お嬢様から衝撃のプロポーズを受けた日③
「八百屋さん。これはちょっと高過ぎるのではありませんか?」
「悪いね。うちも厳しくてな。その値段で勘弁してくれや」
「おや?それは聞いてた話と違いますねぇ。最近は何かと羽振りが良いそうではないですか。だというのに相場の1.5倍の値段で売るにはぼったくりじゃありません?」
「な、なにぃ!?なんでそんなこと知って……」
「ふふふっ。かつてはフォンバーグ家の家計を支えてた身ですから。これくらいの情報収集はお手の物です。それより世の奥様方には黙ってて差し上げますので、ここは7割引でどうです?」
「そんなことしたら商売上がったりだ!せめて3割、いや……4割引だ!」
「6割」
「……かー!わーったよ!?持ってけドロボー!」
「ありがとうございます。あ、領収書もください」
馴染みの八百屋の親父さんと恒例の値引き交渉を済ませて、ホクホク顔でその場を後にする。
いい野菜をそれなりに安く買えたら嬉しいよなって。もっと安く買い叩くことも出来たが、昔と違ってフォンバーグ家は裕福だ。
あれ以上意地汚く交渉することはない。
俺がフォンバーグ家でお世話になるようになった頃は、かなりの貧乏貴族だった。
当時は男爵という地位にいるにも関わらず、平民と同じような生活をしていた。そのせいで他の貴族からはよく馬鹿にされていたものだ。
だが貧乏貴族だったからこそ、平民の気持ちを人一倍理解出来る貴族でもあった。その為平民からの受けも良く、伯爵という高い地位を得た今でも平民に寄り添った政治を心掛けている。
なので……
「おー!フォンバーグんとこの執事じゃねぇか。うちの肉を買ってかねぇかい?良い肉が揃ってるよ」
こちらも昔馴染みである、肉屋の親父さんから声が掛かる。
俺は執事だから明確には違うが、このようにフォンバーグ家は平民から声を掛けられることもよくある。なかなか異質な光景だが、人気の証でもある為、こういうのも俺は良いと思う
確か前にブラックブルの肉を仕入れたのは、この肉屋だったな。
「お久しぶりです。そうですねぇ……ブラックブルの肉は置いてますか?」
「ブラックブル?……あ〜。そういや今日はセーニャお嬢様が学院を卒業されたんだったな。そのお祝いかい?」
「ええ。よくご存知で。もしかしなくても、うちの奥様が?」
「ああ。『うちの子が学院を首席で卒業するの〜!』って、ママ友(平民)と大きな声で話してたぜ」
相変わらず庶民感覚が抜けてない伯爵夫人だな。無防備が過ぎる。
護衛の人もいただろうから、別に良いけど。
「でぇ、ブラックブルだったな。生憎今は置いてねぇな。他の肉屋にも置いてねぇと思うぜ」
「やはりそうですか…」
ブラックブル。名前の通り黒い体毛の牛だ。
しかしただの牛ではない。体長は小さい奴でも三メートルは優に超える化け物牛、つまり魔物だ。
群れで行動しており、基本は臆病ですぐ逃げる性格をしている。しかし仲間のピンチとあらば根性を振り絞って立派な角で突撃してくる危険な牛だ。
普通の猟師なんかではまず捕まえられないから、魔物討伐のプロである冒険者が狩って来るのが普通だ。
だからブラックブルの肉が欲しい場合は、冒険者ギルドという施設に討伐の依頼をするのが普通なのだが……
「ブラックブルは確か、半日歩いた先の平原に生息しているんでしたっけ?」
「そうだな。だから冒険者ギルドに依頼しても、今日中にはとても無理だろうな。諦めて別の肉にしときな」
まぁ、普通はそうなるよな。でも……
『ブラックブルのお肉。楽しみにしていますわねっ!』
……セーニャ様があんなに楽しみにしているのに、買えませんでしたと報告するのは、俺の中ではもう無くなっている。
ではどうするか?
「……無いなら狩りに行けば良いのです」
「は?お前さん何言って…」
「すみません親父さん。その鶏むね肉と豚肉をください。5割引で。あと領収書も」
「お、おう。って半額かよ!?それはちと厳しいぞ…」
「ですが親父さん。この間奥さんに内緒で随分と綺麗な女性と……」
「持ってけドロボー!?」
「ありがとうございます」
ブラックブルの肉があったら買う時に利用しようと思っていた親父さんの弱みを使って肉を買い叩いた俺は、魔法で作り出した亜空間に買った物を全て放り込む。
この亜空間の中は時間が止まっている為、物の劣化を防いでくれるのだ。
村暮らしの頃から世話になっている、とても便利なスキルでございます。
「では、行くとしますか」
俺は街の西門を目指して歩き出す。
ブラックブルが生息する、平原へ向かう為に。
「ふふふふふっ。久方振りの狩りです。胸が踊りますね」
しかし夕食まで時間がない。さっと行って、さっと帰って来ねば。
時間との勝負だ。外へ出たら全力ダッシュは確定だな。
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