セシルの想いと決意③
「セシル」
翌朝。
朝の自分の仕事を早めに終えて暇だったので、屋敷のメイドたちに混じって庭の掃除をしていると、セーニャ様から声が掛かる。
来たか。やっぱ3年も待てないよね、うん…。いや後で部屋に伺うつもりだったからいいんだけどさ。
「あとで時間を頂けるかしら?」
「……庭の掃除が終わり次第、お部屋に御伺いします」
「ありがとうございます。それでは待って……」
「セシルさん。こちらは気にせず、どうぞ行ってください」
会話に割って入って来たのは、メイド長のメイさんだ。漫画みてぇな名前だ。
俺より一個上で、背中の中程まで伸びている綺麗な黒髪をポニテにしている美人さんだ。
そこらの貴族令嬢より綺麗だと思う。これで独身って嘘だろと、いつも思う。
ちなみにメイド長である彼女が自ら庭掃除をしている理由は俺と同じだ。
自分の仕事が早く終わって暇だったのだ。後で二人して旦那様に小言を言われるだろうなって。
「よろしいのですか?」
「大事な話なのでしょう。早く行って早く返事……いえ、“我儘”を解決してあげてください」
「アンタもしかしなくても知ってるな?」
「知りません」
「全く…。―――ありがとうございます、メイさん」
一瞬素で喋ってしまった。
だけど彼女の気遣いに感謝しつつ、セーニャ様と一緒に部屋へ向かうことにした。
「では行きましょうか。お嬢様」
「え、ええ。……ありがとう、メイ」
「いえ。派手にぎょくさ……じゃなかった。無事に“我儘”を聞いてもらえるよう祈っております」
「貴女今とてもつもなく失礼なこと言おうとした?」
「気のせいです」
うちのメイド長には毒がある。俺は嫌いじゃない。俺にそれを吐いて来なければ。
――――――――――――――――――――
毒舌メイド長に見送られて、セーニャ様の部屋。
昨晩のように隣り合って座ることはせず、互いに向き合って立った状態で話すことに。
「それではセシル……聞かせてもらえるかしら。貴方の返事を…」
セーニャ様は俺に、昨晩以上に恐怖を含んだ表情で声を震わせながら言う。
彼女のこの表情を見ていると、今まで俺はなんて鈍感でアホだったのかと痛感してしまう。
聞きたくない答えが来て欲しくない。振られたくない。「はい」って言って欲しい。貴方と結ばれたい。
セーニャ様には今、そのような感情が流れていることだろう。
告白されてからになって、こんなにも俺は想われていたのかと、ようやく気付かされた。
あまりにも鈍感過ぎる。猛省ものだな、これは…。
深呼吸を一つする。
そして、俺は意を決して口にする。彼女への、想いを。
「お嬢様。私にとって、貴女は妹のような存在でした」
「……はい…」
セーニャ様の顔が曇る。
それには構わず、俺は続ける。
「お転婆で、我儘で、遊び相手は私でないと嫌などと言うセーニャ様には、よく困らされて来ました」
「うぅ…。ご、ごめんなさいですわ…」
「ですがそれが愛らしくもあり、いつかこうやってお世話することも無くなるのだろうと思うと、若干の寂しさを覚えていました」
「そ、そうなんですの?」
俺は頷いて、一使用人が思っても口にしないことも紡ぐ。
「背も伸びていき、段々と可愛らしく、お綺麗になっていく貴女に対して、思わず見惚れることもありました。私はセーニャ様のことを、少なからず好ましく想っていたのでしょう」
「えっ。そ、それじゃあ…!」
「しかし、果たしてこれがそういう感情なのか。私にはわからないのです。ただ妹のように想っているのか、一人の女性として想っているのか…」
「ッ……そう、ですか…」
一瞬、希望の光りが灯ったセーニャ様の瞳にまた影がさす。
俺は前世も含めて、女性経験が比較的浅い。本当に興味なかったから。
前世では合コンで気があった女の子と付き合ったこともあるし、やることもやったが、長続きはしなかった。
俺が相手のことを、ちゃんと好きになれなかったから。義務的な感じで付き合っていたから。
セーニャ様から想いを告げられたことは凄く嬉しかった。それは本当だ。
だからと言って、それによって産まれたこの感情が“恋”などと呼べるものなのか。正直自信が持てないのだ。
「ですのでセーニャ様。申し訳ございません……」
「……はい…」
「私に、セーニャ様の時間を頂けませんか?」
「……………え?」
振られると思ったのだろう。謝った瞬間涙目になっていた。
紛らわしい言い方をして大変申し訳ないが、彼女の時間を貰おうと言うのだ。どうしても謝罪の言葉から入ってしまった。
「私の時間、ですか?一体どういう…」
「私がセーニャ様を好きになる時間でございます。実を言うと、私が好ましく想った方はセーニャ様が初めてなのです」
「……え。え…?えぇ…」
なんか脳がバグってるセーニャ様に、俺はさらに畳み掛けた。
「客観的に見れば、私は既にセーニャ様のことが好きなのでしょう。ですが私自身、やはりその自信が持てないのです」
「……うん…」
うん、て。若干幼児退行してないか?
