第14話 見つけた

 時間が経つのは早いもので、私が新たな道を選んでから、もうすっかり年を跨ぎ、春になった。私が夢を追う事を理由に当分は館に身を置くことを両親も許してくれた。勿論、現実で出来ることは疎かにしないつもりだが。目まぐるしく環境が動いていた私たちだったが、それなりに私には時間が必要だったみたい。案内にも慣れてきた。あの場所の性質上、否定的な感情をぶつけてくるゲストは少なく、ストレスは最小限に抑えられてこれた。順次私の案も採用され、惰眠と共にダンスやパレードの打ち合わせをし、狙い通りゲストと接しやすい環境を整えることもできるようになってきていたのだ。ここでの仕事は楽しいし、踏み出せてよかったと思えていた。理想ではないかもしれないが、私の望んでいたものが確かにあった。私は自分の中にある幸福に向かい合い、安心はもうそこまで来ていた。

 もうすぐ美香が通う高校の卒業式になろうかという節目の時期になり、惰眠が良い時期だと言わんばかりに高揚した様子で私に声を掛けた。

「実はね、この前来てくださった「五十嵐」さん。今日が記念日になるんだ。彼は一年ぐらいここに来ててね、ゲストとして会ったことは無いよね?そういうわけで盛大なパレードを仕込もうと思うんですが、どうでしょう?」

 五十嵐という男性は、丁度美香と同じ年くらいの学生だった。何でも学校でバンドを結成し、日々苦労している身だが、私生活に色々と事情があり、その夢を追えずにいたそうなのだ。私はこの前案内をし、それを聞くことができたのだ。私が相談役を担い、話をしてくれた人なので、印象深かった。この前は音楽を続けることが、迷惑に成りはしないかという相談を受けたのだ。その時、私は今自分が置かれている状況と経験談を交え、勇気づけることができた。笑顔にすることに成功したのだ。

「「和仁」(かずひと)君が。感慨深いですね。よーし頑張りましょう。」

 ここの客足はそこまで多いわけではなく、時間も必要な方も居るので、和仁が、私が案内を初めて最初の卒業者となった。私がここで働いて初めて誰かの旅立ちを見送るだけでも感慨深いのに、深く関わった人との別れはより気合いが入る。美香と同年代というのも要素として大きいのだろう。

 私たちは数日後、和仁を門の前で迎え、おもてなしを始めた。いつもはどちらかが案内をして、もう一人は顔を出していなかった。

「ようこそ。今日は記念日だね。今日は我々も共に行うパレードで、盛大に祝おうと思っています。お楽しみに。」

 惰眠はいつもの調子で陽気に語り掛け、多くは試みてこなかったパレードの告知をした。パレードと言ってもただの行進に近いのだが、大事な日なのでそれなりに緊張感があった。

「私、「白昼夢」も参加いたしますよ。さあ、中へお入りください。」

 私も陽気に話し、手招いた。ここでの私のキャラはただ丁寧な案内人で、惰眠のように独特なしゃべり方などはしていない。(名前も適当に決めてもらった。)なるべく素性は明かさないことを約束に、より私らしく、私のしたいように接客をすることを許して貰えていた。

「長くも短かったです。気は早いですがお世話になりました。こんな場所が、と言えば失礼ですが、人生を変えてくれるとは思いもしませんでした。」

 和仁も会釈をし、感謝の言葉を伝えてくれた。そう私は館の案内人、誰かを幸福にし、報われるべき人を手助けする。それが仕事だ。誰かを笑顔にするということは、やはり私にとっては何よりも大事なことだった。

 パレードは数分後に始まり、館の外を利用して行われた。柵に囲われた館の敷地だけでも十二分に広く、数十人が列をなして行進するのには差支えがなかった。最も、この館もある程度は形を変え、あの体育館のように空間にゆとりを持たせることができるのだけど。パレードは結晶たちと私たち、それと作り物の大きな動物の像たちで構成され、陽気な音楽と共に、ステッキを持って行進するのだ。サーカスのような雰囲気をコンセプトに、それらを、抑揚をつけて行う。如何にゲストを楽しませるかと意見を出し合い、最近ようやく形にできた。

「心躍るとはこのことでね。見れて良かったです。」

 軽快な音楽を背景に、腕を振りながら隊列で歩いていると和仁の感想が聞こえてきた。音楽は空間を満たし、骨が振動する程に大きかったのに、なぜか聞こえたのだ。ふと見ると、微笑み、一筋の涙が頬を伝っていた。彼にも苦節があり、それを乗り越えることができたのだ。成就し、行き詰まった人生が豊かになった。その感動は底知れぬものだろう。本当に踏み出して良かった。その思いが私の中で膨れ上がり、この上ない幸福に全身が躍った。途端に私の中でもう一つの感覚が呼び覚まされ、それが溢れた。そして音楽は次のパートに入り、架橋を迎える。台本通り、両手で惰眠と手を繋ぎ、ぐるぐると回る。

「私、ようやく幸福に成れたんです。今、ここを旅立つ時が来たと直感でわかりました。ここに来てよかった。ああ、良いものですね。美香が言ったみたいに、理想かは分からないですが、手にしてみるとこれで良かったと思えるんですね。」

