第24話 フルーツミックス
「ごちそうさまでした! もうおなかいっぱいですー」
見事なまでに完食された食器に、キョウヤもおもわず笑みを浮かべる。
「いっぱい食わなきゃでかくなれねーぞ。おちびさん」
そう言ってからかうキョウヤにお決まりの返しをして、ツカサは返却口にトレーを返した。
ベルトコンベアに乗った食器が、ゆっくりと厨房の奥へと流されていく。
「さっきの検査で身長が五ミリ伸びてました! まだまだ成長期です!」
えっへん、と胸を張るツカサに、キョウヤは「よかったな」と言いながら、そばの自販機のボタンを押した。
ガコン、と音を立てて落下したパックジュース。それを彼は、自信満々に仁王立ちしたままのツカサに差し出した。
「わぁ、フルーツミックス! これ大好きなんです!」
ツカサのよろこびようは、いまにも飛び跳ねんばかりの勢いである。にこにこと笑みをこぼす彼女は、大事そうに両手でパックジュースを受けとった。
続けざまに違うジュースをもう二本を購入したキョウヤのうしろを、まるで子ガモのようにツカサがついていく。
長テーブルの間を歩きながら周囲を見渡せば、ピークを過ぎたとはいえ、食堂内はまだ休憩中の職員たちでにぎわっていた。中にはいまからランチタイムであるらしい真木や小畑の姿が見える。
「あー♡ こんにちはぁ」
鼻の奥から抜けるような猫なで声に足を止めると、テーブルをはさんだ先でエリカが二人に向かって小さく手を振っていた。その隣にはシュウの姿もある。
「おつかれさん。お前らも昼メシか」
「そうなんですぅ。シュウってばなかなか部屋に来てくれなくってぇ、こんな時間になっちゃいましたぁ」
そう言って、エリカはシュウの左腕に体を密着させる。
迷惑そうにエリカを一瞥するシュウの表情は、どうやら彼女には見えていないらしい。
食事中にしては過剰なくらいべったりとシュウに寄り添うエリカは、テーブルの向こう側で立ち止まったキョウヤとツカサの姿をまじまじと眺めていた。
「えーっとぉ、ツカサ、ちゃんだっけ? なんかぁ、歳が近いから仲良くしろって言われたんだけどぉ」
まるで狙いすましたかのように小首をかしげながら、エリカがツカサに向かって笑いかける。
「よろしくね♡」
だがツカサは、なぜかエリカの視界から逃げるようにキョウヤのうしろに隠れてしまった。
いつもの彼女ならば、持ち前の明るさで元気にあいさつを交わすところである。どちらかといえば社交的で、人見知りというわけではないツカサにしてはひどく珍しい行動だった。
――あー、昨日の出撃で揉めたんだっけか。
ツカサの彼女らしからぬ行動に思い当たる節を探して、キョウヤはひとり納得した。
おそらく目の前のエリカに対するハルとホノカの嫌悪感が、ツカサにも伝染してしまったのだろう。二人を姉のように慕っているからこそ、ツカサが影響を受けるのも致し方ない。
「わりぃ、ちょっと調子悪いみたいなんだわ」
キョウヤはさりげなくフォローを入れたが、エリカは一瞬で気分を害してしまったらしい。
不機嫌そうにムスッとしたまま、彼女はツカサを見下すように冷たい視線を送っていた。
長身なキョウヤのうしろでうつむいている本人にその表情が見えていないことがせめてもの救いである。
「今日はぁ、違う女の子連れてるんですね」
「……は?」
とたんに鼻で笑ったエリカが、今度はキョウヤを見据えて言い放った。
「やだぁ、とぼけちゃってぇ」一転、エリカは表情をなくして目を細める。
「あたし、見たんだから」
まるで犯行現場の目撃者であるかのように、エリカははっきりとそう口にする。
彼女はいったい、なにを見たというのか。
検討もつかない三人は、黙ってエリカの次の言葉を待った。
自分に注目が集まっていることに気分を良くしたのか、エリカはフフン、と鼻を鳴らす。
「昨日の夜、あなたがあのハルって人と仲良く同じ部屋に入っていくの。もしかしてぇ、朝まで一緒だったんじゃないのぉ?」
探るような笑みを浮かべて、エリカは下からキョウヤを仰ぎ見た。
「……だったらなんだ」
一瞬の沈黙を破ったキョウヤの言葉に、シュウとツカサはおもわず彼を凝視する。
当のキョウヤは、先ほどとはうってかわって冷めた目をしていた。
険悪な雰囲気が辺りに漂う。
「おいっ、それどういう」「おつかれさま」
思いもよらなかった事実に口をはさもうとしたシュウの言葉をさえぎって、落ち着いた声が割りこむ。
遅いランチをトレーに乗せたアキトが、のんびりとした足取りでキョウヤの隣で立ち止まった。片手でバランスよくトレーを持ちながら、彼はずり落ちてきたメガネの位置を直している。
「アキト、ハル知らねーか?」
シュウから視線をそらすことなく、キョウヤはアキトにたずねた。
先ほどまでの彼らの会話が聞こえていたのか、いないのか。
アキトはいつもと変わらず人の良さそうな笑みを浮かべている。
「ハル? 見てないけど、たぶんいつもの場所じゃないかな?」
「そっか、さんきゅな」
ならば向かうべき場所は決まっている。
キョウヤはきびすを返すと、まっすぐに出口へと歩を進めた。
「あっ、キョウヤさ」「ツカサ」
おもわずキョウヤを呼び止めようとしたツカサを、アキトの声がやんわりと引き留める。
「ごめんね。ちょっとトレーニングメニューについて相談があるんだけど、いいかな?」
有無を言わせぬアキトの言葉尻に、彼女は小さくうなづくしかない。
足早に小さくなっていくうしろ姿を、ツカサは切なげなまなざしで見送っていた。
両手で持ったパックジュースが、少しだけぬるくなったような気がした。
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