第4話 変化
もう一度目を開けると、やはり自分たちの部屋へ戻っていた。時計は進んでおらず、何も無かったかのように秒針が時を刻んでいた。しかし、お腹は膨れ、美香も辺りを見渡していた。
「良かった。晩御飯の支度をしなくちゃね。私たちはもういらないけど。」
家事を放って長い時間を過ごしてしまったため、それが気がかりだった。私たちが不可思議な経験をしたことは疑いようのない事実だが、それを凄かったの一言で表現するのは少し表現力がないためやめた。
晩御飯の支度をしていると、玄関の扉が開いた。
「ただいまぁ。あら、二人してどうしたの?」
それは私たちの母親だった。しかし、これは非常に奇妙だった。と言うのは私と母は美香の学費の工面をするために働きに出ている。(私はパートだが。)一方母親は働き詰めで、帰りはいつも遅く、私の作り置きを食べるのが日課だった。早く帰って来る日は事前に報告するし、そもそも早く帰って来る日はここの所無かったからだ。
「母さんこそ。随分と早いじゃん。」
リビングで学校の宿題を眺めていた美香がそう返した。いつもは自分の部屋に戻り、自分の時間に入る美香は、今日はリビングにいた。
「いや、それがね。今日は早く上がっていいよって。いつもは残業ばかり出てきちゃうところなんだけど…藪から棒に今日言われてね。もしかしてクビかなって確認したけど、なるべく残業が出ないように努力する方針になったとか。不思議なこともあるわねえ。」
母親、「寧子」(ねいこ)の話は、惰眠が言っていた変化に当たるものだった。それが起因しているかは証明できない。幸福に近づいたというには大げさだが、良い事態だった。私と美香は、台所とリビングからアイコンタクトをし、驚いていることを伝えあった。まだ、この話は保留し、変化を感じたかったので今日のことは話さないことにした。
それからというもの、私たちの周りでは確かな変化が訪れることとなった。私で言えば、勤め先で謎のボーナスが発生し、頑張ってきた労いと言うことでそれなりの額を受け取ることができ、少しの贅沢が許された。母親も以来、働き詰めの現状に変わりはないが、以前のように疲れ切った表情を見せることが少なくなり、私たちも安心できた。妹も、学校での恋愛が成就したとかで、その日は鼻歌を歌いながら帰ってきていた。報われるということに現実味があり、私たちの現状を変えられるかもしれないという希望が湧く様になってきた。それらは全てが一変してしまうようなものでは無かったが、楽になるという点においては良い方に転んでいたのだ。
そうして過ごすこと二週間ほどが経過し、私の部屋に美香が訪ねてきた。私はベッドに腰掛け、妹は机の椅子に座った。
「姉ちゃん。どう思う?」
妹は抽象的な質問をしたが、私にはわかった。
「絶対関係してるよね。明らかに変化はあるけど、何かが干渉してる感じもない。不思議だということが今になってありがたく感じてるわ。」
まだ幸福感は無かったが、身の回りで起きる出来事が何者かの力によって操作されていないのは確かで、無理やり運命が変えられているようでもなく、不快感はなかったのだ。何かにつけて理由はあるし、全く因果のない幸運などは訪れなかった。
「あたし、母さんにも言ってみようと思うんだけど、どうかな?もう一週間は経ったし、紹介して悪いことはないんじゃない?」
美香は頬に手を当て、私に問いかけた。それは妙案だが、私は引っかかる点があった。
「美香。もしもね?お母さんがあそこに行けなかったら?心が澄んだ者しか行けない。そうよね?お父さんの事、お母さんは話したがらないよね。私たちと違って強く恨んでるかも。そんな感情を間接的に知ってしまうことでもあると思うの。それが理由で行けないとしたとしたら、今後私たちはどうやってその闇を知る?純真でないって言って心情を確かめるわけにはいかないでしょ?」
惰眠の言ったように、人を欺くような人間ではないなら、あちらに行けるのだ。その条件を知ってしまっている私たちにとっては母親を検査に掛けるような後ろめたさがあった。母親が父の事をどう思おうが、付いていく気持ちは変わらないが、そんな怨嗟の中に居て欲しくは無かったのだ。
「決まってる。聞けばいいじゃん。それに大丈夫だよ?今まで父さんの文句を言わなかったのも事実だもん。誰にだって幸福になるチャンスは必要。でしょ?」
美香は私よりも大人びた回答をし、来るかもしれない苦難を跳ねのけた。彼女が荒れたにも関わらず、このような人間でいてくれているのも、きっと母のお陰だった。
「そうね。良い案。これから先、何があるかはわからないけど、試す価値は十分にあるわ。」
私は膝をポンと叩き、ベッドから立ち上がってリビングに居る母親に話に行った。
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