幕間〈2〉 「シキ=ヒトトセ」

「……」


 黒い線が一瞬、すぐ傍を走り抜けたのを、女は見逃さなかった。

 直後に轟音と共に地面が抉れ、人々が悲鳴を上げ……二つ目の黒い線が、空に走る。

 空が黒く抉られた所で、いよいよ民衆は混乱に陥り、我先にとその場から逃げ出した。


 黒い傷痕からは、腐肉がぼとりぼとりと生まれ落ちる。

 それはやがてひとつの固まりとなり、世界を滅ぼす【獣】を産み出すのだ。



――これは、本来辿る『終末』とはまた異なる終わりの形だ。


 女は――シキ=ヒトトセは、胸中で吐き出す。


 椿という人形に抱えさせた、【終末】の〈式〉。

 その、発芽の兆しだ。


 椿は、世界の意識たる『彼女』に心の奥底で繋がっている。

 故に、彼女の憤怒や絶望は直接、『彼女の心』に流れ込む。



 そう言う風にシキは彼女を造り上げたのだ。



 故に、椿の心が感じ取る幸福や安寧は、『彼女』への慰めに。

 だが、憤怒や絶望は『彼女』の抱える絶望を加速させ、自死の念を爆発的に高める劇薬となる。


 一度目――まだ、繋がり自体が浅い段階で、国一つが吹き飛んだ。

 そして、これは二度目。

 椿と『彼女』を深く繋げた今。



 この世界は、間違い無く、終わる。



「どうせもう、何処にも逃げられんさ……」

 言ったところで誰の耳にも届かない。

 シキはふっと自嘲を顔に浮かべ、ポケットから取り出した煙草を口に咥える。

 そうして、〈式〉で指先に灯した灯で、煙を吹かせた。


「いよいよ、か……長かったな。我が作品ながらによく耐えた、と言ってやるべきか……」

 巻き起こる混乱の中で彼女はただ一人、静かに立ち尽くして空を仰ぎ見る。


 今は白衣を、身に纏っていない。

 寒さを凌ぐものは、コートとマフラーだけだ。


 綺麗に手入れされ、傷も曇りも存在しない眼鏡。

 生白い肌とどこか、疲弊を漂わせた表情。

 無造作に伸ばされた、薄い金色の髪を掻き上げながら、シキは目元を歪め、笑う。



「さあ、終章だ」



「どうか届けておくれよ、冬の子。私の、最後の未練を……」



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