合わせようとして浮いてしまう。どんっと背中から叩きつけられた数秒後、容赦のない右足による蹴りで頭蓋骨諸共吹き飛んだ。
ぐっと背伸びをしてほっほっと声を出しながらストレッチをする。一気に下まで降りるつもりでスカジャンを脱ぐと腰に巻き付けた。
手すりを軽く掴みふわっと浮いた。右足を一番下にして一直線に落ちてゆく。どんどんと速度が上がっていく。
「お、一番下だ」
手すりのない拓けた場所が見え、脚を動かした。着地すると爆発したかのような音と共に埃が舞い上がる。
地下一階のそこには待機中の人間が何十人とおり、穴から落ちてきた何かに酷く驚いた。僅かに差し込む陽の光が鬼の影を見せる。
近接武器を持った三人がすぐに飛びかかった。然しコマのような回し蹴りで吹き飛ぶ。同時に埃も空気の流れに押された。
見えたヱマの表情は余裕の色を灯していた。そして彼女の足元には衝撃で粉々に割れたコンクリートが散乱しており、二つの小さなクレーターが出来ていた。
「ビビってんのか」
足をあげると靴底からぱらぱらと破片が落ちる。硬い足音が響く。ヱマは両手を広げて挑発した。
「腰抜け」
瞬間、血の気の多そうな男が金属バットを振るってきた。それを身体を反らせて回避、上半身を上げつつ左足で相手の腰を狙った。
鈍い音と僅かな呻き声に金属バットの甲高い音が響く。ヱマは腰を折って手を伸ばした。軽く引きずられた時の威圧的な音が鳴る。
とんとんっと肩を数回叩いた。刹那、その場から消えたかと思えば銃を持っている人間の前に現れた。
はっと息を飲み込んだ時には遅く、思い切り振りかぶったバットが顔の側面にぶち当たった。首の骨が折れ、ぐるぐると回転してから倒れた。然しバット側も彼女の力に耐えきれず真ん中から折れてしまった。
「よえーな」
使えねーと言いながらぽいっと投げ捨てた。然し投げ捨てた相手は適当な人間の胴体。猛スピードの折れた金属バットは当たったと同時に完全にちぎれ、当たった側は交通事故並の衝撃に崩れ落ちた。
鬼とは言え限度がある、得意げに笑う彼女に恐怖し、戦意を失う者も多かった。だがヱマは一切手加減しなかった。
大男をぶん投げ、奪ったアサルトライフルの銃身で頭を殴り、走ってきた女の脚を払い、そのまま倒れたところを蹴り上げる。背後から来ても裏拳や肘、後ろ蹴りで隙なく攻撃、ブリッジやバク転、更にはブレイクダンスを応用しては連続で沈めていった。
「ふう」
辺りには首が折れた死体や頭が陥没している死体が転がっており、ヱマの手足や頬には返り血がついていた。何より彼女自身は全くの無傷だ。まだ僅かに息のある女の前でしゃがみこみ、髪を掴んだ。
「お前らのボスってどこよ」
然し女は血の混ざった唾を吐いた。べちゃりと脚につく。ヱマの眼つきが変わり、冷たく「あそ」と呟いた。
立ち上がると右足で腹を蹴り上げた。数メートル飛びごろごろと転がる。
「あの先怪しいな」
地下一階にはまだ通路があり、光がないせいか暗闇が広がっていた。扉があるのかないのかすら分からない。その時電脳に着信の通知が届き、スカジャンからデバイスを取り出した。相手は相棒の南美だ。
「もしもし」
耳に当てながら腰を捻ったりふくらはぎを伸ばしたりとまたストレッチをする。ふんふんと僅かに声を出してぐぐっと筋肉を解した。
「あー、マジ? こっちの地下に通路があってさあ、出来ればこっち来てくれるとありがてえんだけど」
南美との通話を終えるとデバイスのライトをつけて歩き出した。ずっとここで待機している訳にもいかないし、逃げられたら最悪だ、ヱマは警戒しながらもシンプルな通路に足を踏み入れた。
だがそこに一人細身の人間がいた。ライトを向けるとアサルトライフルを抱えて震える。ヱマは軽く頭をかいたあと眼を逸らした。
そのまま通り過ぎるのかと思い相手は安堵の溜息を吐いた。然し気がついた時には視界が暗かった。
ヱマは片手で相手の顔を掴むと軽いノリで壁に叩きつけた。力の半分程しか出していない。だが軽く壁がへこみ、手を離すとずるずると崩れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます