第8話

「……ロイ?」

「朝早くに申し訳ございません。どうしても聞きたいことがありまして……」


 リナーが扉を開くと、そこには見慣れた顔の男性が立っていた。

 昨日はリナーとのデート当日で私とは会っていないため、一昨日ぶりだ。

「明日の告白頑張ってくださいね……!」と意気揚々と送り出したきりね。

 かなり顔色が良くなったところを見ると昨日はぐっすり眠れたみたい。

 いいなぁ、私も今日こそはぐっすり寝てやる。


 それにしても、昨日の今日で早朝からリナーに会いにくるなんてお熱いわね〜。


「ロイがこっちに来るの珍しいね。聞きたいことって何?」

「昨日、勇気をくれた人がいたと言いましたよね。リナーから上手くいったことは聞いていると思いますが、やっぱりどうしても本人に直接報告とお礼を申し上げたいと思いまして……」


 んん? すっかり油断して二人の会話をほっこりしながら聞いていたけど、何やら雲行きが怪しいぞ……?

 ロイがそんなに律儀だったとは……。

 まずい、告白が終わった後のことまで考えていなかった。

 メイドの私はもう存在しないのに……。


「なんで私達が付き合ったことを私が名前も知らない方に言うの? ……あ、その方ってもしかして私の知り合い?」

「知り合いも何も、貴女の友達だって言ってましたよ。貴女と同じ皇太子妃殿下にお仕えしているメイドだって」


 や、やばい。ロイ、それ以上は言っちゃダメ……!


「名前はセレーナと言うようです。先程メイド長に聞いてきたら、そんな名前のメイドは知らないと言われましたので、リナーにどなたか教えてもらわないとと思いまして」

「……セレーナ?」


 ああ……完全に終わった……。

 ロイに名前を聞かれ、咄嗟にアンドラで呼ばれていた愛称を伝えてしまったのよね。

 当然、リナーにセレーナという名前の友達がいるわけがない。

 名前を伝えられたら終わりだと思って、ちゃんと口止めしといたのに……!


「セレーナなんて名前の友達はいないわ」

「え……?」

「それに皇太子妃殿下のメイドに配属されてからそんなに経ってないし、恋愛相談ができるような友達なんてできていない……。話せるとしたらセレスティーナ様くらいで――あれ? セレーナ……セレスティーナ……ってまさか!?」

「ええ!?」


 というわけで、あっという間にバレてしまった。

 二人がバッと同時に私の方に振り向く。

 ロイはいまいちピンときていない顔をしていたけど、しばらく私の顔を凝視すると合点いったように驚いた顔をした。


「その髪、その瞳……! 確かにセレーナさんです! メイド服を着た時と全然雰囲気が違うので気付きませんでした……まさか皇太子妃殿下だったとは……! 今まで大変なご無礼を……!!」

「秘書様、顔を上げてください。私こそずっと嘘をついていて申し訳なかったですわ」

「秘書様だなんて滅相もない! ロイとお呼びください! どうか敬語も使わないでください……!」

「わ、わかったわ。わかったからいい加減顔を……」


 このままだと土下座をしそうな勢いなので慌てて近寄り大丈夫アピールをする。

 すると申し訳なさいっぱいの潤んだ瞳とかち合った。


「いえ、そんなわけにはいきません。明らかに私は皇太子妃殿下に対する態度から逸脱していました。どうか、どうか私めに罰を……!」

「リ、リナー……あなたの恋人でしょ。どうにかしてちょうだい」

「いえ! こんなの当然です! それより私こそ、セレスティーナ様からそんな施しを受けていたとは知らず、毎日くよくよ相談したり、今日だって呑気に惚気ばっかり……! どうお詫びを申し上げたらいいか……!」

「ええー……あなたもなの……」


 まったく、とんだ厄介カップルが誕生してしまったみたいね。

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