最終話 『マコ』 4/4

「え……?」


 促しておいて、全く予想外のことを言われてポカンとしてしまう私。

 マコはボロボロこぼす涙を拭うことなく、喚くように言葉を続けた。


「私だって、ううん、私の方が先に、アリサのこと好きだった。友達とか、親友とか以上に、アリサのこと好きだったの!!!」

「でも、そんなそぶりなんて全く……」

「隠してたに決まってるじゃん」


 すごく間抜けな感じになってしまっている私に、マコはぶっきらぼうに答えた。

 私の気持ちに気付いていた彼女にとって、私はさぞ滑稽なんだろう。

 気持ちがバレバレだった私と、気持ちを隠し通していたマコの違いはとてつもなく大きい。


「でも、でもそれなら。私の気持ちに気付いてたなら、そう言ってくれたら。そしたら、私たちはもっと……」


 あの頃から私たちは、もっと違う関係になれてかもしれないのに。


「そんなこと、できるわけないでしょ」


 けれどそんな私の空想はマコにバッサリと切り捨てられた。

 今になってお手拭きで涙を拭い、マコは鼻を啜りながら続けた。


「アリサは違うだろうけど、私は女の子しか好きになれないの。昔からそうだった。でもそれってすごく大変なことなんだよ。多少マシになって今だってね。だから私は、アリサをそれに巻き込みたくなかった」

「そんなこと、でも……」

「そんなの勝手だって言いたい? でも私はそれくらいアリサが好きだった。アリサを守りたかった。アリサには、私以外の幸せを見つけて欲しかったの!」


 言葉が出なかった。私よりも遥かに先を見据えていたマコの気持ちに。

 如何に自分が幼稚で愚かだったか、まざまざと思い知らされてしまって。


「私は、アリサの親友っていう特別で満足しようと思った。時間が経てばアリサの気持ちも変わって、もっと普通に人を好きになるだろうって思ったから。環境が変われば、いつかはそうなるだろうって。だから……」


 だから進学後のマコは私と距離を取っていたんだ。

 もしかしたら元々、そのうちフェードアウトしようとしていたのかもしれない。


「本当は喧嘩別れなんてしたくなかった。でも、私は必死にアリサを諦めようとして、別のことに目を向けたり恋人を作ったり、一生懸命変わろうとしてるのに。それなのに、アリサはいつまでも……だから、だから……!!!」


 だから、わざと亀裂の入ることを言って、喧嘩して、別れた。

 全部私のために、私を守るために、私に自分を忘れ去らせるために。

 それなのに私は、マコのことをいつまでも引きずって、何も変わらずにこの十年を生きてきた。


「私あれからもずっと、変わろうとしてきた。新しい恋をしようと努力して、でもダメダメで。人生も色々上手くいかなくって。それでも、アリサがいなくても生きていける自分になるために頑張った。それなのに、アリサに会っちゃったっ……!」


 私だってあれは意図していなくって、本当に偶然の産物だった。

 けれど、私自身としてやってきた私に出会ったマコの衝撃は、きっと私の比じゃなかったはずだ。


「私がこういうことしてるの、知られたくなかった。だから最初は必死に誤魔化して。でもまたアリサは私を指名してきて、どうしたらいいのかわからなくなって……」


 またポロポロとマコのまぶたから涙がこぼれる。

 それを拭ってあげたかったけれど、私にそんな資格はなかった。


「でも、『私』と会う時のアリサは本当に楽しそうで、幸せそうで。昔アリサといた時と同じで、すごく居心地が良くて。思うようにいかない今の人生を忘れられて。気が付いたら、何度も会っちゃってた。今回で最後って、毎回そう思いながら、次に会えるのを楽しみにしてた」


 私と同じだった。マコも同じだったんだ。

 私と会うことにかつてを重ねて、輝かしいあの日々を思い起こしていた。

 この苦しい人生の希望にして、必死に生きていたんだ。

 もしかしたら私なんかよりもよっぽど。


「アリサに『私』を気に入って欲しくて、これからも会ってほしくて、頑張ってアリサが好きな『私』を演じた。アリサが見ていた私を、望んでいた私を、演じ続けた。でもいつの間にか何が正しいのかわからなくなってきて。気が付いたら、あんなことしちゃった……」


 それは、この間の旅行での夜のことだ。

 あれはマコなりに、私が望むマコを体現してくれた結果だったんだ。

 マコを好きでいた私が願うであろうことして、『マコちゃん』を好きでい続けてもらおうとしていたんだ。


 本当に私は何も見えていない。何も気付かない。

 自分のことしか頭になくて、自分のことか考えられていなかった。

 こんなにすぐそばに、私のことを必死に考えてくれている人がいたのに。


「それでも私、ああなってちょっとホッともしてた。もう迷わなくていいって。一度突き放したアリサを求めて、無理をしなくていいんだって。だってあんなことあったのに、またアリサが『私』を呼んでくれるなんて思わなかったから。だから……!」

「だからまた、自分から引き剥がそうとしたんだね。十年前のあの時と、同じように」


 私がようやく理解すると、マコは俯きながら小さく頷いた。


「今回のことで改めてよくわかった。私の好きとアリサの好きは違う。アリサの好きは親友の延長上だけど、私の好きは性的なものだから。同じ友情以上の好きでも、意味が違ったんだよ」

