セシルの想いと決意①

 お嬢様から逃げた後。

 私は屋敷の屋根の上に座り、ナインスターという銘柄のタバコを吸いながら考えていました。

 こちらの世界にタバコがあると知った時は驚きましたが、私の他にの人間がいてもおかしくないですし、特に疑問には思いませんでした。

 ……明らかに7が付くタバコモチーフなのは間違いありません。癖の強さなんかが正しくそれで、正直私にはキツいですね。


 ですが考え事をする時には、ちょうど良い刺激になります。

 普段吸ってるメデユスという銘柄では、吸い慣れてる故か、逆に落ち着いて考えることも出来ません。


「……お嬢様が、俺のことをね…」


 今の私の考え事なんて一つしかございません。先ほどのセーニャ様からの告白のお返事についてです。

 これが他の女性であればその場で丁重にお断りするのですが、さすがに相手が相手です。簡単にお返事することは出来ませんでした。


 というかセーニャ様の告白もそうですが、何より……


「社交辞令でもなんでもなく、マジで嬉しいって思ってる俺がいるのが、より厄介なんだよな…」


 そう。嬉しかったのです……心の底から。

 今まで様々な女性に言い寄られて来ましたが、恋愛事には特に興味がなかったので全て断って来ました。


「伯爵家の為にも、今回もそうすべきなんだけど…」

「何をですか?」


 澄んだ声で話し掛けて来る方がお一人。

 誰かが屋根まで登って来る気配はしていましたが、まさかこの人だったとは―――


「ああ良いわよ、そのままで。二人きりですもの。わざわざ畏まらなくても良いわ」

「……そうっすか」


 砕けたままで良いと言い、その方は私の隣に腰掛けると優しく微笑み掛けました。

 20代と見紛うほどに、可愛らしくも美しいフォンバーグ伯爵家夫人―――ジーナ・フォンバーグ。


 奥様は元は子爵家のご令嬢で、旦那様が男爵に成り立ての頃に嫁いだお方です。

 お優しく、献身深く、旦那様が事業に失敗しても常にお側にいました。


 普通なら見放してもおかしくないところですが、平民同然の暮らしを寧ろ楽しみ、平民のママ友を作って交遊関係を広げ、その伝手で市場の情報を仕入れたりして旦那様の商売の手助けなども行ってました。

 おかげで旦那様は完全に失脚せずに済んだそうです。

 ほとんど政略結婚のようなものだったのに、夫のことを愛し、支え続けた彼女はまさに聖人、聖母と呼ばれて差し支えないお人です。


 ちなみにこれでも昔はお転婆娘だったらしく……セーニャ様が一体誰に似たのか一目瞭然ですね。


「私にも一本貰えるかしら?」

「寿命縮みますぜ」

「タバコの毒素なんて貴方の魔法で無効化出来るでしょ。早く早く」

「はいはい」


 私は奥様にオール・レジストという全ての状態異常とデバフを無効化する補助魔法を掛けて、ナインスターを差し出す。

 嬉しそうに一本抜き取り、自身の魔法で火を点けて美味しそうに吸う奥様。


 この絵面のギャップが凄いです…。


「それで、何を悩んでいるのかしら?ナインスターは大きな悩みがある時によく吸ってるものね」

「……よく見てんな…」

「一応、貴方の義母ははのつもりだもの。自分の子のことは見てるに決まってるでしょ。特にのことは、ちゃんと見てないと消えてしまいそうだったしね」

「……いいすか?この歳で親の愛情を感じるのって、なんか恥ずい」

「ダーメ♪」


 私にはもう、親はいません。

 奥様はそんな私のことを実の息子同然に扱ってくれました。

 誕生日パーティーをして頂いたこともありましたし、私がここに来た日の記念日とかも作ってくれましたね。


「さぁ。お義母さんに悩みを言ってみなさい?」

「……言わなくてもわかってるでしょ。セーニャ様の気持ち、アンタと旦那様は知ってたっぽいし」

「ふふっ。まぁね~」


 いたずらっ子のように無邪気な笑みを見せる奥様。


「良いのかよそれで。自分たちの娘が平民執事に恋してるんだぞ。普通止めるべきだろ」

「私はともかく、あの人は猛反対してたわね」

「だろうな。伯爵家の人間なら名門貴族とか、それこそセーニャ様なら王族と結ばれなきゃだしな」


 政略結婚。それが貴族令嬢の果たすべき使命であり、この世界の貴族社会の常識です。

 例え嫌な相手であろうと婚姻を結び、名門貴族や王族との縁を作らなければなりません。

 セーニャ様もその例に習い、いずれどこの誰とも知らない男と結婚することになるはずだったのです。


 それなのに私と恋人になりたいなどと……旦那様としては頭が痛くなる話でしょう。


「え?全然違うわよ」

「は?」

「可愛い娘を誰にもあげたくなかっただけよ、あの人は。というか政略結婚反対派だしね、うちは」


 しかし私の考えとは裏腹に、この家の大黒柱はそんなことは一切考えてなかったようだった。

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