第3話 カノジョ
「よかったぁ♪ シュウがみつかって!」
そう言って己を見上げる
――あんのバカ! なぁにが、「妹には黙っとくから安心しろ!」だ。しっかり口すべらせてんじゃねぇか。
心の中で友人に悪態をつくも、あとの祭りである。へらへらと苦笑いしながら、大して悪びれる様子もなく謝る友人の姿が容易に想像できた。
「シュウってば、なぁんにも言ってくれないんだもん。エリカはシュウのカノジョなんだよ? 隠しごとはなし、って約束したのにぃー」
「はいはい、悪かったよ」
けっして豊かとは言いがたい胸をぐいぐいと腕に押しつけてくるエリカに対して、シュウはめんどくさそうに空いているほうの手で自身の後頭部を掻いた。
「もぉー、なんでエリカに教えてくれなかったのぉー?」
辺りに反響した甲高いエリカの声に反応して向けられた周囲からの視線が痛い。誰かが舌打ちしたような気がしたのは、きっと気のせいではないだろう。
「あー……、なんかバタバタしてて忘れてた」
「もぉー、シュウってばおっちょこちょいなんだからぁ」
まさか本人に向かって、「関係を自然消滅させようとしてました」などと言えるはずもない。
シュウは当たりさわりのない返事をして、放置されたままのエリカのスーツケースを指さした。
「つーか、あの荷物なに?」
「えー? なにって、エリカも一緒に行くの♡」
「は? なんで?」
「なんで、って……。だってエリカ、シュウと一緒にいたいもん!」
頬をふくらませるエリカの主張に、シュウは頭をかかえたくなった。
「…………はぁ~、お前さぁ……」
それがどういうことなのか、己のカノジョを自称するこの女は理解できているのだろうか。
「いまからでも遅くねぇから、お前は家に帰れ」
「いや!」
「帰れって。兄貴にはオレから連絡しとくから」
「ぜったいに帰らない!」
「っ、遊びに行くんじゃねぇんだぞ!?」
「わかってるもん!」
「最悪、死ぬかもしれねぇんだぞ!? わかってんのか!?」
「もう決めたの! エリカも一緒に行く!」
かたくなに言うことを聞こうとしないエリカに、もはやシュウも観念するしかない。こうなってしまった以上、聞く耳を持たない彼女を説得するのは至難のわざだ。
「……っはぁ~。ったく、もう好きにしろよ。オレは知らねぇからな」
「えへへっ、シュウならわかってくれると思ってた♡ シュウもエリカと一緒にいたいでしょ?」
「はいはい。わかったから、とりあえず離れてくれ」
「えー、だってエリカ寒いんだもん」
「知るかよ。んな格好してっからだろ」
突き放すようにそう言えども、エリカはシュウの利き腕にしがみついたまま離れない。
ここぞとばかりにすり寄ってきた彼女の、甘ったるい香水のにおいが鼻についた。
――苦手なんだよ、このにおい。
惜しげもなく露出されたエリカの肌を視界に入れながら、シュウはもはや、ため息をつく気にもならなかった。
くすんだ緑色をしたマイクロバスは、予定の時刻を少し遅れて現地に到着した。
躊躇なく空き地に乗り入れたバスは、地面のくぼみにタイヤをとられ車体を揺らしながらも、慎重に向きを切り返している。
「ねぇ、迎えのバスって、アレ?」
ピンク色の派手な爪でバスを指さすエリカに「そうなんじゃねぇの?」と返せば、彼女はどこか落胆したように息を吐き出す。まさかリムジンが迎えに来るとでも思っていたのだろうか。
「なんかさぁ、『軍隊』ってかんじじゃないねー。あんなので戦うの?」
リムジンではなく戦車のほうだったかと思いながら、シュウはいまいち認識にずれがあるエリカの言葉にため息をついた。
「んなわけねぇだろ。だいたい、民間組織なんだから軍隊でもねぇし」
「ふーん」
あきらかに熱の冷めた声色でスーツケースのふちをなぞりはじめたエリカに、シュウはそこはかとなく嫌な予感がした。
「……お前、ちゃんと募集要項読んだ?」
「知らなぁーい。シュウがいるなら大丈夫かなって」
案の定である。この調子だと、ちょっと遊びに行ってくるくらいのノリで家を出てきたのだろう。
「……お前の親に、なんて説明したらいいんだよ」
「なにが?」
「……はぁ~、なんでもねぇよ」
エリカに知られたくない一心で友人にもくわしく話さなかったことが、こんなところで裏目に出るとは。シュウの行き先が志願兵みたいなものだと知っていれば、さすがの友人も妹を止めただろうに。
――逆に、あんな少ない情報でよく突き止めたよな。オレもスカウトされてなきゃ、こんな組織があるなんて知らなかったし。
友人に話したのは、就職先が決まり町を離れること。民間とはいえ、そこが国の委託機関であることくらいだ。
とはいえ、状況的にあまり連絡が取れなくなるかもしれないと言及したのは失敗だった。なんだかんだ妹に甘い友人は、ついそのことを心配して口をすべらせたのだろう。
そのせいで、シュウはエリカとの関係を切る口実を失ってしまったのだから。
――オレに直接聞いてもはぐらかされるって、こいつはわかってたんだろうな。
さすが、「シュウのことならなんでもわかるもん♡」と豪語するだけのことはある。
シュウの胸に背中を押しつけ、「寒い寒い」と言いながら腕の中に収まろうとするエリカのつむじに向かって、シュウは小さく息をついた。
「ねぇシュウ。あの人たちも参加するのかなぁ?」
強制的に前に回された腕をほどこうともせず、シュウはエリカが指さす方向を見遣る。
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