第3話

「それにしても酷いですよね。皇太子殿下ったら、一度もセレスティーナ様にお会いに来ないなんて」

「いいのよリナー。公務で忙しいのでしょうし」


 それからというもの、リナ―を私専属のメイドにしてもらい、一緒にいる時間がぐんと増えた。

 2週間ほど経った今ではすっかり打ち解けて、最初はぎこちなかったけど、気軽に喋れる仲になれた。


「良くないですよ! セレスティーナ様はこんなにお美しいのに……もったいないです」


 私の髪を梳きながら鏡の中の私を見つめてため息をつくリナー。

 平凡な茶髪にオレンジ色の瞳を持つ私の容姿は、確かに整っている部類に入ると思うけど、皇太子殿下を見てからだと大したこと内容にも思う。

 アンドラではそれなりに褒められてはきたけど……。


「本当にいいの。そもそも私、殿下のことはタイプではないし」

「ええっ、そうなんですか!? あんなにかっこいいのに!?」


 毎日私の世話をしながらテリック様のことを待つリナーがなんだか哀れに思えて、何故か私が慰めることに。

 するとリナーはよほど信じられなかったのか、今まで聞いた中で一番大きい声を出して驚いた。


「顔は良いと思うわ。あの顔を嫌いな人がいたら逆に見てみたいくらいよ」

「ええ……だったら何故……」

「それは単純に冷たいからよ。私は優しい人がタイプなの。あとは子犬みたいに可愛い人ね」

「子犬……」

「殿下とは程遠いでしょ?」

「ふふっ、確かに。殿下はどちらかというと懐かない猫ですもんね」

「というよりも豹って感じかしら」


 すらりとした体躯がまさに綺麗な豹って感じね。


「そういうあなたはどんな人がタイプなの?」

「えっ、私ですか? わ、私は……」


 すっかり忘れていたけど、そういえば私は恋バナが大好きだった。

 私自身、恋愛にあまり縁はなかったけど、よく友達や使用人の恋バナを聞いて楽しんでいたものだ。

 こういう話は久しぶりでワクワクするな。


「知的な人がタイプです。髪を後ろで一つ結びにして、ずり落ちた眼鏡を直す様とか……神経質そうな細い眉も素敵……」

「ああ、皇太子殿下の秘書様みたいな感じね」

「ッ……!!」


 一度だけ見たことのある秘書の顔がパッと思いついたので言ってみれば、リナーは途端に顔を赤くした。

 あら? あらあら?


「彼のことが好きなのね」

「ハッ……! どうしてわかったんですか!」

「ふふ、だって顔が真っ赤なんですもの」

「うう……」


 リナーがこんなに照れるなんて。よっぽど彼のことが好きなのね。可愛い。

 もうちょっと聞いてみたくなっちゃうわ。


「いつから好きなの?」

「さあ……かれこれ8年くらいですかね……」

「8年!?」

「あ、彼とは幼馴染なんです。親同士が仲が良くて」

「なるほど……」


 びっくりした。まだ浅いと思っていたら、めちゃくちゃ熟成させていた。

 よく8年も片想いできるわね……。


「告白はしないの?」

「告白ですか!? そんなのできないです! 恥ずかしすぎます!」

「あら、彼と付き合いたくないの?」

「それはまあ……付き合いたいですけど……」

「それなら想いは伝えないと。何の進展も望めないわよ?」


 アンドラの女性は割と積極的なタイプが多かったから、行為を持った男性が現れたらすかさずアタックしに行っていたけど、帝国の女性はそうではないのかしら?

 まあリナーはその中でも特別恥ずかしがり屋みたいだけど。


「そ、それはそうなのですが……でも……」

「でも?」

「最近彼に好きな人ができたっぽくて……」

「あらまあ……」


 なるほど、これは一筋縄ではいかなさそうね。

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