第4話 戦闘と目標

「現地の人間と交戦に入りました。」


 面白い展開になってきたな。

 そんなことを思っていると、ティアがネクロスに話しかける。


「経緯はどうなってるの?」


「はい、遠方から人間の姿が見えたものですので、実力を確かめるのが最も有益な情報となり得ると考えた次第で御座います。」


「あまり見境なく攻撃しても返って不利益になるだけじゃないかなー?」


「…セレスティア様の…仰る通り…ネクロスは…もっと…慎重に…なるべき。」


「も、申し訳御座いません。確かに、成果を出すことに対して貪欲になり過ぎて、冷静さを欠いてしまいました…どうか、この首一つでお許しを!」


 途端に自らに魔法をかけようとするネクロス。


「い、いや気にするな。何もそこまですることはない、それよりもアンデッドウルフの視界を皆に見えるようにできるか?」


「え、えぇ、可能です。ですが、せめてその前に私に罰を──」


「陛下の言葉が聞こえなかったのか!」


 物凄い剣幕でテンペスタが言う。

……何もそこまで怒らなくてもいいのにとも思う。


「も、申し訳御座いません!!『リンク・ヴィジオーネ』!」


 その魔法の効果によりアンデッドウルフの視界が皆に共有される。


───森にて


 ハロルドは目の前のアンデッドウルフに全力の一撃を加えた。

 それも、剣にはアンデッドの弱点とされる炎を纏い、

 オスカーの支援魔法によって強化された肉体で、だ。


“ウォォォン!‼︎"


 甲高い叫びがアンデッドウルフから発される。

 首に穿たれたその一撃は確かに食い込み相手を確実に殺せるものだった。

 だからこそ、オスカーは勝敗に旗はもう上がったかの様に感じられた。


…裏腹に、ハロルドは違和感を覚える。


「剣が抜けねぇ……オスカー!コイツはおかしい!!逃げるぞ!!」


「んな!もう、殺せそうなんだぞ!もう少し身体強化をかけるから、殺りきれ!!」


 一見、誤った判断のように思えるが、これは正しい。

 アンデッドは再生能力が高く、首か胴体を焼き切らなくては倒すことができない。

 それも、その俊敏さと腕力の強さで年に多くの冒険者を亡き者としているアンデッドウルフ相手なら尚更だ。

 ただ、この場合は相手が悪かった、なにせ強化魔法に関しては随一の強さ誇るアムラの強化を受けたアンデッドウルフなのだから。


「『ストレンクスパワー』!」


 低位の強化魔法である『ストレンクスパワー』は身体に大きな負担がかかる。

 勿論、上位のものであれば負担も軽減されるのだが。


「あぁぁぁ!!くそっ!」

 ハロルドは再び腕に力を込め、剣を押し込む。

 既に首は再生が始まっており、先程よりも一層抜けづらく、まるで根の張った樹木のように固くなっている。


“ウガァァァ‼︎”


