第3話 ショー

 食事を楽しんでいると、会場の前に掛かっていた幕がゆっくりと開かれ、舞台に照明が灯った。既に一人の背の高い男性と見られる人物が中央を陣取り、立っていた。この男も同様に仮面をつけ、素顔を見せないようにしていた。

「お集りの皆さん。今宵は非常に珍しいマジックをご覧に入れましょう。」

 その男は話しだし、ショーが始まった。観客は雄三と私たち姉妹しかいないというのに盛大で、もったいないという言葉が似合うものだった。鳩を使ったマジックや、ものが瞬間的に移動するものなど、古典的なものばかりだったが、技術が優れ、魅せるための工夫が張り巡らされていて心躍る程に楽しかった。軽快な音楽と共にそれは進行し、最後にはその男自身が霧のようにどこかへ消え、マジックは終了した。最後のものに関しては、何の覆いもなく目の前から消えたため、見たことも聞いたこともないマジックだった。

「愉快、愉快。こんな風にいつも彼らは癒しをくれるんだ。チップでも渡したい気分だが受け取ってはくれないよ。」

 雄三は笑い、拍手をしながら私たちに語り掛けた。ここを最高限に楽しんでおり、相手の好意にも敬意を払っているようだった。こんな人間が不幸になるなんて、悲しいものだ。

「ええ、本当に。でも、これだけで私たちは報われるのでしょうか?とても関係があるようには思えません。」

 雄三の言う通り、ショーは愉快で癒されるものだったが、現実の幸せを感じられなかった。これが幸せ。というのなら理屈は簡単だが、一時の快楽では幸せとは言えないのではないだろうか。そういう思いから私は雄三に聞いた。

「支配人の言葉を借りるなら、幸せになるために必要なのは必ずしも苦難ではない。だね。僕たちはそれなりに苦労してきた。それがあるからここに来て心を休め、それをしながら前に進むそうなんだ。僕もただここで楽しんできただけさ。だけども考える時間もくれた。感謝とは何かも教わった。だから心配しなくていい。ここでは何も気にしなくていいんだ。勿論、ここの人たちには敬意を払わなくちゃいけないよ?それがここの掟さ。」

 雄三は笑顔のまま達観した答えを出してくれた。この人なりに色々考え、生きてきたということが伝わった。惰眠がそのような考えの元ここを運営しているのなら、これも最高のもてなしと言えた。

「いい所っすね。気に入りました。」

 美香は綺麗な皿を指で撫で、雄三に言った。ここに来られてよかったと、彼女自身も感じているようだ。そんな話をしているとショーが再開され、次々と新たな舞台が始まった。演劇や歌唱、その他いろいろなショーが行われ、有意義な時間が過ぎていった。

「今日も楽しかった。僕はそろそろお暇するよ。やることもあるし。お嬢さん方、また会えたらよろしく。」

 雄三はひとしきりショーが終わると立ち上がり、私たちに頭を下げた。どうやらここでは好きなタイミングで立ち去ってもいいらしかった。雄三が扉まで行くと、それは一人でに開き、閉じていった。私たちも礼をして彼を見送った。

「いい人だったね。私たちもあんな風に笑えるようになるのかな。」

 席に座り直し、私は言った。ここが人を幸福にする場所だというのはまだ信じ難かった。その実感もなく、夢と現実のギャップがひどく感じた。これが夢ならばの話だが。

「ね。わかんない。でも嫌いじゃないよ。」

 妹もそれを実感していなかった。私のように理屈ばかり考えず、この場所に馴染もうとしていたが、やはりそこまで順応していなかった。

「やあやあ。今日はどうだったかな?出口まで見送るよ。」

 私が口を開こうとすると、入り口の扉から惰眠がやってきて、私たちを帰す準備をした。私たちは一礼し、それについていった。

「あの、一つ聞いても良いですか?」

 私は帰りの長い廊下で、ここについて詳しく聞くことにした。

「なんでも。」

 惰眠は短く返し、少し立ち止まった。

「雄三さんが、この場所は幸福にする場所だというようなことをおしゃってました。そして雄三さんは私たちと同じような境遇を持っていました。何か関係あるんですか?」

 私はまず、ここに招かれた理由を知りたかった。彼との立場が似ており、性格なども一致するならば、これは明らかに偶然じゃなかった。

「いいね。君は頭が切れる。ごもっとも。君たちがどんな境遇にあるかは知らない。だけど、私たちが招くのは純粋な心を持ち、それが報われていない者さ。これはあまり話さないんだけど、話そう。そういう淀みのない善意というのは時として裏切られる。食い物にされる。利用される。でも、そうあるべきじゃないないだろう?それを踏みにじって、自分の糧にして良い理由なんて一つもないんだ。それでも、君たちのように心の澄んだ者たちはそんなことをされても復讐なんて考えない。ならば報われる必要があると思いませんか?その善意が真っ当な理由で華を咲くことを望むのが我々です。」

 惰眠は振り返り、愉快な口調はそのままで真面目な話をした。この話が本当ならば、それはどんなサービスよりも優れている。きっと世の中はそんなに綺麗じゃない。人の善意は必ずしも自分には還らず、それに漬け込む人間もいる。私も一端に社会に出るようになってそれを学んだ。だから、この場所が希望の場所だと信じてみる価値はあった。

「また来てもいいっすか?」

 美香は惰眠に問うた。純粋にこの場所が気に入ったのか、彼女も心では希望を追って生きているのかは今の私には分からなかった。

「もちろんだとも。ただし、ここに来られるのは一週間後だよ。それまでは「変化」を楽しんで。そろそろ出口だ。まあ、さっきの方法を使えば出られるのだけど、形は大切にね。」

 惰眠は玄関の扉を両手で開け、外に手を向けた。私たちはまた一礼をし、惰眠が頭を下げている中、自分たちの帰るべき場所へと帰った。

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