だけどこんな小っ恥ずかしいこと、そう何度も言えることじゃない。
だからこのまま勢いで言わせてもらう。
「セーニャ様。どうか私が、貴女に恋してるのだと自信が持てるまで。いくつかの逢瀬に付き合ってくださいませんか?奥様から頂いた猶予には、必ず間に合わせますので」
「……………ぐすっ…」
「!?」
俺の想いと決意と伝えると、突如セーニャ様のダムが決壊した。
「う、うえぇぇぇん…!」
「セ、セーニャ様!?申し訳ございません。私の返事にご不満があるのは重々承知しております。ですがやはり、セーニャ様の想いには真剣に向き合いたく……」
「ぐすっ…。違いますの…。これはただ、嬉しくて…」
「え。……あ。嬉し涙?」
セーニャ様は小さく頷き、俺に勢いよく抱き付いて来る。
「おっとと。セーニャ様?」
「私、振られると思ってたんですのよ。だって、今までセシルには迷惑ばかり掛けて来ましたし、さらには貴族の務めの為だからと強く当たるような行為までしてきました…」
「……私は大して気にしていませんでしたよ」
「嘘!貴方、私の相手してる時に何度か嫌な顔してましたもの!?」
「バレてましたか」
「そこは嘘でも違うと言って欲しかったですわ!」
「も~。面倒くさいですねぇ…」
しまったなぁ。
常にポーカーフェイスを意識していたつもりなのだが、何度か限界を越えて顔に出ちゃってたか~…。
「そうよ…。面倒くさい女なのよ、私は。それを自覚しているからこそ、貴方に告白するのが怖かったですし、ずっと振られると思ってたんですのよ。なのに……うぅ~…!」
セーニャ様は顔を俺の胸に押し付けながら、さらに続けた。
「貴方は……私のことを真剣に考えてくれて、しかも恋人になるとまで言ってくださいましたわ。嬉しくて嬉しくて、本当に堪らないんですから」
ストレートにそうは言っていないが、まぁそのつもりで言ったので間違っていない。
「……セシル。本当に良いんですの?貴方が思ってる通り、私は面倒くさい女ですのよ?」
「ええ。先ほども言ったように、私が好ましく想った方は、セーニャ様が初めてでございます。セーニャ様こそ、本当によろしいのですか?私のような一介の執事が相手で」
「今さらそれを聞くのは、野暮というものですわ」
そう言ったセーニャ様は、眩しいくらいに可愛らしい笑顔を向けてきた。
―――こうして。俺がセーニャ様に恋する為の交際が始まった。
これは物語で言うところのプロローグ。俺とセーニャ様の恋は、色々な意味で普通に終わることはないのだろう。
だけどきっと、どんな形であろうと。互いが満足の行く恋で終わるだろうと、そんな予感がしていた。
「ところで、お母様から頂いた猶予ってなんですの?」
「え?」
「え?」
――――――――――――――――――――
「あ!いっけない。セーニャに、『セシルに3年の猶予をあげたから、それまでに完全に口説き落としなさい』って伝えるの忘れてたわ。どうしましょう、メイ。あの子きっともうセシルに返事を聞きに行ったわ」
「やっぱり伝え忘れてましたか。この脳内お花畑さんは」
お嬢様、俺のお嫁さんになるって本気ですか?え。しかも一緒に冒険者になりたい……正気かあんた? 結城ナツメ @YuriOtome
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