 凄まじい力で地面を蹴り上げたアンデッドウルフはハロルド目掛けて飛び込む。


「ハロルド!!あぁぁ!!『プロテクション』!!」


 通常『プロテクション』を使用すれば、ある程度の攻撃は防げる。

 しかし、目の前のソレには全く通用しなかった。

 その証に、目の前のハロルドの腕はアンデッドウルフに噛みちぎられてしまっている。


「あぁぁぁ!お、オスカー!!逃げろ!!」


 ハロルドは片腕を噛みちぎられた痛みに耐えながら、懸命に叫ぶ。

 一瞬、戸惑いをみせたがそれに応じる様にオスカーが逃げていく。

 プロの冒険者として情に流されない判断をしたオスカーは賞賛されるべきだ。

 相方のそんな姿を見たハロルドも少しでも時間を稼ぐために必死にアンデッドウルフを殴る、抵抗されても殴る。

 その甲斐あってか一瞬、怯みを見せた。


「くそったれガァ!!」


 その隙をつきハロルドは全力で走る。

 オスカーがこの化け物に殺されない様に。

 出血が止まらない、千切られた腕もそうだが殴る際に抵抗されて引っ掻かれた場所からもだ。

 多分、出血多量で死ぬだろう。

 それでも、走り続ける。


 それから数十秒ほど経っただろうか、もう走る体力がない。

 だが、きっと時間は稼げたはずだ。

 後ろから追いかけてきてるであろうアンデッドウルフを最後の力で迎え撃つため、後ろを振り向く。


……しかしそこには、何も居なかった。





「ハロルド…すまないっ!あの時大人しく逃げとけば…」


 オスカーは自分の使える全てを持って、ソレから逃げていた。

 相方が稼いでくれたその1分1秒を無駄にしない為だ。

 既にかなりの距離走っただろう。

 もう魔力も体力も底をつき始め歩くのが精一杯である。

 それでも走ろうと、足に力を入れる。

 アンデッドウルフを誘き寄せているであろう相方も、あの状態を見るにそろそろ限界だと思われる。

 彼が死ねばヤツはその嗅覚を使い俺を追いかけてくるだろう。

 だからこそ、走るのだ。

 助けを求める為に、相方の仇を打つ為に…



──その時であった。


「あぁぁぁぁぁぁぁ‼︎!」


 背中に激痛が走る。

 地面に横たわり上を見上げる。

 そこには、本来まだここに来ないと思われていた相手が、

首に相方の剣が刺さったアンデッドがこちらを見ていた。


「な、なんで…!く、クソがぁぁぁ…」

 意味を為さないと分かっていながらも全力の抵抗を行おうとするオスカー。

 しかしそれは叶うはずもなく、アンデッドウルフの鋭い無慈悲が彼を穿つ。


 それを最後にオスカーの意識は深い闇へと落ちていった。




(え?めっちゃ弱くね?)

 それがアムラの、目の前の惨劇を見た純粋な感想だ。

 相手が何者かがわからない為、断定はできないが少なくとも自分達の脅威となる人間は居ないのではないかと思わせるほどに弱かった。


 とは言え少しはやるタイプな様で

 味方を庇って味方と反対の方向へ逃げるその精神にはアムラも関心した。

が、それもネクロスの指示で動くアンデッドウルフには意味をなさなかったが。

 その後の人間も大したことはなく、

それどころかさっきの人間よりも更に弱く、たった2回の攻撃で絶命してしまった。


 因みに、アムラは始めて人を殺す所を見た。

 それは生々しくこの世界に来る前ならば、吐いていたかもしれない程だ。

 しかし、今のアムラは【魔神種フォールンゴッド】であり、ヴァルハラ城の主、神々をも従える絶対者、アムラ・ヴァルキリオンである。

 最早、そんな存在の彼には虫が死んだ程度にしか感じられないのだった。



「ご苦労だった、ネクロス。」


「二度も失態を犯したこの私にそのような、労いの言葉を…!陛下の寛大さにはつくづく、感服させられます!!」


「あ、あぁ…」


 流石にそこまで言われると…と苦笑い気味に返してしまう。


「ソレニシテモ」「あれは弱すぎですね。」


「あぁ、それにはアタシも同意だ。」


「だよね!!私もそう思う〜♪」


「わたくし達としてはありがたい限りですわ」


「そうだねぇ〜あれだったらぁ〜脅威にはならないもんねぇ〜」


「…なんなら…人間全てを…陛下のモノに…できそう…」


「あら、それいい案ですわね!」


「タシカニ」「素晴らしいですね」


「アタシも同意だ。」


 他のメンツも深く頷く。


「なら、それで決まりと言うことで良いか?」


 え?何言ってんのコイツら。

 勝手に人間を支配されても困るし

 第一、もしかしたら人間の中にも脅威となり得る存在がいるかも知れないのに。

 まぁ、さっきの戦いをみたらそんな心配無用だと思ってしまう程ではあったが。

 取り敢えず、配下の暴走を止めるべきだろう。


「まぁ待て、一応まだ人間勢力の強さが不透明なんだ。

だから、相手を探る方が先だろう?

それに相手が如何な戦力か把握してからでもそれは遅くない筈だ。」


「陛下の仰る通りでございます。」


「わたくし達としたことが、申し訳御座いません!」


「「申し訳御座いません!」」


「あぁ、大丈夫だ…それよりも大事な話がある。」


途端に配下達の目が真剣になる。


 別に人間を支配しようとかいう話ではない。

 まぁどの道人間について探る必要はあるだろうが

人間を探るよりも先にすべきことがある。


「この世界の勢力について探る事を先ずは目標としよう。」


 取り敢えずの目標。

 右も左もよくわからない世界で掲げるにはありきたりな目標。

 だがそれは今、最も大切なものでもある。


「故に万が一をとってお前らに動いて貰う。」


 本当はもっと弱い存在でもいいのだが、

 何かあった時、かなりの力になる上に蘇生もできる存在の彼らのほうが使い勝手が良いだろう。


「「畏まりました!!」」


 そんな若干の歓喜を包んだ声が玉座の間に鳴り響くのであった。

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