お嬢様に衝撃的なプロポーズをされた日⑩

「落ち着きましたか?お嬢様」

「はい…。お恥ずかしいところをお見せして、すみません…」

「恥ずかしいどころか、あと少しではしたない女性になるところでしたよ」

「はうぅ…!」


 顔を真っ赤にして、さっき自分が言い出しそうになったことについて猛省するセーニャ様。

 彼女をベッドに座らせて、落ち着くまで待ってあげていた。


 目をぐるぐるとさせながら、俺に想いをぶつけて来る様のせいで、逆に冷静でいられたわ。


「それで……」


 俺は落ち着かれた彼女の隣に座り、目線を合わせてもう一度聞く。

 この人のお世話係をしていて、謂わば俺の主とも言うべき人で……そして、年の離れたわがままな妹的存在だった相手なのだが、それでも、いやだからこそ、さっきの言葉をこの気に乗じて無かったことにしてはいけない。

 てかそんなことしたら奥様に殺されそう…。


「もう一度、ゆっくりで良いですので、お聞かせください。先ほどの言葉を」

「……い、言わないと、駄目ですか?」

「別に言いたくないのであれば結構です。ですが勇気を振り絞った結果がこれで、お嬢様は後悔しませんか?」

「……………」


 俺の言葉に逡巡した様子を見せるセーニャ様。

 俺は待った。今はただ一人の女の子、セーニャとしての想いの言葉を。


「……セ、セシ、ル…」

「はい」

「……す、すす、……」

「……………」

「好き!……ですわ…。貴方のことを、一人の殿方として、お慕いしております」

「……はい」


 さっきとは違う、いくらか平静を保った状態で告白するセーニャ様。

 顔を真っ赤に染めながら俺の目をじっと見つめて来る碧の瞳は、うるうると今にも泣き出しそうに見える。

 俺はその気持ちを、まずは受け取った。


「私と……け、結婚を前提に、お付き合いしてください…!」


 今度は結婚してください、というストレートではなく、恋仲から始めたいと申し出て来た。

 ……しかしこの文言は、ほぼ婚約者になってくれということでもある。


 だから結局プロポーズみたいな物な気がする…。さっきよりはマシだけど。


「……お気持ちは大変嬉しいです。お嬢様に選ばれるなど、身に余る光栄です。しかも私のような平民を…」

「! で、では……」

「ですが……これは伯爵家の令嬢として、大問題の告白でございます。それはセーニャ様ご自身もわかっていると思いますが…」


 男爵という地位が低めの身分で、貧乏貴族などと蔑まれていた頃ならまだギリ許されていたかもしれない。

 事実俺はこれまで、男爵や子爵とか比較的爵位が低かったり功績が乏しい家の令嬢たちに言い寄られたことがある。それなりの実績はあったから、ありえないことでもなかった。


 しかしセーニャ様は今や伯爵令嬢だ。国の運営にも大きく携われるくらい高貴な身分となっている。

 男爵だった頃とはあまりにも違い過ぎる。


 貴族の中でもかなり偉い立場の人間なのだ。

 それなのにただの平民で、一介の世話係の執事という肩書きである俺に恋をするなど、周りの貴族が黙っちゃいない。


 このことが広まるだけで、ウチを疎ましく思っている馬鹿貴族どもが付け上がりかねない。

 だと言うのに……


「ええ。わかっていますわ。ですが……我慢したくないのです」


 彼女は……セーニャ様は真剣な眼差しを俺に向けて来る。


「この気持ちを押し留めて、我慢して、それで後悔するような人生を、私は絶対に送りたくありませんわ」

「セーニャ様…」


「もちろん最初はこの気持ちに蓋をしようと思っていましたわ…。私はフォンバーグ伯爵家の令嬢、セーニャ・フォンバーグ。本来なら高位の貴族の方と……出来ることなら、王族の方と婚姻を結ぶのが望ましいのでしょう。私の学院での成績も踏まえれば、尚更…。ですから貴方と距離を置こうと、今までよりも当たり強く接していました。セシルへの想いを断ち切る為に」

「……………」


「ですが……半年ほど前に、ある“お方”が教えてくださったのです。『君はそれで、本当に幸せなのかい?』と。私はもちろん、と言おうとしましたが……それは叶わず、自分の意思とは関係なく涙を流してしまう始末でしたわ。そこで初めて気付かされました。私は自分で思っているよりも……セシルのことが、その……好き、だったのだと…」

「……………」


 俺は彼女の言葉に、黙って耳を傾けた。

 彼女の言葉を聞き逃さず、自分の中で反芻する。なるべく、平静を装うように。

 そんな俺に、セーニャ様はさらに続けた。


「セシル。これは命令やわがままなのではなく、“お願い”です。断ってくださっても構いませんわ。というより、私は貴方に迷惑ばかり掛けて来ましたもの。最悪、貴方は表に出さないだけで、私のことは嫌いかもしれない…。そう覚悟もしております。その上で、もう一度……言わせてください」


 そう言って、セーニャ様は俺の前に立ち、掌を上に向けて差し出し、改めて言う。


「私と……お付き合いしてください」


 その時のセーニャ様の顔には、恋慕と、覚悟と、恐怖と……その他にも、様々な感情が入り混じった、複雑な表情を浮かべていた。

 俺は、そんな彼女に対して―――


「……………考える時間を、ください」


 俺は……相当な覚悟と勇気を振り絞ってくれたセーニャ様から、逃げとも取れる選択をしたしまった。

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