お嬢様から衝撃のプロポーズを受けた日②
「あぁ、セシル殿!ちょうど良いところに。少し頼みたいことがあるのだが、よろしいか?」
「ん?オルガさん……『殿』はやめてくれと言ってるじゃないですか。どうしたのです?」
ザ・コックな格好をした40代くらいの男性が、今日の仕事を終えて適当にボケ〜っとしながら屋敷内を見回っていた俺に声を掛けてくる。
彼はオルガ。フォンバーグ家専属の料理長だ。俺が小さい時から世話になってる内の一人だから、殿付けは勘弁願いたい。
「ははははっ。『フォンバーグ家の英雄』相手に、いつまでも坊主だなんて呼べんよ。それよりも、今日も仕事は既に終えてるんだろ?ちょっくら買い出しを頼めんか」
「構いませんが、他の使用人やお弟子さんたちは?」
「今お前さんくらいしか値引き交渉が上手い奴がいねぇんだよ。頼むよ、英雄様よ〜」
「英雄ネタもいい加減良してください…。わかりました。オルガさんの言う通り仕事が早く片付いて暇でしたので、ちょっと行ってきます」
「ありがたい!これリストな!頼んだぞ」
了承するとオルガさんは、買う物が書かれた紙を渡して厨房の方へ向かっていった。
……ブラックブルの肉?他の食材や調味料は問題なさそうだが……はて?今の市場に出回っているだろうか。
そんな不安を抱きながら自室へ財布を取りに行き、旦那様に買い出しの件を伝えて執事服のまま屋敷から出た。
「〜〜〜♪」
「ん?」
すると向かって右手の方の庭で、セーニャ様が楽しそうに鼻歌を歌いながら花壇のお花に水をやっているところが目に入った。
……一応、一言声を掛けてから行くか。
「セーニャ様」
「ひゃーーー!セ、セシル…。な、なな何かしら!?」
どうやら驚かせてしまったようだ。顔を真っ赤にし出した。
別に真後ろから話し掛けた訳じゃないんだけど、そんなにびっくりする?
「驚かせてしまい申し訳ございません。オルガさんから買い出しを頼まれて、一応お嬢様にも伝えておこうかと」
「そ、そうですのね。いってらっしゃい。……ところで、買い出しって何を頼まれたのかしら?」
「えっと。基本的な食材や調味料がほとんどですね。たぶん補充目的でしょう。ですがブラックブルのお肉だけは、難し……」
「ブラックブルですって!?」
ブラックブルの名前を口にすると、セーニャ様が興奮した様子を見せる。
彼女は昔からお肉が大好きだ。というより食べることが大好きなので、嫌いな物がない。野菜もしっかり美味しそうに食べるので、オルガさんはいつも作り甲斐があると喜んでいる。
「も、もしかして今晩は……」
「え、ええ…。恐らくセーニャ様の卒業祝いに、ブラックブルの肉を使うつもりなのかと。直接聞いておりませんので、違うかもしれませんが……」
「いいえ!オルガなら絶対ブラックブルのお肉を出すに決まっていますわっ!きゃー!ブラックブルのお肉なんて何時ぶりかしら〜!」
「一昨年にセーニャ様が誕生日を迎えられた時以来かと」
「もうそんなに経ちますのね…。はぁ〜、楽しみですわ〜」
「……………」
い、言えねぇ〜…。ブラックブルの肉が市場に出回ってるかわからないから、用意出来るか怪しいなんて言えねぇ〜!
だってこんなキラキラした笑顔を貼っつけて喜んでるんだもん。水差せねぇよ、こんなの…。
「うふふっ。そういえばセシルと初めて一緒に食べたのも、ブラックブルでしたわよね?」
「……そうでしたか?」
「そうよ。私自身も、ブラックブルのお肉を食べたのはその時が初めてでしたもの。よく覚えていますわ」
よく覚えているな、このお嬢様は。俺がフォンバーグ家に来た時は、彼女はまだ5歳になったかなってないかくらいだろうに。
「私にとって、セシルとの思い出はとても大切な物なのです。ですから、間違うはずがありませんわ」
「……………」
目が眩むほどに眩しい笑顔で言う彼女の言葉に、驚きで目が見開く。
知らなかった。セーニャ様がそんな風に思っていたなんて。
ここ数年は思春期もあってか、どこかツンケンした態度が目立っていたからそれがわからず、余計に驚く。
「ッ!?い、今のはちがっ、特に深い意味はありま……い、いえ!ありますっ!?」
それからセーニャ様はすぐに、自分が結構恥ずかしいことを言ったことに気付いて、否定しようとする。が、結局否定するのをやめた。
訳がわからず、俺は頭に疑問符を浮かべてセーニャ様の顔を見るが、彼女は顔全体を真っ赤に染めてぷるぷると震えるだけで、それ以降は特に喋らなかった。
「えっと……買い出しに行っても大丈夫でしょうか?」
「え、ええ!ブラックブルのお肉。楽しみにしていますわねっ!」
「は、はい。かしこまりました」
なんかいたたまれなくなって振り返って歩き出そうとしたら、密着しそうな勢いで迫られた。
……そこまで楽しみにされたら、何としても手に入れたくなってしまう。
俺は、セーニャ様が喜ぶ顔が好きだから。
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