お嬢様から衝撃のプロポーズを受けた日④

「お久し振りでございます、フィンさん。今日は西門で仕事していたのですね」

「ん? おー!セシ坊じゃねぇか。元気にしてたか?」


 西門に着くと門番をしている顔馴染みである、筋骨隆々の茶髪の中年男性に声を掛けた。

 すると向こうは俺の顔を見るやいなや、笑顔で肩を組んで来て嬉しそうにし出した。

 相変わらずでっかいなー。170ちょいの俺より頭二つ分くらい背が高い。


 彼はフィン・レオニダス。お嬢様の我儘を聞く度に顔を合わせて、自然と仲良くなった内の一人だ。

 フィンさんはここ『王都クルガン』の衛兵隊の隊長で、元騎士だ。どっかの隊の副隊長を勤めていた実績があり、ある日魔物討伐で足に怪我を負って退職したそうだ。


 しかしそれを含めて実力がやや衰えてはいるものの、そこらの冒険者や衛兵……さらには若手の騎士なんかよりもまだまだ腕は立つ。かつ副隊長という席を担っていて頭もキレると来たので、本人曰く王様から衛兵隊の隊長を勤めて欲しいとお願い・・・されたそうだ。


 命を下すではなく、お願いをする辺り、彼への信頼を伺えるな。


「はい。ここ数年、私はすこぶる元気にしていましたよ。セーニャお嬢様が学院に通われてからは、無茶なお願いはされなくなりましたので。働いていたはずなのに、長い休暇を頂いていた気分です」

「はっはっはっはっは!そいつは良かったな。それで?こんな中途半端な時間に王都の外に出るってこたぁ……久々の我儘か?」


 同情するような視線を俺に向けて、フィンさんは苦笑する。

 俺がお嬢様にいつも振り回されていたのは彼だけでなく、フォンバーグ家を昔から知る者なら誰でも知ってることだ。


 奥様が平民のママ友との話のネタにしていることもあって。


「いえ、今回は違います。お嬢様の為ではありますが、我儘なお願いをされた訳ではございません」


 しかし今回はお嬢様の我儘でもなんでもない。ただブラックブルの肉を楽しみにしているとは言っていたが、今の彼女なら市場に出てませんでしたと言っても、きっと今すぐ狩って来いだなんて言わないだろう。

 明日狩って来いくらいで済むはずだ。


 だけど今日はセーニャ様が学院を主席で卒業した、記念すべき日である。

 せっかく楽しみにして下さっているブラックブルの肉を持ち帰らなければ、俺の気が済まなくなっているのだ。


「そうですね……今回は個人的な我儘に近いと思います。セーニャお嬢様の学院卒業を祝いたい、私の」

「……ははっ。そうか。本当にお前はあのお嬢様のことが……いや、言うまい」

「?」

「そういうことなら、ここで駄弁ってないで早く出発した方が良いんじゃないか?何を獲ってくるのかは知らんが、執事服のままってことは結構急ぎなんだろ?」

「それもそうですね」


 久し振りに会ったからか、つい談笑してしまった。

 夕食まであと3、4時間程度。マジで急がないと間に合わない。


 俺の身元はハッキリしているが、形式上ちゃんと身分証明となるフォンバーグ家の、剣と槍と杖が交わっている紋章が描かれている短剣を見せて、外に出る。

 そしてそのまま街道は進まず、すぐに街道から大きく離れた。


「久し振りに全力で走りますし、念の為しっかり準備運動しなくてはですね」

「マジでか!?かなり急ぎなんだな。てことは……おーい!土魔法を使える奴を連れて来てくれー!」


 フィンさんのそんな声を聞きながら、柔軟体操をする。

 こんなことは数年前まで度々あったからか、もはや慣れっこな様子。ご迷惑お掛けします。


「では、行きますか。強化魔法レベル10 《クイック》」


 柔軟を終えて、俺は自身に強化魔法を掛ける。

 強化魔法を含め、一部の魔法には個別にレベルが『1~10』と存在し、魔法に込める魔力でそのレベルを調節出来る。

 まぁレベルの高い魔法を扱うには、魔力量だけでなく長い修練も必要なんだが……俺は産まれ持っていた固有スキルのおかげで、そういう修練は必要なかった。

 無理に強化された身体が壊れないように、ちゃんと身体を鍛える必要はあったし、魔力量も上げなければいけなかったのだが……その話はまた今度にしよう。

 

「あとは《プロテクション》も掛けておきますか」


 身体への負担を減らす為に、防御力が上がる強化魔法も掛けておく。こちらもレベル10だ。

 これなら一週間ぶっ通しで休みなく走るなんてことをしなければ、身体が壊れるなんてこともないだろう。


「それでは行ってきますね。ブラックブルが多めに獲れましたら、お裾分け致しますね」

「おう!……って、ブラックブル!?生息地まで半日先の所じゃねぇか。だったら何もそこまでの強化魔法を掛けなくても、セシ坊なら……」

「申し訳ございません。ご迷惑をお掛けしますが、もう本当に時間がないものでして……不安症気味な私としては、保険を掛けておきたいのです。では、失礼致します」


 俺はフィンさんにそう謝罪の言葉を残して、クラウチングスタートの構えを取る。

 フィンさんが慌てて傍を離れたの確認し、足に力を集中させて……思い切り地面を蹴った。


―――ドゴォーンッ!


 爆発音にも似た音を発たせて、俺は全力で駆け抜けて行った。

 俺がスタートした位置に、大きなクレーターを残して。


 これが、お嬢様の我儘を受けていた頃の俺が度々起こしていた、『エクスプロージョンクラウチングスタート』なんて呼ばれている迷惑行為である。

 ……いつの間にか王都の風物詩になってたらしいが、なぜ風物詩になったのか俺も知らん。


 なんか俺がこれを起こすと王都が潤うとかなんとかって噂を聞いた覚えはあるのだが…。

 まぁそんなことよりも、ブラックブルだな。


 俺は既にブラックブルの生息地まで、あと半分といったところまで走り抜けたところで、頭を切り替えた。


――――――――――――――――――――


「……久々のエクスプロージョンクラウチングスタートだな。アロエ。すまないが、使いの者を出してくれ。良い物が市場に流れ出そうだ」

「かしこまりました。……しかし話には聞いておりましたが、凄いですねあれ。知らなければ隣国が攻めて来たのかと勘違いしそうです」

「はっはっは!余も最初はそう思って、急ぎ戦の準備をしてしまったな。もう慣れた上に、あの爆発以外は特に悪いことも起きない。むしろその後は民にとっても、国にとっても良いこと尽くめだからな。縁起物として扱うことにしたのだ」

「そうなのですね。……それにしてもエクスプロージョンクラウチングスタートとは、なんともダサいネーミングセンスですね。一体誰が考えたのですか?」

「余だよ?」

「あ。通りでダサい訳ですね。納得です」

「泣くよ?ねぇ、ワシ泣くよ?」


 冠を被った壮年の男性と、スカート丈が異様に短いメイド服を着た見た目は若い耳が尖っている女性が、そんな会話をしていた。


「いくらもうすぐ定年退職だからといっても、好き放題言い過ぎやしないか?」

「それとは関係なく、昔から好き放題申してるではありませんか。私」

「うむ。とても不遜…」

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