 そのまま、惰眠に語りかけ、自分の幸福を言葉にした。和仁のように長くも短かった。色々なことがあり、濃厚で考えることも沢山あった。まだ一年も経っていないのだ。あまりにも急な変化で驚きの方が大きいが、自分の可能性を見つけることができたんだ。

「ついにだね。おめでとう。少し寂しいね。もっと一緒に仕事がしたかったんだけど。」

 回りながらも、惰眠はおめでとうと言ってくれた。その言葉からは色んな感情が伝わり、私の胸を強く押した。私はきっとここを出るのだ。ここでの案内人もきっと最後だ。それもなぜかわかっていたのだ。

「惰眠さん。あなたは?幸福になれたなら、例外ではないはず。」

 まだこの人は幸福を見つけられていないのだろうか。私だけが出て行って、また一人にしてしまうなんて、あまりにも心苦しいではないか。

「私、ううん。僕は幸福だ。ここでこうして案内をしているのが、幸福だと思えたよ。今は心からゲストに接して、幸せを願えるんだ。現実の方でもやり直せると思えた。挑戦しようって。実は少し前から君のように、僕もここを出られることが分かっているんだ。でもここを続けるんだ。本当にありがとう。君は僕の救いだよ。さあ、フィナーレだ。」

 惰眠がそう言うと、音楽は最後に盛り上がり、手を繋いでいた皆で横に広がり、両手を開き、音楽が止まったと同時に頭を下げた。練習した甲斐もあり、ぴったりのタイミングでそれは揃い、パレードが終幕した。続けたい気持ちは私も同じだった。誰かを導き、幸福にできるのなら、私の求めたことものはここにあったからだ。

「さて、パレードのお次は立食会ですよ。こちらへどうぞ。」

 私は和仁の元に行き、館へ案内した。パレードだけでは少し時間が足りないため、ショーなしの立食会を設けることになっていた。今日は私が案内し、惰眠は他の事をしてもらうことになっていた。

「この前はありがとうございました。すみません、感情的になって。白昼夢さんは、ご家族はいらっしゃるんですか?」

 廊下を案内していると和仁がこんな事を言い出した。感情的になったといっても怒ったたわけではなく、不安が強く出てしまっただけだった。

「ええ、居ますよ。丁度、あなたと同年代の妹も。ですから親近感を覚えているんです。」

 これくらいのことは話してもいい。自分のテリトリーは決めている。こんな風に会話を続け、会場まで送った。和仁もこの一年の間、ここに来たゲストと奇跡的な出会いをしたらしいが、それをお目にかかることは出来なかった。もう少し続けていれば、そういう出会い見れたのかもしれないが。

「それでは、お帰りください。さようなら、どうかお元気で。」

 そして予定通り、立食会が終わった後に玄関まで案内し、見送るという流れを済ませた。和仁は最後に強く私の手を握ってくれ、再び私の心を着火した

「ありがとうございます。白昼夢さん。あなたの事は忘れません。またどこかでお会いしたいです。」

 私もその手を強く握り返し、それに応え、消えゆく最後まで手を振り、見送った。私はもう続ける必要が無いのだろうか。

「私も、続けたい思いはあるんですよ?まだ、早いかもしれないですし。」

 振り返ると惰眠が玄関のドアの傍に居たため、私は駆け寄り、さっき言いそびれた言葉を言った。惰眠と一緒で、ここに居ることが一種の幸福でもあるのだ。

「そうだねえ。でも、君が掴みたいものは現実にあるはずだ。それは僕も同じだよ。ここは夢の場所。それは変わらないんだ。きっと道は長いだろうから、出て、進む必要があるんだ。」

 私が感じたのは、ただ出られるというだけではなく、出なくてはという思いもあった。それは焦燥感などではなく、どこか硬い意志によるもので、決して否定的な感覚ではなかった。だから今惰眠が言ったことも的を射ているし、その通りだとは分かっていた。

「じゃあ、約束してください。惰眠さんも、自分らしく生きるって。あなたにも幸せになって欲しいんです。」

 心細いが、ここを出て他に行くという希望は十分にあった。後は、報われるべき人が報われるだけだ。

「もちろん。さっきの言葉は嘘じゃない。心からありがとうって思ってる。私は惰眠。転換の館の案内人。今日も迷えるあなたを導きます。ってね。ここを続けながらもできることは見つかったんだ。僕はやっと、幸せを見つけた。長かった。安心していいってようやく気づけたんだ。恵さん。この出会いは奇跡です。」

 最初は陽気だったが、雰囲気も雰囲気だったので惰眠からは涙が零れ出してしまった。すると仮面を取り、素顔を見せてくれた。澄んだ皺の多い目をしていて、その瞳には陰りはなかった。

「ええ、奇跡ですよ。こんなの普通はあり得ませんから。それではさようなら。またどこかで会えますよね?」

 私も涙を流してしまった。心残りが無く旅立てるのは何よりも清々しい。私は新たな希望を背負い、ここを旅立つのだ。

「さようなら。またどこかで。」

 惰眠も見送り、そのまま私はこの世界を旅立った。

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