お嬢様から衝撃のプロポーズをされた日⑧

「只今戻りました」

「おー!待ってたぜセシル殿」


 屋敷へ戻ると、出迎えてくれたのは気色悪くニヤニヤしているオルガさんだった。

 薄々気付いていたが、この顔はやはり市場にブラックブルが無かったら俺が狩りに行くとわかっていやがったな?


「今度オルガさんのお食事に一服盛ってやりましょうかね?」

「おいおい、怖いこと言うなってセシル殿。俺がなんかしたか?」

「白々しいですよ、全く…。セーニャ様のお祝い事がなければ、旦那様にチクっているところです」

「はははっ。悪かったって。どうしてもブラックブルの肉を食わしたくてなぁ。ちょっとした願掛けも込めて」

「願掛け?何か特別な行事の予定などありましたでしょうか?」


 アイテムボックスからスケジュール表を取り出して、セーニャ様の直近の行事を調べてみる。

 剣の稽古、槍の稽古、花嫁修行、魔法の稽古、花嫁修行、サバイバル訓練、舞踏会、花嫁修行、俺との稽古、花嫁修行、ショッピング、花嫁修行、花嫁修行、花嫁修行多いなっ…。


 貴族令嬢なんだし、いずれどこかに嫁ぐことは決まっているが、こんなに花嫁修行ばかりして何になる?

 フォンバーグ家が貧乏貴族だった時ならまだわからなくもないが、伯爵となった今は使用人が全て賄ってくれる。


 だからわざわざこんなことしなくても……いやてか、それを抜きにしてもほとんどお嬢様がやるような物ではない殺伐とした予定ばっかだなこれ。舞踏会とショッピングくらいしかお嬢様らしいものが無いぞ…。今に始まったことではないが、改めてちょっとドン引きするレベルだ。

 そんな武闘派貴族だった憶えはないのだが?フォンバーグ家って。


「しかし、やはり願掛けするような予定も無さそうですね。もしや私が知らないだけで、お見合いのご予定でもあるのですか?」


 冗談混じりに笑いながらそんなことを言うが、オルガさんは「あ~…」と、明後日の方向へ目をやり誤魔化すような仕草をする。

 ……え?


「マジですか?あのお転婆我儘お嬢様にお見合い相手などいるのですか。今でこそ清楚が服を着てるかのような雰囲気を纏っていますが、恐らく心根は変わってませんよ…」


 この殺伐としたスケジュール表が良い証拠だ。


「いや、正確にはお見合いじゃないんだけどな……まぁ似たようなもんか。すまん、今の話しは忘れてくれ」

「えー…」


 なんじゃそりゃ。めっちゃ気になるんですけど。


「それよりも、ブラックブルだ、ブラックブル!早くしねぇと夕食までに間に合わねぇよ」

「それもそうですね。ここははぐらかされておきます」


 お見合いではないが、似たようなもの……もしかしてセーニャ様は、学院で好きな人でも出来たのか?

 だったらオルガさんの言ってることも納得だ。清楚な雰囲気を纏っているのも、それが理由だろう。

 セーニャ様もお年頃だもんな。恋が実るよう、あとで微力な祈りでも捧げておくか。


 厨房裏の解体部屋に行く途中、俺はそんなことを考えていた。

 ……祈るタイプの魔法ってあったっけ?


――――――――――――――――――――


 厨房でオルガさんの手伝いを少しした後、俺は旦那様の元へ帰還報告しに向かった。


「失礼いたします。旦那様、先ほど戻りました」

「只今ではなく、先ほどか~。先にオルガのところに行ってたのかな」

「はい。夕食の仕込みを短縮するのに、私の魔法も必要そうでしたので」

「うーん。それじゃあ帰宅の報告を後回しにしたことは、目を瞑るとしよう。おかげで美味しい夕食にありつけることだろうしね。……そうそう、オルガには私からキツく言っておいたから、今後は無茶なお願いは無いと思って良いよ」

