最終話 この先もきっと。
戻って来た私の目じりが赤くなっているのに気づき、母が声を掛けてくれた。
「恵、大丈夫?」
安心する声だ。なんだかずっと聞いてなかったみたいに、響く様に聞こえた。
「うん。大丈夫。私さ。今、帰った。もう行かなくていってさ。いい意味だよ。」
目尻から浮き上がる水滴を拭きとり、卒業したことを暗に伝えた。惰眠曰く、ゲストに必ずしも旅立ちが発生するわけではなく、母もそれに該当するらしい。よって、母も用はないのだ。
「ついに何かを見つけられたんだな。今日は焼肉にでもするか。」
今度は父が声を掛けてくれた。すっかりここでも馴染み、仕事も行えてる。職場は意外と近かったらしく、毎日雄三の元へ車で出勤しているそうだ。
「ダメよ。今日はトマトを使わなきゃいけないの。明日にね。」
母はキッチンから父に注意した。何でもない、だけど大切な日常だ。私はクスリと笑ってしまった。
「そういえば美香は?出かけていい?」
今日は休日なので美香も居るはずだ。今日は記念日、話したい気分だった。
「上に居るんじゃないか?夕食には間に合わせろな。」
父にそう言われ、私は階段を上がっていった。今思えば、美香が手紙を拾って来たんだっけ。あれも運命なのかな。
「あ、美香。今から散歩行きたいんだけど、一緒に来てくれない?」
ちょうど廊下に飾ってあったコルクボードを整理していたので、私は声を掛けた。
「ん?いいよ。外暖かいかなあ。」
私の顔を見るや否や何かを感じ取り、妹は了承してくれた。
外は夕日が照り、風は心地よく吹き、それが通る音も、気候も爽やかだった。前に美香と歩いた道を辿り、思いを馳せていた。深緑だった木々は桜をつけて散り始め、道を彩っていた。
「ここ、夕日が綺麗ね。丁度自販機もあるし、ベンチでどう?」
歩いていると、公園から見える夕焼けが赤々とし、心に染みる程に綺麗で、私はそれに惹かれてしまった。人もおらず聞こえるのは虫の鳴き声くらいで、良い立地だった。
「エモいね。いいじゃん。」
妹も微笑み、公園のベンチに向かっていった。私はジュースを両手にそれを追い、二人でベンチに腰掛けた。
「姉ちゃん、最近明るいから安心した。」
プルタブを開け、美香は独り言のように言った。
「うん。今日が記念日だった。前言った理想に渇望しているのは変わらないけどさ、幸福の形がしっかりと見えたの。それを追っていれば、きっとそれなりには生きられるなあって。ありがとうね。美香の言う通りだったよ。この手にあるのは収まりが良い。」
私も缶を開け、夕焼けを見ながら言った。
「そう?良かった。きっと報われたんだね。あたしも変われてよかったよ。また辛いときは言ってね?そして、あたしも思ってるよ。ありがとう姉ちゃん。」
そう言うと美香は、砂漠にでも行ってきたのかと思う勢いでジュースを飲みだした。
「わかった。美香もだよ?私たちはきっと、世界一の体験をしたよね。今でも夢だったって疑っちゃうくらいの。それは一通の手紙から始まった。なんて小説でも書けるんじゃない?」
きっと、いや、普通なら絶対に起こりえないことを私たちは体験してきた。それがしっかりとした現実だという事は忘れようもないのだが、あまりにも神秘的過ぎて、ふとした瞬間に消え行ってしまいそうだった。
「まあ、これからは自分たちの手で変えることも必要だね。だから夢でもいいな。」
妹は前を向き、進む姿勢を私に見せた。そうだ。私たちはただ運命が何かを変えてくれるだけじゃなくて、自分たちで何かを変える力を手にしたんだ。夢みたいな体験は、思い出だけでなく、生きる喜びを残してくれた。それは夢でも、力になった。
「そうだね。帰ろっか。明日は焼肉だってさ。」
暫くここの眺めに浸った後、私は美香にほんのちょっと寄り添い、美香もそうしてくれた。夕焼けが私たちの影を作り、それが伸びていく。空はこんなにも美しかったっけ。
「まじ?やった~。食べるぞー。」
妹は喜び、伸びをした。
「明日だって。気が早いな~。」
私は多分、これからたくさんの苦労を超えなくてはいけない。でも、今はそれが輝いて見えた。幸福。それだけで人は強くなれるんだ。
日が沈もうとする坂道、私と美香はなにも言わず並んで歩いていた。
「あ、恵。変な手紙?みたいなの拾って。招待状とか書かれてるんだけど、警察に届けるべきかな?」
登りきると奈々がおり、困った様子でこちらに問いかけてきた。手には何とも怪しい、魅惑の招待状があった。私と美香は笑いながら顔を寄り合わせた。
きっと報われるから aki @Aki-boring
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