お嬢様から衝撃のプロポーズを受けた日⑤

 王都も見えなくなり、どっかの槍兵ランナーの如く綺麗なフォームで走り抜け続けて30分。

 既に俺は、ブラックブルが生息しているウミ平原に足を踏み入れていた。現在ブラックブルをこの足で捜索中だ。

 探索スキルのサーチというのがあるが、残念ながらここは魔物がいっぱいいすぎて、大まかに索敵することしか出来ないサーチは役に立たないのだ。

 サーチによる情報量で頭がいたくなったりするし。


 このウミ平原はウミなんて名前が付く通り(誇張された表現だが)、途轍もなく広い大平原だ。

 それ故に大小様々な魔物が生息している危険地帯となっている。もちろん魔物の強さもピンキリだ。


 平原の中心部に行けば行くほど危険な魔物がいるというわかりやすい仕組みなのだが、稀に平原の外側に中心部にいるような魔物が彷徨いていることもあるため、一般人はもちろん、下級と中級の冒険者が来ることはまずない。

 なので俺のようにブラックブルの肉を調達したい場合は、最低でもBランク冒険者……ゴブリンキングやオークキングなどを倒せるベテラン冒険者に依頼するのが一般的だ。

 理想はAランク冒険者が望ましい。


 なぜ王都から歩いて半日も、いや歩いて半日

しかない距離にこんな危険な平原があるのか。

 それは大昔に起きた大戦の影響だという話だ。『人魔じんま大戦』と呼ばれる、人と魔族による大戦争。

 このウミ平原の魔物たちは、その時魔族が操っていた魔物が住み着き、繁殖してしまった結果の産物だ。

 ちなみに今でも人と魔族の小競り合いは続いている。


 一見すると悪いことしかないように感じるが、どういう訳かここの魔物たちは平原から一歩も出ようとしないのだ。

 ただの野生動物のように、平和(?)な食物連鎖が垣間見得るだけである。

 特に人間に害がないのであれば、ここを攻略難易度の高い狩り場として利用しようということになったのだそうだ。


 どこの世界でも、人は昔から欲張りなようだ。リターンが大きければ多少のリスクは無視してしまう。

 俺としては、全部一掃してしまいたい気持ちがあるのだが、そんなことしたら国から何かしら罰を受けそうだし、やめておく。


「お!いました、ねッ!?……なんですかあれ?」


 平原の外周部と中心部の丁度間くらいを走り続け、俺はようやくと平原を移動中のブラックブルを発見したのだが、驚きのあまりその場で素早く匍匐ほふくの姿勢を取った。

 すかさず気配遮断という、隠密スキルを使って自分の気配を消した。


 ブラックブルの見た目は丸々太っているのように見えて、実はその下はお相撲さんのように力強い筋肉を保有している。

 体長は小さい奴でも3メートルを越えていて、そんなのが数十匹も群れを成していた。……パッと見た合計は30匹くらいかな?

 角はメスの方がやや小さいが、全員が湾曲した二本の大きな角を持っており、あんなもので突かれたらタンク職が身に付ける全身鎧でさえもいとも簡単に貫かれてしまうだろう。


 そんなブラックブルの危険度は単体でCランク。群れを成しているあの状態ではBランクの魔物とされている。

 基本群れで行動しているから、常にBランク判定のようなものだが。


 ……にしても…


「30匹を越える群れですか…。ブラックブルは確か、10匹程度で群れを形成するはずなんですがね?」


 ブラックブルは小さくて3メートルある化け物牛。つまりもっとデカイサイズが余裕でいるのである。通常で大体4、5メートルくらい。

 その巨体と天敵の少なさからか、群れとは言っても精々が10匹くらいの数の群れなのだ。だから三倍もの数の群れなんて普通ならあり得ない光景だ。


 しかし俺が驚いたのは群れの数もそうなのだが……実は発見した時から、ずっと目についているヤベェ大きさしてるのがいてだな。


「ファンタジーゲームに登場する亀みたいな大きさしてますね…」


 群れを率いるようにして、先頭をドスドスと歩くブラックブル……その大きさは、10メートルはありそうだった。


「……もはや単体でもAランク扱いですね、あれ」


 かなり長生きしたのか、それとも突然変異でもしたブラックブルの亜種的存在なのか……少なくともただのブラックブルだと思って掛かっては痛い目を見るだろう。


 俺は亜空間から一振の剣を取り出す。

 剣身は太めのやや湾曲した片刃の剣で、これといった装飾はされていない。通常の剣より重く作られた、片手剣以上、大剣未満といった点以外はシンプルな剣だ。

 ちなみに湾曲はしているが、刀と呼ぶには違和感を感じる為、俺的にはギリ直剣の部類に入る。


 これは以前お嬢様の“我儘”の最中に助けた、一人のドワーフから譲り受けた剣だ。

 しかし試作品だとかなんとか言ってたが、無銘の剣にしておくには勿体無いくらいの切れ味で、俺は結構気に入っている。


「まずはあのボス牛からですね。放っておくと後が面倒そうです」


 それに生態系を壊しかねない。真っ先に潰すべき存在であることは間違いない。


 俺は気配遮断を維持したまま、ボスであろう10メートルのブラックブルの上へ向かって走り、天高くジャンプした。

 気配遮断はあくまで気配を消すだけで、姿は消せない。草食動物たちと同じように広い視野を持ったブラックブルたちの視界には一瞬だけでも入っていたことだろう。


 だが俺には未だにクイックの魔法の効果が続いている。

 それに視界が広いと言っても、真上にまで視野は広がっていないはずだ。奴らはすぐには反応できない。


 ボス牛の真上を取った俺は、落下した勢いのまま首を切り落とそうと剣を振り下ろした。

 しかし---


ガキーン!


 ボス牛は剣に自信の角をぶつけて、俺の攻撃を防いだ。


「おっと?これは……」


 思っていた以上に厄介そうだ。


 俺は角を蹴って一旦距離を取った。

 ボス牛はなんとも逞しい顔付きで俺を睨んでくる。

 ……あれは確実に、戦い慣れている奴がする目だな。数少ない天敵から逃げて生き延びて来た訳ではなく、戦って生きて来た個体か?稀にそういうプライド高かったり、戦闘狂のような奴は存在するし、ありえなくはない。

 だが傷痕らしき物がないのが気になる。少なからずそういうのがあってもおかしくないはずだが…。


 仲間のブラックブルたちを守るようにして俺の前に立つボス牛。

 ボス牛は一つ咆哮を上げ、前両足で地面を踏み抜いた。


 一瞬、威嚇のようなものかと思ったが、それはとんだ思い違いだった。

 奴が踏んだ地面と、俺の足元から魔力の流れを感じた。


 危険を察知した俺はその場から飛び退くと、そこの地面が槍のように尖った状態で飛び出してきた。


「グランドランス!?あのブラックブル、魔法が使えるのですか!」


 普通ならあり得ない、魔法を操るボス牛に驚きが隠せない。

 グランドランスは土魔法の中でも、中級魔法に分類される強力な魔法。それを本来なら魔法が使えないはずのブラックブルが使うとか、常識が覆り過ぎてて混乱するわ。


「10メートルにまで成長したブラックブル……見た目だけでなく、中身まで大きく違いますか。久々に燃えて来そうな相手ですね」


 時間が許してくれるなら、じっくり観察してから倒して、冒険者ギルドにその情報を売りたいところだが。

 生憎こっちはマジで時間が無いんだ。


 ちょっとだけ……本気でやらせてもらうぞ。

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