閑話1(テリック視点)
「はあ……」
やってもやっても終わらない仕事に溜息が止まらない。
それもこれも全部こいつのせいだ、ロイ……!
「ロイ、頼んでいた契約書の整理はどうなった?」
「契約書……そんなの頼まれていましたっけ……?」
「――なんだと?」
「ひいっ! も、申し訳ございません! 直ちに確認して参ります!」
はあ……この男、また頼んでいた仕事を忘れたな……。
一体どうしたというんだ。
皇太子の秘書ともあろう者が、仕事を忘れるわ、些細なミスを連発するわ、突然自分の世界に入ってぶつぶつと何かを言い出すわ……。
おかげでこちらに全ての皺寄せがくる。
やってもやっても仕事が終わらない。どころか、一日経つごとに仕事が増えている気さえする。
まったく、こんな無能だと知っていれば最初から雇わなかったのに……。
――いや、最初は今が嘘のように有能な奴だった。
アカデミーを首席で卒業したロイは、その肩書きに恥じぬ頭の回転の速さと機転の良さで、デキる男の代名詞のような人物だった。
それがここ一ヶ月弱は、びっくりするくらいの無能っぷりだ。
理由を聞いても教えてくれない、というか本人も自覚がないようだ。
本人に何も自覚がないのだから、外野がどうすることもできない。
あまりの無能っぷりに何度かクビにすることも考えたが、以前の有能なロイが忘れられず、未だにクビにできていない……。
このサンダーリン帝国を将来治める者として、仕事量はとてつもなく膨大だ。
しかしロイを雇った途端、確かに楽になったのだ。
数字の計算は誰よりも速いし、抜け目のない性格から確認漏れもない。何より機転が効くので、補佐官として申し分のない男だった。
――まあ、今となってはそれも見る影ないが。
だからといって、ロイをクビにしたところでこの男より優秀な男はいないだろう。
僕の顔面のせいで女は雇えないし……。
はあ、一体どうしたらいいんだ……。
誰かロイを元の有能な秘書に戻してくれ……。
そう嘆いたところで現状は全く変わらない。
仕事を増やされるよりは、次の秘書が見つかるまで一人でこなす方がまだマシか……と、ついにロイをクビにしようと決心した時だった。
「殿下……! 今日はなんとも素晴らしい日ですね! 全てが光り輝いて見えます!!」
と、周囲に花びらを散らせているロイが出勤してきた。
今日は朝から土砂降りで、どちらかといえばどんよりとした気分だったが、何故この男はこんなにテンションが高い……?
ついに頭がおかしくなったのだろうか……。
今まで見てきたどんな時よりも明るい顔色に声色。
原因がわからないので恐怖でしかない。
何にしても、今日クビを言い渡さなくては。
まさか今日に限ってこんなにテンションが高いと思っていなかったから、なんだか言いにくいな。
折角今日は素晴らしい日だと言っているのだし、せめてもの情けで仕事が終わってから告げるとしよう。
どれだけテンションが高くてもどうせ無能っぷりは変わらないだろう。
であれば、今日やらかしたミスを全てリストアップして終業時刻に叩きつけよう。
その流れでクビだ。
今まで身を粉にして働いてくれたのにすまないが、今は他国との取引が忙しい時期なので、無能な秘書はこの世で一番いらない存在なのだ……。
そう思って過ごした今日一日。
……驚くことに、ロイは一つもミスをしなかった。
むしろ、不調になる以前よりも速い処理スピードでどんどん溜まっていた仕事を片付けていた。
「なんでこんなに仕事が溜まっているのでしょうか……ん? これは私が昨日まで手をつけていた書類……あれ、こんなところにミスが。ここにも、ここにも……これはまずい! 直ちに修正しなくては……! 殿下、今しばらくお待ちを! すぐに5倍の完成度にしてみせます!」
と、普段感情を表に出さない僕の目が点になるほどの働きっぷりだ。
たった1日で今まで溜まったツケを片付けた。
まさかロイがここまで有能だったとは……。
なんだ、本気を出せばできるのではないか。
――と、結論づけるには些か疑問が残る。
何故ロイはあんなにも無能になり、かと思えば今日は一瞬にして昔を上回る有能っぷりになったのだ?
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