第33話 練習3
「……練習しましょう。雀君」
鈴華さんは、明らかにテンションが低かった。
「うん、それで、どっちがどっちするの?」
「うーん、私が内側が良いと思うわ。どっち周りかしら?」
シンプルにこれで伝わった事に驚いた。
「分からないです。」
「じゃあ、私の右足と雀くんの左足にしましょう。理由は何となくだわ。」
「じゃあ、そうしましょう。」
そう僕が言うと鈴華さんは、僕の手から鉢巻きを奪い取り、隣に遣ってきてしゃがんだ。
「では結びますね。」
「ありがとうございます。」
「感謝は大丈夫だわ。雀君結ぶの下手くそそうじゃない。」
「失礼ですね。普通ですよ。」
凄まじい偏見だった。紐を結ぶぐらい余裕である。
「そうね。そう言うことにしておくわ。」
鈴華さんは笑っていた。
「何で、僕が強がり言ってるみたいになってるんですか。」
「ふふ、では、走る前に掛け声を決めるわ。」
鈴華さんは、結び終えた後で、こっちを見た。
「1,2,1,2で良いんじゃないですか?」
「嫌よ。私は練習したくないのだからもっと無駄話をしたいわ。」
鈴華さんは、やる気を失っていた。いや、まあ僕も運動はしたくないけど。
リズムが良いやつでしょ。
「……殷、周、秦、漢、三国、晋とかですか?」
「そうね。それは良いわね。他には?」
鈴華さんは、無表情でそう言った。足が結ばれていていつもより顔が近くて少しドキドキするが、そのドキドキよりも無茶ぶりによる同様のドキドキがヤバかった。
「他?えっと、他?えっと、イーアルサンスー」
「なるほど、それも良いわね。それで他には?」
鈴華さんは無表情でそう言った。
「悪魔かよ。えっと、ワンツー、ワンツー」
「普通ね。」
普通だけどさ、うーん、この。ふっ。
「じゃあ、鈴華さんが案出してくださいよ。」
「ふっ、」
鈴華さんは、そう言って小さく笑っていた。
「何ですか、その不敵な笑みは」
「全く何も思いつかないわ。」
鈴華さんはドヤ顔でそう言っていた。可愛いけど、そう言うことではない。
「ドヤ顔しないでくださいよ。」
「まあ、そろそろ練習しましょう。ふざけてないで、雀君」
「何で、僕だけふざけたみたいになってるんですかね。」
「世の中不平等なのよ。」
鈴華さんは、笑いながらそう言った。残酷な現実だった。
「そんな真実知りたくないんですよ。」
「それで、そもそも、二人三脚は普通、どっちの足からスタートするものなの?」
考えたことないが、外側の足か、結ばれた内側の足か。まあ、内側の方かな?始まりのタイミング合わせやすそうだし。
「……内側ですかね。」
「結んでる足ね。分かったわ。それじゃあ、肩を組むから、雀君、背骨何本か抜いてくれる。」
鈴華さんと多分肩は組めるが、なんか凄い鈴華さんが大変なことになりそうだ。
いやよく考えたら、別に肩を組まなくても良いのか?とりあえず、僕が身長を縮める案は却下だった。
「嫌ですよ。頑張って腕を伸ばしてください。鈴華さん」
「……二人三脚に向いてないわね。まあ、肩を組まなければいいのだけど。そもそも歩幅が違うわ。」
「……二人三脚で走るより、僕が鈴華さんを持って走ったほうが速そう。」
それは、もう二人三脚ではないけどね。
「いくら私が軽くても無理ですよ。雀くんのその腕だと折れるわよ。」
「僕、そこまで脆くないですからね。」
「分からないわ。カルシウム不足かもしれないわ。」
カルシウム不足ね。
「……そうかもしれないので、一旦、ほどいて、牛乳を買いにいきましょう。」
カルシウム不足だと思わないが、練習はもうしたくなかった。
「そうね、練習したいけど仕方ないわ。」
鈴華さんは、笑顔でそう言っていた。凄く嬉しそうだった。
「行きますか。」
練習は1秒もしてなかった。まあ、こういう日もある。
「ねえ、雀くん。誰かに見られてない?」
コンビニ向かって歩き出した時に、鈴華さんがそんなことを言った。……手紙の件があるからな。全然僕は、見られている気がしないけど。
「そうですか?まあ、でも、帰りは、鈴華さんの家まで送りますよ。」
「ありがとう。雀くん。…良い練習になったわね。」
鈴華さんは、今日一番の笑顔でそう言った。
「そうですね。」
二人三脚の練習は全くしていなかった。まあ、練習をしようとしただけでも立派な練習だろう。
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