セシルの想いと決意②

「なんで?」


 奥様の言った政略結婚反対という言葉に一瞬フリーズした私は、すぐにその事について聞きます。

 名門貴族となり、今ではかつての事業の大失敗を犯すこともなくなったフォンバーグ家が政略結婚をしないなんて、普通有り得ません


「結婚は好きな人同士でするものでしょ?何を不思議がってるのよ」

「それはそうだけど……許されるんすか?そんなこと。他の貴族たちと王族が黙っていないと思うが…」

「黙らせればいいのよ」


 黙らせればいい。そう言った奥様の声音は大変低く、顔は笑っていますが、目は全く笑っていませんでした。


「黙らせる、とは?」

「王都では無くてはならないほど大きくなった、フォンバーグ商会。それが突然王都からいなくなったら、ここはどうなるんでしょうね~」

「待て待て待て待て!フォンバーグ家は貴族に上がる際に、国王との謁見で忠誠を誓ったんだろ?それなのにそんなストライキみたいなのを起こしたら、指名手配もんでしょうが!?打ち首は免れねぇって」


 フォンバーグ家に限らず、貴族というのは謂わば国という会社の社員のようなもの。

 伯爵家ともなれば、たぶん最低でも部長とかそういうクラスです。


 ただの会社ならストライキの訳を説明すればまだ許してくれるかもしれませんが、こちらの世界は融通きかないですからね…。互いの足を引っ張り合うことしかしない政治家みたいな貴族ばかりですし。

 うちを疎ましく思ってる者たちが、「これは裏切りだ、死刑にしろー!」と猿みたいに騒ぐこと間違いなしです。

 しかもそういう方々に限って有力貴族ですしね。国王もその言葉を無視出来ないでしょう。


 なので奥様の言ったストライキや夜逃げのような行為は、正直賛同しかねます。


「大丈夫よ、大丈夫!国王様はそんなことしないわ」

「何を根拠にそんな…」

「だって私たちには、“貴方たち”がついてるじゃない。特に貴方の方は、例え指名手配されようとも、この国の冒険者や騎士たちじゃ相手にならないわ。それは国王様も重々承知してる」

「……俺の強さを過信しすぎだ…」


 奥様の過剰な評価に呆れてため息を吐き、短くなった一本目のタバコの火を消してアイテムボックスに放り投げました。あとでゴミ箱にちゃんと入れます。

 すぐさま二本目のタバコを手に取り、火を点けます。


「すぅー……はぁ~…。やっぱこれキッツ」

「でも考え事してる時には?」

「最適」


 一旦話を切ります。奥様の破天荒な考え方に頭が痛くなってきましたので。


「ねぇ。セシル自身はどうなの?セーニャのこと」

「……正直な話、嬉しさ3の罪悪感が7で、俺なんかで本当に良いのかという気持ちが大きいな…」


 話は戻って、セーニャ様の告白について。

 奥様しか知らない秘密が、私にはあります。故にセーニャ様の想いに対する答えに、より困り果てているのです。


「それは、貴方がだから?」


 奥様が私の心の内を当ててくる。


 ……そう。私は元々、この世界の人間じゃありません。地球の日本に住んでいた、平凡なおっさんです。

 この歳で親の愛を感じて恥ずかしい。というのは、前世の分も合わせての年齢です。

 一応精神年齢は身体の若さに引っ張られていますが、実年齢50は過ぎてますね。確実に。


 なぜ奥様だけが知ってるのか。それは彼女の目が少々特別だからです。

 奥様の目は魔眼と呼ばれる物で、相手の心というか、魂のような物が透けて見えるらしいのです。それで私が転生者であることがバレてしまいました。

 それでも我が子同然に接してくれましたが。


「……ぶっちゃけそうだな。アンタにバレた時に歳のことも話したと思うけど、俺からしたらセーニャ様は子どもだ。ここが10歳以下で婚約するような世界だとしてもな」


 貴族社会に限った話ですけどね。


「郷に入っては郷に従えなんて言うが、やっぱりあと五年は欲しい…」

「五年ね~。そういえば貴方の世界じゃ、成人は20歳だったわね」

「ああ。……いや、今思い出したけど18歳に引き下げられたんだった。酒とタバコは20歳からだけど」

「じゃあ3年ね」

「は?」


 奥様は吸い終わったタバコを自分のアイテムボックスに入れて、スッと立ち上がる。


「うちはこれでも伯爵家ですもの。さすがに20歳までには婚約相手を見繕わないと、他の貴族がうるさくなると思うの。伯爵家の未来はどうのこうの~って」

「はぁ…。なるほど?」

「だから3年。つまりセーニャが18歳になるまでに、ちゃんと自分の気持ちに整理をつけときなさい。これは命令です。あの子には私から言っておくから」

「……3年、すか…」


 昼間に言った、一年の猶予よりもかなり長い期間を一方的に儲けられてしまいました。

 しかし奥様に命令と言われてしまえば、それに従わざるを得ません。執事ですので(鋼の忠誠心)。


 にしても3年ですか…。


「長いようで短いな…。誕生日のこと考えると実際は3年弱だし」

「何か文句でも?淑女の一世一代の告白から逃げた腑抜けさん」


「―――ちゃんと真剣に向き合いますのでそれ以上言わないでくださいお願い致します…」

「あら


 とりあえず明日だな…。もう一度じっくりセーニャ様と話そう。

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