「…………」


 その言葉がなぜかとても深く胸に刺さった。

 好きの意味が違う。それは、私が全く理解していなかったものだから。

 私の好きは友達以上のもの。これは恋だと思っていた。

 でも同じ恋だとしても、私とマコでは本質が違った。そういうこと。


 きっと私の気持ちは、マコから見たら子供の遊びのようなものだったのかもしれない。


「だからアリサ。もう、本当に終わりにしよう。ね? 私たち、上手くいかないよ。これ以上どうにもならない。一緒にいたって傷付くだけだよ」

「マコ…………」


 私とマコは親友だった。

 お互いがお互いのことを一番に思っていて、かけがえのない存在だった。

 だからこそ私はマコにしがみついて、だからこそマコは私を突き放した。

 私は自分のために、マコは私のために。

 正反対すぎて噛み合うはずがない。


 何が合っても、あの楽しかった日々がなくなるわけじゃない。

 でもこうして傷つけ合って破綻し続ければ、過去もまた壊れていく。

 あの素晴らしい日々が、痛々しい記憶になってしまう。マコはきっとそれを恐れている。

 私と想いを遂げることよりも、あのかけがえのない日々が色褪せないことを望んでいるんだ。

 それほどまでに、私たちにとってあの時間は大切なものだったから。


 でも、それでいいのかな。それが一番いいのかな。

 傷つかない道を選んで、少し我慢すれば苦しくないからって、希望を捨てることが本当に最善なのかな。

 私もかつて変化を恐れたり、事実から目を瞑ったりしたけれど。

 でもマコがしていることも、ある意味現実逃避なんじゃないの?


 私たちは、あんなに一緒にいてお互いのことが大好きだったのに。

 全くといいほど向き合っていなかったんだ。


「私は、そうは思わないよ、マコ」

「どうして? アリサだって辛かったでしょ? 傷付いたでしょ? 一緒にいたら、きっとこれからも私たちは……」

「そうかもしれないけど。でももう私、後悔したくない」


 涙でぐずぐずのマコは、化粧が崩れて酷いものだった。

 それでもやっぱりここにいるのは、私のマコだった。

 昔とどんなに変わったって、やっぱり。


「向き合うことを恐れて、傷付くことを恐れて、踏み出すこと恐れて。そうやって後悔するのはもう嫌なの。私はもう、マコを失う悲しみを二度と味わいたくない」


 この十年、私の人生はどん底だった。

 苦しくて、生きている意味を見出せなかった。

 それは仕事の厳しさや、社会の無情さのせいだけじゃなくて。

 マコに対して向き合うことを諦め、目を背けてきた後悔からだった。

 あんな喪失感を、絶望感を、また味わうのはもう御免だ。


「今までの私を許してとは言わない。私もマコを許せないところはある。でも、それでいいんじゃないかな。許せなくても、それでも好きなら」

「でも言ったでしょ? アリサの好きと私の好きは違うんだよ。一緒にいたら、きっとアリサは嫌な思いを……」

「違ったっていいんじゃないかな。それでも好きなのは同じなんだから」


 冷静で不動だったさっきまでの姿はもう全くなくて、マコは小さく弱々しく、臆病に震えている。

 そんな彼女に、私は強く言い切った。それでも良いと。


「確かに、私たちの求めるものは全てが同じじゃないかもしれない。すれ違うことだってきっとたくさんある。でもその痛みはきっと、離れるよりは辛くない。ううん、二人ならきっと乗り越えられるから」

「アリ、サ……」


 涙をたくさん溜めた瞳が私に縋るような視線を向ける。

 私はしっかりと頷いて、そんなマコの手を握った。

 小さく弱々しいその手は、震えていた。でも、私も震えているから。

 きっと合わせれば、この震えも消える。


 私は間違えた。私たちは間違えた。

 失敗をして、傷つけ合って、たくさん泣いた。

 それでもこの気持ちを諦めなきゃいけない理由にはならない。

 私たちは、幸せになろうとして良いんだ。


 私は本当にバカだ。笑えない。嗤われても仕方がない。

 ここまでのことがないと、こんな簡単なことにも気付かないんだから。

 でもやっと気付けた。気付くことができた。大切なものが何かに。やっと。


「アリサ……私のこと、許してくれるの……?」

「ううん、許せないかも。今すぐには、少なくとも。でも、それはマコだって同じでしょ?」

「う、うん……」

「だから、今更こんなことを言う私のことも、許さなくたって良いよ」


 私たちは傷つけ合ってきて、きっとこれからもそれは続くかもしれない。

 でもそれでも良い。その傷を、この気持ちがきっと埋めてくれるはずだから。


「マコ、あなたが好き。愛しているの。前から、ずっと」

「私も、大好き。愛してるよ、もっと前から。アリサ」


 これは回り道をし過ぎた私の二回目の恋。

 バカな私はまた失敗するかもしれないけれど。

 でも今回は一人じゃないから、きっと大丈夫。


 マコとした二回目のキスは、オレンジティーの味がした。




【了】

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『マコ』-アラサー社畜女子は高校時代の親友に二度目の恋をする- セカイ @sorariku0626

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