第16話 本屋

「ねえ、雀くん。」

本屋でしばらく本を見ていた春野さんが急に立ち止まって、こっちを見た。


「何ですか?」


「本を買ってあげます。」

彼女は無表情でそう言っていた。


「何でですか?」

唐突過ぎた。


「お礼です。本当は、本以外のものも考えたのですが、私は本しか分かりません。」

まあお礼を断る謙虚さも必要だが、与えられる感謝の気持ちを受け取るのもありか。


「ありがとうございます。」

それに本は欲しかった。


「ふっ、では、何を買うか一緒に考えましょう。」

彼女は小さいそう笑った。


「…お勧めの本とかでいいですよ。」


「分かったわ。六法全書ね。」


「……要らない。」

僕に六法全書を渡されても凶器ぐらいにしかならない。


「わがままね。日本書紀とかにしておきましょうか?」

春野さんはご機嫌に笑っていた。なんか上機嫌だった。


「売ってないでしょ。もっと普通の本が物語が良いです。普通の本なら、まあ鈴華さんが選んだものなら、何でもいいですよ」


「それが一番困る。」

彼女はジッとこっちを見ていた。


「そんなものですか?」


「ええ、そうよ。だから、モテないのよ」


「何がですか?」

唐突にディスられた。何がだよ。


「君は?何が食べたいって聞かれても何でもって答えるでしょ。」


「……まあ」


「それが、ダメなのよ。」

春野さんは、上機嫌に笑いながらそう言っていた。再び、ディスられた。


「でも、君、嫌なもの言われたら断るでしょ。」


「確かに、まあ冗談はおいておいて、選んで来るは。」

彼女はそう言うと僕に手を振りながら本屋の中を歩き始めた。


「じゃあ、僕は、待ってます。」


「そうして下さい。」



僕は店の中にいても邪魔なので、本屋の外で待つ事にした。


「あの……」

知らない人に女の人に声をかけられた。顔は見たこと無い人だった。


「うん?僕ですか?」


「ええ、春野 鈴華はやめておいたほうが良い」


何が?うん?ああ。春野さんに逆恨みしてる人か。面倒な人が来たな。

「……ああ、なるほど。理解しました。でも僕が決める事なのでさようなら。」


「…あの女は最低なのよ。あの女は人の彼氏を誘惑して……それで、その気にさせておいて、私の彼氏をフッたのよ。」


「シンプルに何を言っているか分からない。」


「だから、」


「言っている内容じゃなくて。そもそも、君の彼氏?元彼氏?が君を見捨てて、なんか勘違いして、鈴華さんに告白してフラれたってことでしょ。まず、恨むべきは、何があってもその君の元彼でしょ。」

何だこの人、本当に成志さんだけでもややこしいのに、マジでこいつのせいでもっとややこしい事になってる。本当に。


「………それは、あいつが誘惑したから。」


春野さんが誘惑?それは無いでしょ。そんな事しないでしょ。誘惑する春野さん……無理でしょ。

「そもそも、鈴華さんが誘惑って。ないでしょ。君の筋違いの逆恨みでしょ。」


「……あいつは」


「そもそも、知らないほぼ不審者の君と鈴華さんどっちを信じるかって自明でしょ。」

まあそもそもそう言う問題ですら無いけどね。


「……」

急に黙った。何だよこの人。


「それで、何でここに僕がいるって分かったんですか?」


「……」

ああ、答えないし、喋らない。でも、絶対なんかあるじゃん。怠いな。


「まあ、良いですよ。では、失礼しました。」

ここにいても目の前の人が何かを喋る気がしなかったし、まあ気まずいし。店の中に戻ってまだ本を探してるかもしれないけど、春野さんの元に向かう事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る