南美(White Why) 死闘版
表に停車してあるレンタル自動運転車の後部座席でマガジンを入れ替える。素早い手つきでホルスターにしまった。刹那。
背後から唐突な殺気を感じ取り、ギリギリのところで膝を折った。数秒遅れで頭上を何かがかする。風圧に振り向きながら銃を引き抜いた。
狙いは定めず、ほぼ勘だけで引き金を触る。渇いた発砲音が鳴り、大きな反動に右肘に痛みが走った。あまり立ち上がらず半身を捻った状態で撃ったからだ、受け流せる程の余裕がなかった。
然し相手は軽くよろけただけ。南美は眼を丸くしてハンマーをおろした。瞬間、脳内では反応していたが相手の大きな手ががっと頭を掴んだ。
ぐっと引かれ、押し込まれる感覚。まだ完全に膝を伸ばしていない彼の頭の位置は、丁度車の枠と重なっていた。
思い切りぶつけられるのとズレた位置で発砲するのは同じだった。反響しながら飛び出した弾はネオンの看板に着弾、激しく砕け散る音がした。
伸ばされたままの口径から硝煙が登る。大きな手がゆっくりと離された。
流れた鼻血が開いた口までおりていく。半分意識が飛んでいる様子で身体から力が抜けた。だが今度は胸ぐらを掴まれる。
勢いをつけて投げ飛ばされる。昼の繁華街の道路を跳ねて仰向けに倒れた。右手は広がっており、拳銃ががりがりと身体を引き摺って軽く回転する。
ぎりぎり意識を引き繋いでいる南美は飛びかけている眼つきでなんとか呼吸をした。軽く咳き込み、回る頭と全身を支配する痛みに左腕を動かした。
ジャケットがはだけて見えているグリップを掴む。だが相手はすぐそこまで来ていた。どんっと横腹を蹴られ、引き抜いたものの更に転がった。
蹴られた側の横腹を押さえる。ずりっと革靴の底が削れた。
「ふざけ」
拳銃を右手に持ち直し、左手で横腹を押さえながら身体を動かした。ふらふらと立ち上がる。額の皮膚も切れており、流れてくる血に従って片目を閉じていた。
「くそ」
銃口を向ける。震える右手に舌打ちをかます。食いしばった歯を剥き出して両手で構えた。ハンマーをおろす。
指に力をいれる。反動に足元がふらつく。そのまま右足を後ろにさげて狙いを定める。
相手は防弾チョッキを着用しており、致命傷にはなっていない。だがかなりの痛みを感じるはずだ。デーモンかゴーレム辺りの男の額には脂汗があった。
尖った犬歯のあいだから息を吹く。瞬間、一瞬にして男が消えた。眼を見開く。だが勘を信じて上に銃口を向けた。
数秒の世界だった。男が両手を合わせて拳を作っておりてくるのと、南美が動く標的の頭を狙うのとはコンマレベルの違いしかなかった。
だが片目だけの白い瞳は確実に狙う。照準が相手の眉間に合った。
ぱあんっと重たい爆発音が鳴り響いた。一メートルもない距離で眉間を貫通、勢いもあってごきりと首の骨は折れ、解かれた腕のあいだに南美が立つようにして落ちた。
だらだらと血が流れ出し、革靴のつま先までやってくる。南美は大きく息を吐き出して前髪をかきあげた。両手は小刻みに震え、痛みがぶり返してくる。
蹴られた横腹を押さえて膝に手をついた。きれる息に汗が滲む。舌打ちをして男の身体を跨いだ。瞬間、どんっと背中が押され、慌てて足を踏み出した。
ツボを押されたように丁度心臓のある位置に激痛が走る。防弾チョッキがなければ死んでいる位置だ。思わず声を漏らし、睨みつけるように振り向いた。
そこには拳銃を構えた小柄な女がいた。女はエンジェル特有の眼でこちらを見据えたまま、全くブレない狙いで歩きつつ発砲してくる。
南美は危機感を覚え、飛び退いた。すっと車の陰に入る。防弾仕様の車体を弾が跳ねる。
「ちっ、拾ってくるん忘れた」
地面には落としたばかりの一丁がまだ転がっている。流石にあの女が拾って使うとは思えないが、焦る気持ちがあった。構えながら一瞬身を乗り出した。
だが、ちゃきっと至近距離で銃口を向けられた。眼を見開く。音は遠くにあったはず。
「手放せ」
掠れた声に従う。そっと地面に拳銃を置いた。女はそれを足で踏み、後ろに蹴り出した。地面を滑る音が鳴る。
「頭の後ろで手を組め」
流石に抵抗できない。素直に手を組んだ。荒い息を潜めるように吐き出し、片目で睨みつける。
「女はどこだ」
要領を得ない質問に眉根を寄せる。
「女?」
南美の態度に肯く。
「相棒の女だ。どこにいる」
それにああと視線を落とした。
「もう一つのアジトにおる」
やけに冷静な彼に女は数秒黙った。
「助かると思ってるのか」
視線をあげた。瞬きをする。
「いや?」
表には見せていないが女はかなりの緊張状態だった。そしてまだ若く、大和を半年で辞めている経験の浅い人間だという事も分かった。
南美は反応速度を上回るスピードで解いた手を相手の手に当てた。そのまま上にぐっとあげる。数秒遅れて発砲音が鳴り響いた。
相手の顔を見ながら手首を掴み、立ち上がりながら前に踏み出した。腕を引きつつ近づく。右手で頭を押さえつけ膝蹴りを顔面に叩き込んだ。
腕は掴んだまま脚をおろす。女は白眼を剥きながら膝から崩れ落ちた。
「素人が」
女の手から拳銃を奪い取り、ハンマーをおろすと頭に銃口を押し付けトリガーを引いた。南美からすればかなり弱い銃だ、右腕はびくともしなかった。
自分の拳銃を拾い上げ、ホルスターにしまう。転がっている分も拾った。それもしまいながら男を見下した。
刹那、がっと足首を掴まれた。驚き慌ててグリップを掴みなおす。強い力で引かれ、バランスを崩しそうになりながらも何発か放った。
そうしてやっと力が抜け、逃げるようにして脚を引いた。あがる息と鼓動に銃口を向けながら移動する。
よく見ると男の皮膚が剥がれており、ばちばちと火花のようなものが散っていた。
「アンドロイドかよ……」
ある程度離れたあと、女の方にも向けながら車の扉を閉めた。片手で狙いつつ運転席に座る。すぐにエンジンをかけて自動運転でバックして貰いながら、外部デバイスを取り出した。
「ヱマさん」
然し繋がらない。南美は自動で動くハンドルを一瞥し、舌打ちをかました。
繁華街から表の大通りに出る。いつまでもコールが鳴り響くだけで一向に進まない。苛立ちと焦りに視線を自身の横に向けた時。
人の乗っていない大型トラックが彼の乗っている車の横腹に激突。そのまま何十メートルも押し出し、ビルのエントランス付近で漸く停止した。
周りが騒然とするなか、頑丈に作られているはずの車は横腹がひしゃげていた。サラリーマンの男が恐る恐る近づく。刹那、フロントガラスが粉々に砕け散った。
革靴がシワのよったボンネットを踏みしめ、なかから拳銃を片手に持った男が出てきた。横腹を押さえてボンネットの上に立つ彼の横顔は本気の色を灯していた。
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