「そうなのですか?」


 そんな様子は一切無かったが……なぁんだ。俺がチクる前にバレて叱られてたのか。ざまぁみろ。


「私は特段気にしていなかったのですが……いえ、ありがとうございます。旦那様…」


 気にしていないと言った瞬間、ブラック企業を嫌う旦那様の目が光ったので素直に感謝の意を示した。

 おー怖っ。さすが、自分の力で平民から男爵まで成り上がった、現伯爵家当主。圧が凄い。


 旦那様……エルヴィス・フォンバーグは、元平民の成り上がり貴族である。

 彼は自分の商会を立ち上げて、また一介の商人として男爵まで上り詰めた実績を持つ。

 当時は他の貴族から―――それこそ公爵家の人間からも一目置かれる存在だったそうだ。

 さらには美人な奥様も貰え、セーニャ様という子宝にまで恵まれて……まさに順風満帆な人生と言えるだろう。


 しかし。旦那様はとある大きな事業で大失敗してしまい、周囲の期待を裏切ることとなってしまったらしい。

 自分の店のほとんどを差し押さえられてしまい、残ったのは旦那様が駆け出しの頃に使っていた小さな商店のみとなったそうだ。

 一応と、国からはまだ利用価値はあると見なされたのか、爵位剥奪とまでは行かなかったそうだ。

 それからは貧乏貴族と、罵られることになるのだが…。


「よろしい。それにしても……ふふふっ」


 俺が少し萎縮した感じでお礼を言うと、旦那様は不意に笑みを溢した。


「? どうかなされましたか」

「いや。ちょっと昔のことを思い出してね。憶えているかい?君がクワイエットに、前の小さな屋敷に連れて来られた時のこと」

「ええ。もちろん。私が義父に連れられて、フォンバーグ家に仕え、同時にセーニャ様のお世話係りになったやべぇ日でございますね」

「あっはははははっ!確かにセシルからしたら、やべぇ日になったに違いないね」


 あの日から俺はセーニャ様のお転婆っぷりに振り回され、『オークキングを狩って来い』だの『ドラゴンの角を取って来い』だのと言われる日々が始まったのだ。ここまで激しい命令口調ではなかったけども。

 『まぁ、別に良いけど…』と断り切れなかった俺も悪いが、彼女が学院に通い始めるまで休みらしい休みはマジで無かったぞ…。


 ―――けれど。


「しかし、あの日々が無ければ……今の私はいなかったでしょうね」

「……そうかもしれないね。だが娘の我儘に付き合ってくれたおかげで、私が今の地位に就けてるというのは、なんとも複雑だね…」

「ブラック企業を嫌う旦那様が、ブラックな働きをした私の恩恵で伯爵まで上り詰める……ギャグみたいな話ですね」


 だからなのか、俺の給金は他の使用人に比べて凄く高い。

 ぶっちゃけここを辞めて旅に出て良いレベルで金が余ってる。


 『金が余ってるんだから仕方ないだろう』という迷言を何十回と言える自信もあるぞ。


「……そういえばセシル。今までセーニャのお世話もあって、敢えて聞いて来なかったのだけれど」

「はい?なんでしょうか」

「君も23と、もういい歳だろ。誰か好い人はいないのかい?」

「好い人……好きな女性がいるかどうかということですか?」

「もちろん。そういう意味で間違ってないよ」

「好き、ですか…」


 ぶっちゃけフォンバーグ家に多大な貢献をしたこともあって、平民から貴族まで多方面の女性から告白されたことは結構あるのだが、自分から好きになった人はいないな。

 そもそも今の俺は、彼女いない歴=年齢である。誰かと付き合いたいという欲が無いのだ。

 総じて誰かを好きになることはまず無いだろう。


「……いませんね。そういうことには興味無いので」


 だから俺は正直に答えた。恋愛には、端から無関心だと。

 俺の答えを聞いた旦那様は、ひきつった笑顔を浮かべ、「こりゃ大変そうだ…」とだけ呟いた。


 俺の恋愛事でどう大変なのか聞こうとしたが、聞く前に夕食が出来たとメイドから声が掛かった為、聞くことは敵わなかった。

 それと―――


「セ、セシル。私の隣に座りなさいな。ひ、久し振りに、一緒にお食事致しますわよっ」


 と、何故か緊張した様子のセーニャ様から命令されて、使用人の俺が一緒に夕食を食べることになった。

 その様子を、旦那様と奥様。そしてその場にいた使用人全員が、生暖かい目で俺とセーニャ様を見ていた。


 ……なんでそんな目を向けて来るの?

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