第6話 殻を破る時

 YukiyamaのSNS垢を開く時、仁は緊張していた。まるで彼女の服を脱がしているような気分だった。

 個人用アカウントにはプライベートが載っているのだ。まさに、彼女を丸裸にすることに他ならない。


 そこには彼女の推しであるプリッツのグッズ写真があった。そして当然のように、彼女の顔写真があった。

 肩まで伸びる麗らかな黒髪に、茶色の眼鏡をしていた。小柄な体に黒いモード系のパーカーがよく似合っており、雰囲気は小動物のようだった。


 プロフィールには『07・daiichi・JC・3-2 小野寺由貴です!!Youtubeやってます!!』とあった。

 これは2007年生まれ、第1中学校3年2組という意味だ。生々しいプロフィールだと思った。彼女の投稿には、住所を特定できるようなものもあった。


 フォローをして、DMにて挨拶をした。挨拶をすると伝えていたので、すぐに返信をした。


『おおー仁くん!いつもはリア友以外の男性からDMとか来ても返信とかフォロバはしないんやけどね!!』


『Yukiyamaさんにお返事いただけて恐縮ですm(_ _)m

フォローまだしてないのでしてもいいですか?』 


『もち! あと由貴でいいよw』



 他愛もない挨拶と雑談をした。かなりの充足感を覚えながらスマートフォンを閉じると、そこにはニチャーっとした自分が写し出された。


『そうか……嬉しいと俺、こんな顔になるんだな』


 Yukiyamaと出会って楽しいと思うことが増え、気づかぬ内に笑顔が増えた。憂鬱さが遠ざかり、嫌な記憶が蘇ることも少なくなっている。

 仁は部屋のカーテンを開き、外を眺めた。自分を捨てた街。窓の向こうは無数のヘイトを溜め込む檻。ネットの海に逃げ出した彼にとって、そこは怖い場所だった。

 だが今なら、外へ出られる気がした。彼はイヤフォンを両耳に挿して現実逃避をしながら、数年ぶりに外へ出た。


 流れる音は、Yukiyamaの歌声だ。それは彼女を知った失恋ソング。悲しい歌声だが、それはどんなに優しい言葉やどんなに人を勇気づける言葉よりも、彼を動かす力を与えてくれた。

 部屋にいた時よりも、その一歩がYukiyamaに近づいている気がしたから、彼は自分を守る家という殻を破ることができたのだ。

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